フォーチュンが嘘をつく理由はないとは知っていながら、それでも冬華はつっこまずにはいられなかった。全がフォーチュンと一緒にいるだけでも十分意外なのに、その上戦車操縦ときたら予想外を通り越してシュールである。
「私もそう思いますよ。でも実際にあったのですから。手分けして出入り口らしい箇所を見つけて、そこから戦車で出て行ったのです。幸いにして全さんが普通四輪と普通二輪の免許を持って、しかも日常的に使いこなしていましたからね」「動かせたのか」
この時代人々の生活範囲は狭く、しかも公共の乗り物が発達しているので普通の人は徒歩と動く歩道で事足りる。金がかかり環境に悪い車はほとんど使われないし、当然ながら運転免許を取る人は少ない。しかし一部の職業では配達や運搬にいまだに車を使用しており、仕事を転々とする全は職業選択の幅を広げるために免許を取得したのであった。
しかし相手は戦車である。確かに教習所で習うものだが、それは射撃ゲームが得意だから本物の戦場に立たせるような無謀さだった。
「何とか。全さんがひらったくなって下の操縦席に座って、私は右の前の大砲を撃つ席に座りました」ちなみに戦車を操縦する時に必要な人数は4人、操縦手車長砲手装填手である。2人でも動かせることが出来るのか。試した事はないので分からないが、実際に乗っていた以上出来るのだろう。
「初めは車の運転と同じようなものですよなんていわれて調子に乗っていたのだけど、あっちぶつけてこっちぶつけて大変だったよ。さっきでやっとまっすぐ動かせるようになった」「大砲を撃ったのは私です。適当にやったにしてはうまくいきました。偶然とはいえいい物を拾いましたね」
「本当だね。どうしてあんないい物がほっとかれていたんだろうね」
原因は冬華にはなんとなく見当がついた。戦車は確かに強い。動く兵器で人間はひとたまりもない。しかしあまりにも古臭い時代錯誤な物なのである。今の流行人型兵器AGに比べたら融通が利かず、4人乗らないと動かない、遅くて武器の威力もたいした事はないという微妙なものだった。余裕があるときなら持っていってもいいが、急いでいる時なら置いていかれる程度の兵器なのである。
フォーチュンの長い話が終わり、内容がいかに戦車を乗るのが大変だったかに移行した時には、冬華はふて腐れてその場で帰ってしまいたくなった。
要は自分たちで何とか逃げ出したのである。偶然と幸運を味方につけて、最善の努力をして勇気と知恵を振りしぼり見事脱出したのである。
冬華はその時どうしていたか。怒って無理をしてバーミンガムに来て、じりじりとお茶をして罠と知りながらその中に飛び込んで火器の前に無防備に姿を現して危機に陥っていたのである。そうしてとどめとして助ける対象に助けられた。荒事の専門家の何でも屋がただの占い師とアルバイターに助けられたのである。心配といらだちが大きかったあまり、反動もまた大きかった。
冬華の背負う空気が微妙に重くなったことに全は敏感に気づき「でも冬華さん来てくれてありがとう。本当にもうこれで駄目かと思ったよ。これで富山に帰れる」とはしゃいだ。
「そうですね。ここにいてもしょうがありません。冬華さん、安全な所に行きましょう」のど元まで「勝手にどうぞ。脱出できたのだからそこから先も出来るでしょ」と言ってすねている事を思い知らせたかったのだが、「それに安全な場所でお話したいことがあります」と不意にまじめな顔になって告げたので意地悪を危うく飲み込んだ。
「……分かった。帰ろう」「そうでなくっちゃ。早く行こうよ」
「いや、正面きってはまずい。連合軍に見つかったら攻撃される恐れがある。この辺をうろうろしていて戦闘に巻き込まれても事だし、ここは1つ大回りをするか。シェルターの非常用階段を使って1階層下へ降りて、それから…… ここに近い旧ヨーロッパ地域のシェルター直通の運搬通路でも見つけて、そこから歩いて他のシェルターへ移動、リニアモーターカーに乗って富山へ行こうか。竹屋に挨拶もなしで義理を欠くけど仕方がない」
「あのさ、冬華。ここを襲ったバイオウェポンを避けるのは分かるけど、どうしてそれと戦っている連合軍までそんなに避けるの?」
全が答えを聞きたくないかのように恐る恐る質問した。
「わたしだって危ない橋を渡ってきたんだ。ハロイド大佐というバーミンガムの軍人に見つかったら危ないと思って。連合軍に助けを求めないほうがいい」「こんなに色々大変だったのに、さらに歩いてドーバー海峡を渡れって!? そんな殺生な!」
「泳いで渡れと言っていない分ましでしょう。行こう。戦車は捨てておくよ。足が遅いし、持っている方が危ない」
冬華の口調は穏やかだったが断固としていた。フォーチュンは反対をしなかった。全は従うのには不服そうだったが、かといって敵の軍隊の中に飛び込んでいく勇気もない。
歩きはじめて気がついたが、フォーチュンは古めかしい服を何十にもまとっているが全はシャツとズボンのみで手をすり合わせていた。冬華は黄色の上着を脱いで全に放り投げ預かり物のケープをフォーチュンに手渡す。
「どこで見つけたのですか!? 盗られた物ですよ」「ちょっとね。これでわたしはおびき寄せられたの」
自分は荷物からコートを取り出し静かにまとう。思い出して冬華は端末をつけた。
「冬華、電話?」
「そう。その上着を貸した白宝っていう人に様子を逐一報告しろって頼まれたの」
もう逃げ出す予定なので律儀に報告しなくてもよいのだが、友情は大切にしないといけない。とくに有効利用できる打算と思惑がたっぷり絡む灰色の友情は大切にしたほうがいい。
「もしもし、わたし冬華。今探し人を見つけたから逃げる」『あ、冬華! よかった、無事だったのね。見つかってよかったわね。その人元気? 冬華にも怪我はない?』
「ないない全くない。何でも屋がこの程度で怪我してたまるか」
怪我どころか命が危険だったのだが黙っていた。大半の人間と同じように冬華は自分の失敗に関しておしゃべりではない。
『よかった。今どこ? インタビューしたいわ、すぐに行くわね』「せっかち」
悪いけどもう2度と会えないよ、今から逃げるから。冬華はそう言うつもりだった。
『そうせっかちでもないわよ。私の方もバーミンガムシェルターにいるもの』冬華は桜饅頭をのどに詰まらせてお茶を欲しがっている人の真似をした。そうしようと思ってしたわけではない。
『やっとやっと事態が動いたのだもの、待ちきれないわよ。戦場にレンズを、世界の闇に光を、そして全ての世界に真実を。さっそく現地で声をかけた傭兵も収集してこっそり入り込んだのよ。今どこ? 迎えに行くわ。いやといっても行くわよ』冬華は一瞬、今全が羽織っている黄色のジャケットに発信機でも仕込んでいるのではないかとひらめいた。身についた習性で何もないことを確認した気はするが期待は出来ない。
「言っておくけど盗聴器じゃないよ。今端末で会話しているでしょう。私の端末から電波を逆にたどって、どの階層のどの辺りにいるか割り出すの。最新型のさらに特注品よ、いいでしょ」冬華が持っている端末は旧型の頑丈さだけがとりえだった。それでも冬華は今までに3回破壊し現在使用しているものは4代目である。華やかで多機能の最新型を少しだけ冬華はうらやましかったが、指をくわえている場合ではない。
『じゃあ、今から行くわね。待っていて』切れた。参ったなと冬華は端末をじっと眺める。
「白宝が今から来るって。しょうがない、便乗して保護してもらおうか」「白宝さん? 今から来るのですか」
「そう。どうしてもって言っていた。あ、白宝というのは報道人で色々映像を撮ろうと燃えている人。護衛や傭兵を連れて行くから今より安全になる」
「金白宝? 北京シェルターの?」
意外にも全が反応した。
「知っているの?」「うん。祖父が北京シェルターの上層部にいて、結構いろいろな所で映像を写している。本を読んだ事あるけど迫力ある写真集だった」
「そう言えば上層部にコネがあるって言っていたな。あっちの方では今も昔も血縁関係を大切にするからそれか」
一人納得する冬華とサインもらえないかなと見当違いのミーハー心を発揮する全を前に、フォーチュンは意を決した。
「冬華さん、ここは落ち着いてもいませんし安全でもありませんが、今しか機会がありません」「何」すわった目をして迫るフォーチュンは落ち着いた普段の態度からすれば斬新だった。あまり見たいものではない。
「オースターンです。オースターンの言った事です。その白宝という人が来たら冬華さん以外の人間に聞かれずに話す機会はありません。今から話します。聞いてください」「もう少し後にしようよ」
「いえ全さん、駄目です。今でないと話せませんし、冬華さんはもうシェルターから逃げ出すことしか考えていません。今だけです」
フォーチュンは逃げ出すことに対して明らかに非難している。冬華は唇をきつく結んだ。自然とけんか腰になる。
「フォーチュン、私の態度に文句があるの? そんなにここで戦死したいのだったら置いてってもいいのよ」「脅迫はよしてください。普段だったら私は冬華さんの意見には大賛成ですよ。でも私はオースターンからの言葉を預かっています。聞いてください、聞けばきっと考えが変わりますよ。
最後の時オースターンは私達へ向かって言いました。なるべく再現します。
『俺と一緒にいる人間の目的はただ1つ、シェルターの動力源だ。今人間の住むシェルターは全てが壊れかけている。老朽化で悩んでいないシェルター上層部はない。あるシェルターでは技術者を育てて修復しようとしている。あるシェルターでは外の放射能を除去して外に住もうと考えている。でな、あるシェルターは当然ながらこう考えたんだ。他から盗ってくればいい、そしたら壊れた部品は交換して直せる。もちろんこの世界に代えのシェルターの動力源なんてない。代わりが欲しければ今動いている物を盗まないといけない。だから大半の奴らはそれ以上考えるのを止める、もっと地道で可能性の低いことに精を出す。考えるのを止めなかった奴らが徒党を組んで適当なシェルターを襲った。今のはそんだけだ。
久々の戦争だ。引退寸前のじじいどもの血が騒ぐ。武器が必要だ、殺しの道具が。たくさんのたくさんの武器や兵器を買った。その中の1つ、最強の兵器が俺だ。もともとウォルトって奴の残した資料を基にシェルターで金かけて開発したんだが、ここの奴らがスカウトに来て、話に乗って研究所から逃げた。俺は強くて賢いし、ついでに俺がいると普段はばかなバイオウェポンたちが言うことをよく聞くからな。
でも俺は、シェルターには内緒で別の事をするつもりだ』
これを言ったオースターンは本当に嬉しそうでしたよ。全が口をはさみました。シェルターを裏切るの? オースターンは機嫌がよかったようですね。全は死なずにすみました。
『お互い様だ。利用しあって騙しあう。あいつらは俺がまんまと口車に乗って騙されていると思っている。でもあいつらは俺があらゆる軍事知識と戦略戦術を叩き込まれた事を忘れている。俺は動力源をぶち壊してシェルターの中でしか生きられない奴らに思い知らせてやる。俺と俺の同族が世界を支配することを。どうせ始めるならでっかく行かないとな。駒はそろっている。この辺には軍隊ばっかりだけど、TVとか新聞とかマスコミがうろついている。全シェルターに伝えるのにいい舞台だ。俺が世界を頂く。
冬華に伝えろ、俺と会え、俺と話せ、俺と戦え。俺は最下層にいる。動力源があるところだ。1人で来い。味方も、シェルターの人間も、バイオウェポンもいらない。一対一だ。フォーチュンは冬華の友達だよな。伝言は渡した。怠けていると人間全てが死ぬかもしれないぞ』」
フォーチュンは出来る限界までオースターンの真似をした。口調に音韻、さすが客商売だけあって上手だったが、オースターンの黒の無邪気さと残虐さまでは捕らえきれていなかった。
「冗談でしょ」微塵も冬華はフォーチュンが伝えた事を疑っていなかったが、それでも嘘であるのを願った。
「現実離れしすぎていて私もそう思いたいのですが、伝えられたことは事実です」「で、わたしが行けって? バーミンガムシェルターの人間全ての責任を背負って?」
「オースターンは来なかったら何かするなどとは言っていませんでした」
「言っているも同然じゃないか。あからさま過ぎて吐き気がする!」
怒鳴って吐き捨てて。フォーチュンが逃げ出すようなことをしてやりたかったが、言葉には意外と力はなかった。代わりに冬華自身が憤りでいっぱいになってくるのが分かる。吐き出し口も向ける力もない、今ここにある全ての不条理への怒りで身体が重い。
「なぜよ」不安げで頼りなかった。
「何でわたしなのよ。わたしが律するのはわたし1人だけなのに、それ以上の責任は重たくって仕方がないのに。フォーチュンだけでも重くて重くてならなかったのに。何でさらに1シェルターが背中にのしかかってくるの。わたしは超人でもなければ正義のヒーローでもない。ただのよくいる、十把ひとかけらの何でも屋だ。適当に仕事があって、時に危ない目にあって私生活は意外と平和で、そのうち仕事でへまして死ぬか無事引退して料理屋でもやるかというような普通の厄介事よろず引き受け何でも屋だよ。それなのにどうして何もかも積み重なってくるんだ」「20番、審判の正位置」
フォーチュンがカードの山から目の前に掲げた1枚。天使が雲間からラッパを吹き、棺桶の中の死者たちが次々によみがえり起き上がる絵柄だった。
「これは最後の審判です。天使が神の出現を知らせ、眠りについていた死者は目覚め生前の行いを問われます。決断と裁きの瞬間、最終的で決定的な審判。壊れた世界は再生し、長いまどろみの人々は起き上がり、傷は癒され歴史は革命の時を迎えます。オースターンの事です、冬華さんを呼んだ深い意味はないでしょう。一番興味をひかれた人だから程度のものです。しかし冬華さんは呼ばれました。行くか行かないか、行ってどうするのか行かないでどう動くか、全て冬華さんの手の中です。お選びなさい冬華さん、ラッパはすでに響き渡り、警報アラームはけたたましく、目覚まし時計は隣人の迷惑になるほど鳴っています。神と対峙するか、棺桶の中に戻るか」
「……言ってくれるじゃない、伝言人は人ごとだから気楽でいいよね」「岡目八目。客観的に見ているだけですよ」
辛辣な舌にも差し出されたカードは動かない。冬華は鼻を鳴らして審判のカードをひったくった。
「ここまで盛大にけんかを売られたら、相手がどうであろうと買って叩きのめさないと腹の虫がおさまらない」「それでこそ冬華さん」
タロットカードは見た目よりは分厚くて重量があったが、重くて持てないほどではなかった。
「それでどうするの」
恐る恐るの全に冬華は先回りして話した。全が本当に尋ねたい事は分かる。
「全は白宝の所にいて安全に守られていてよ。わたしが行くのは危険度Sの敵が待ち構えている最下層動力源だ。そんな所に全を連れて行けるか。フォーチュンと一緒におとなしくしていてよ」「よかった。一緒に来いって言われたらどう断ろうかと思った」
「ちょっと待ってください、ついて行きますよ私は」
フォーチュンがさえぎるように身体を2人の間に割り込んだ。全は地獄で蜘蛛の糸を見つけて引っ張ってみたら糸をつけた蜘蛛が落ちてきたような顔をした。
「フォーチュンなに考えているんだよ、戦場だよ戦場! あのオースターンが相手だよ、あの人は平気で人に銃を向けたんだよ、普通に人を殺せるような人だよ! 危ないよ、専門家の冬華に任せようよ」一般的な場合、このような事態の専門家は軍人と呼ばれる。
「火がついた戦車を放っておく隠者はいません。幸い銃も少しは扱えますし、私はオースターンに好かれているようですから対面した時多少は有利です」「危険なんだよ、分かっているの!」
「分かっています、全さん」
「冬華だって危険な目に会うんだよ、足手まといだからって冬華に見捨てられたらどうするの」
「冬華さんに見捨てられる前に私が逃げるのが早そうですね」
「冬華ぁ」
全は助けをもとめて、黙って目を見張っていた冬華にすがりついた。フォーチュンはいらだたしいほど落ち着いて冬華の探るような冷たい視線に対抗している。
「何でついてくるのさ」「けしかけたのは私ですからね」
「死んだらどうするつもり」
「それまででしょうね。幸運の女神に見捨てられたらどの道おしまいですよ」
覚悟を決めたゆるぎない態度に冬華はため息をついた。「勝手にしろ、この占い師」
「そうします」何かを含んだすまし顔で3人の会話は終わった。
「さて、白宝さんの方はどうします?」そっちの方がより扱いが難しそうである。
「お世話になったし、正直に話してその場で別れたら?」「却下」冬華は全を見もしなかった。
「どうしてさ」
「戦場のマスコミにそんなこと話してみなよ。賭けてもいい、アーシェンスにステーキを出したようないい食いつきを見せるに決まっている。死んでもわたしから離れなくなるわよ」
「誰、その人」
「同感ですね。黙って立ち去りましょう。全さんは冬華さんの端末を持ってこの場に隠れているほうがいいでしょう。それで白宝さんが来ます、そこで適当に言って保護してもらってください」
突っ込みを無視された全は少し寂しかったが、それでも素直にうなずいた。
「じゃあ、2人とも気をつけてね。怪我をしたりひどい目にあわないで」「最善を尽くしますよ」
「最善を尽くしたいのだったら今すぐ隠れて」
感動の別れを邪魔して、冬華は鋭く言い捨てた。
「え?」「AGが来る。連合軍かそれともバイオウェポンかはたまた敵か。とにかく隠れて。わたしがまず様子を見る」
全は周りを見回して耳を澄ませた。
「またまたそんな。何にも見えないし聞こえないよ」「全さん、隠れましょう」
フォーチュンが全の肩をつかんで適当な瓦礫の陰に連れて行った。「私にも分かりませんが、専門家が言っている事を甘く見るとろくな事になりません。冬華さんはこんな時まで嘘をつく人でもありませんし」
2人が瓦礫の山に消えたのを確認すると低くかがみ、AGと縁がありなおかつ美食家である冬華でしか分からないほどかすかな機械と油の臭いの正体を確認しようとした。
AGの姿は見えたが、冬華はもっと別のものに視線が釘付けだった。
「白宝と、竹屋?」戦場だというのに報道用の大型車に乗って、和やかに話しかける白宝と自分が何でここにいるのか分かってなそうな助手席の竹屋がはるか遠くの人工レンガの道の先に見えた。傭兵を連れて行くと言うだけあって、AG1体に胸に傭兵派遣組織ディスパーチの印がついている強化装甲着用者が3人ついてきていた。白宝の連れてきた「軍隊」はシェルターの正規軍から見ればままごと同然だが、個人が所有すると考えると立派だった。とっさにかき集めたにしてはなかなかである。特にAG保有者などそうはいないから、よほど大金をばら撒いたのだろう。AGは個人所有のものらしくかなり改造してあった。その機体を見ると心懐かしくなるものがあって……
「あれ、アーシェンスの」『えええ! トーカ! どうしてここにいるの?』
1人友人が混ざっていた。顔が見られなくても驚愕しているのが分かる少女はライヒプチシェルターの何でも屋、アーシェンスである。そっちこそなんでこんな所にいるのか。冬華の疑問は瞬間的に回答にたどりついた。
「報酬はよかったの?」『もう最高によかった! しかも即金で前払い!』
簡潔にしてよい返事だった。
「冬華!」白宝は冬華を発見するとすぐに車を止めて、竹屋の手を取って駆寄ってきた。竹屋の方はいかにもいやいやついてくる。
白宝が来るのは早かったなと冬華は心の中でぼやいた。白宝なら敵ではないが、あまり会いたくない相手でもある。どうしたものかと冬華は少し考え、すぐに結論を出した。ごまかしごまかし話して、全を押し付けとっとと逃げよう。
「やっ、白宝。白宝がここにくるのはまだしも分かるけど、どうして竹屋までついてくるの」「僕だって来たくて来たわけじゃない。そこの北京シェルターの人が、ここは危険だとか軍に目をつけられているとか、私と一緒に行けば安全だって言って無理やりつれてきたんだ」
今すぐ帰りたい、できれば小樽シェルターに帰りたい、無言で竹屋は訴えていた。冬華は今日何回目かも分からない後悔の念が頭をもたれるのを感じた。
「金白宝」「だって冬華さん、きっと竹屋さんがいないと逃げてしまうもの。せっかくお見知りおきしたのにそれはないでしょう。あなたたち」
強化装甲兵は命令に忠実に従い、重機関砲を冬華と竹屋に向けた。白宝は涼しい顔で巻き添え回避のため1歩後ろに下がる。あれの引き金が引かれれば冬華たちは原形をとどめているまい。
『金、その人は、あたしのっ!』「あらアーシェンスちゃんの知り合い? 意外だわ、冬華は顔が広いのね。でもお仕事はちゃんとしてね。でないと契約不履行でもう二度と仕事ができないようにするわよ」
お友達と戦うのは辛いわねと、本当にそう思っていそうな切なげな白宝だった。アーシェンスの雷花はかなり長い間ためらった後『ごめん』と銃が他の3つと同じ方向に口を開く。
「冬華さん、この人友達じゃなかったの? なんで銃を向けられるのさ!」「うるさい」
冬華は耳元でわめく竹屋の頭に拳を振り下ろした。軽く叩いたつもりではあったが、竹屋がうずくまったところを見ると結構強い一撃だったのかもしれない。冬華は舌打ちをして端末を地面に投げ捨てた。
「竹屋、私と冬華は友達よ。バーミンガムの宿営地で一緒にお茶をしておしゃべりしたのは楽しかったわ。でも私は仕事が好きなの。友情と仕事は両立するわ。冬華は人を探してここに来た。こんな時に、危険を冒して、連合軍を敵に回して。ただの知り合いが戦争に巻き込まれただけではないに決まっているわよね。そして知っている? 連合軍唯一バーミンガム軍人ハロイド大佐は冬華をずっと注目していたわ。動作1つに気を使い、直接出向いて対話を交わした。ここまできて言い訳は聞かないわよ。冬華、あなたは重要人物だ。あなたの謎は何。隠されている事実は何。まずは探し人を紹介してもらおうかな。自分と竹屋が大切だったら」「ふむ」
冬華はうなった。竹屋が腰を抜かしてへたりこみ、冬華の服のすそを引っぱる。
「とと冬華さん! 助けて、その人どこ、その人を会わせるくらいいいじゃないか、金さんに紹介してあげてよ」「それには及びません。自分の名前くらい自分で言いますよ」
潔くフォーチュンが姿を現した。顔は営業用の穏やかな笑みが張りついているが、背を伸ばして白宝を見すえあからさまに敵意を示している。
「フォーチュンです。職業は占い師、御用向きの時はぜひ任せてください」「この、馬鹿者!」
冬華は罵った。フォーチュンはあらかじめ覚悟していたように肩をすくめる。
「冬華さんと後1人には代えられませんよ」「だからってのこのこ素直に。よくそれで商売やれたものだ」
堂々としたフォーチュンの後ろに全はいない。冬華は白宝に探し人が複数とは伝えていない。そのときは冬華自身ですら全も一緒に捕まっていたとは知らなかったのだ。フォーチュンは自分を早々に人前にさらして全を守るつもりだ。冬華も乗った。せめて1人ぐらいは無事で済ませたい。興奮と不安で頭痛がする。全身から汗がふきだした。頼む、白宝がこれを探し人が見つかった衝撃によるものだと思いますように。
「アンニョンハセヨ。占い師フォーチュン、高名は聞いていますわ。その道での有名人がこんな所で危険にさらされているとは思いませんでした」「私について知られていましたか」
フォーチュンは少し驚いたようだった。
「ええ。あなたの占いはよく当たるそうですね。動かないで下さい。彼があなたを見張っています」フォーチュンの背後に死に神のようにひっそりとAGが出現した。いきなりのように見えたが単にじっと物陰に潜んでいただけだろう。AGがもう1体出てきた事には驚かない。アーシェンスのAGは偵察と補給のための機体である。性能をより生かそうとすれば自然にもう1体ぐらいAGが湧く。黒い機体は火力機動力ともにバランスがよく、やっと生産ラインに乗ったはずの一昔の最新機種だった。冬華はAG専門家ではないが雑誌で読んだことがある。金がたまればいつかはと思わなくもなかった機種だった。
「ユニオン社製U-AG-011、ホークモス。いい機体に乗っているじゃないか」冬華は軽く引っかけようとした。
「あの護衛は多才ね。白宝は人を使うのがうまいじゃない」「引っかかってあげるわ。確かにスティルは優秀ね。銃も使えればAGも乗れるのだもの。元軍人だったのだって」
いまだ姿を見せない白宝の護衛は今やAGの中の人だった。それが分かったところで今が八方塞だということは変わらない。
「冬華、お願いだから武力に訴えないでね。AGはそれぞれ冬華とフォーチュンを見張っている。おかしな動きをしたら即行動するように命令しているわ。私はあなたを死なせたくないの」冬華は竹屋の背中に手を伸ばし、叩いて気休め程度に慰めた。状況は絶望的であった。こっちは生身の人間3人うち素人2人、向こうは強化装甲着用のディスパーチの傭兵3人AG2体。笑い出したいほど状況は悪い。いい点として相手は軍人ではなく、あくまでも情報が欲しいこと、AG1体の中身は知り合いで動揺していること。ここは1つアーシェンスに友情を思い出させ心に火をともし手に手を取って逃げ出すのも悪くないが、そこまで長くも深くもお付き合いはしていない。逃げ出すには言葉巧みに隙を作り、そこから一発逆転を狙うしかない。
「冬華。人間、それも何も訓練を受けていない人間はそう長い間殺されるかもしれない状況、銃と殺意を向けられ続けるのに慣れていないわよ。トラウマになってもそこまで責任を取らないわ」その通りだった。フォーチュンは持ち前の面の皮の厚さで平然としているように見えるが、いまだ震えている竹屋は簡単に限界に到達するだろう。硬直して指一本も動かすことが出来ない竹屋に弱いのが悪いと切り捨てるほど冬華は薄情でもなければ恩知らずでもない。
しょうがない、話そう。それで困ったことになっても知るか。色々起こりすぎて投げやりになった冬華は腹をくくった。
「話すよ」「嬉しいけど、それは本当かしらね」
簡単にうなずきすぎて逆に白宝は信用が置けないらしい。冬華は投げやりながらも腹がたって、憎まれ口の1つでも叩こうと息をすった。
「あんたね」「冬華ぁぁぁ!」
耳に痛いアクセルの音。土煙が舞いそこにいた全ての人が泣き声を聞く。冬華はあきらめかけていた顔を上げた。21番世界のカード。期待していなかった腕を差し伸べられた、そんな錯覚を抱く。
白宝が乗っていた車がつっこんでくる。後方で放置されていた大型車の運転席には全がいた。泣きそうになりながらハンドルを握りアクセルを前かがみになるほど踏みつけている。誰もが忘れていた青い髪のフリーターは白宝に、そしてその先の冬華めがけて鉄の塊と化して走った。
「乗れぇ!」白宝は強化装甲の1人に横から抱えられて九死に一生を得た。迷わない、冬華は両手を広げ抱きしめるように大きく跳ぶ。乱暴に後部座席に転がり込んだ。
「フォーチュン!」冬華は身体を乗り出し、フォーチュンへ手を差し出した。ぶつけた頭が痛む。フォーチュンは拒まなかった。占い師を車の中に引きずり込む衝撃で冬華は再び後頭部をぶつける。
「冬華!」「いって。全、走れ!」
「分かっている!」
全は振り向けない。とてもそんな余裕はない。
「ちぃっ。スティル、アーシェンス。冬華を追いなさい!」白宝が命令する。無理だ。AGは戦闘するもので走るものではないし、もちろん強化装甲兵もとても強い鎧を着けているだけで運動能力その他は所詮人間だ。移動を目的とする車は戦うにはとても手ごわいし、ましてアクセル壊れよとばかりの時速200キロの車には勝てない。
「この、だったら」しかし自分たちの得意な戦闘に持ち込むことも出来ない。確かにAGたるもの破壊能力は抜群にある。車の1台や2台木っ端みじんにするなんてお手の物だ。しかし今欲しいのは命ではなく情報である。そのためにある程度は無傷で捕らえないといけないが、戦争のための道具にそんな便利な能力はついていない。交渉しようにも冬華ははるか遠くにいるし、唯一連絡が取れる端末は白宝の目の前に投げ捨てられて転がっている。
冬華は振り返り、次の手を考えあぐねている白宝一行に陽気に手を振った。
「愛号!」かろうじて悪態は聞こえた。普段上品な白宝なのに驚くほど似合っている。
「冬華さん挑発している場合ではありませんよ!」「車が止まらないよ!」
「がんばれ応援している!」冬華は全が言って欲しかったことを言わなかった。
「だから止まらないんだって! 助けて!」
「全さん、あなたなんでまたこんな事を。すみません、私はあなたを見くびっていました。そんなに勇敢だとは思わなかった」
「ちっとも勇敢なんかじゃない!」
悲鳴を上げながらも全はハンドルを握り締め前を見つめていた。声は確かに勇敢だというよりやけくそに近い。
「こんな事するつもりじゃなかったんだ、フォーチュンに言われたとおり逃げるつもりだったんだ!」迫る家屋、遠くの銃撃。車側面をこすり黄色の塗料を壁に貼り付け冬華たちが乗る前まではなかった凹凸が増えていく。それでもまだ全は正面衝突もしていなければ冬華を振り落としもせず現実逃避もしていない。
「褒めなくていいよ、勇敢じゃないんだから。でも、後ろで車が置いておかれているのを見て、鍵がかかりっぱなしなのを見て、運転できるかなと思ったら何も考えずに近寄っちゃって。動かせて、ひょっとして全員で逃げられるんじゃないかと思って。本当にこんな事するつもりじゃなかったんだ、これ以上運転できないよ! 後は冬華さんが運転してよ、時速メーター振り切れちゃったよ、助けてっ」フォーチュンはやっと身体を起こしてその辺にしっかりつかまり、数回咳払いをしてからわざとらしく落ち着いて全に助言した。
「これだけ速いと足場も砂利と瓦礫ばかりですし、下手にブレーキ踏むとスピンしそうですね。ブレーキを踏まずにアクセルから離してください。後は事故を起こさないように運転するだけです」「起こしそうなんだって、いつも法定速度を守って走っているのにいきなりこんなになんて出来ないよ、今すぐ代わって!」
「無理言うな。わたしは車の運転は出来ないよ」
かつて車社会と呼ばれていたときと比べると格段に運転免許保有率は下がっていた。
「嘘だろ!? だって冬華さんAG乗れるんだろ?」「人間難しいのが出来るからといって簡単なのが出来るとはかぎらないわよ。AGは乗れるけど車には乗れない」
「言っておきますが私も乗れませんよ、全さんがんばってください。事故を起こしても恨みませんから」
「嘘だぁ!」
厳密に言えば冬華はぜんぜん運転できない訳でもない。AGの複雑怪奇な扱いに比べたら車はアクセルとブレーキとハンドルさえ扱えば何とかなりそうだった。でも見よう見まねでやってみる冬華と今まで運転経験がある全、根性や性格といった面を度外視すればどちらが運転したほうがいいかは火の中に手をつっこんだら火傷をするのと同じくらいに明らかだった。
「ついでに全、どうせなら階層間エスカレーターへ行って!」「どうして!」
「オースターンに会うためよ。ここで降りていつ白宝がくるかびくびくするよりいっそこのままの方がいい。ぎりぎりまで近づいていって、それから先は逃げていいから」
「近寄りたくない!」
「そう言わずに。わたしのできる最大限まで全が安全になるようにするから」
全が否定か肯定か、意見をはっきり言う前に人間の移動用の螺旋型階層間エスカレーターが見えた。人間用とはいえさすが階層の移動に使用されるだけある、通路は白宝の車が楽々入ることが出来る大きさだった。
「全、頼む」このときほど全は泣きたいけど泣けない時はなかった。自分にすら聞こえない声で小さくつぶやく。
「何?」「きっと、こうやって詐欺にはめられて深みにはまっていくんだなって、将来を悲観したんだよっ」
半分やけになったように全はハンドルを鋭く切り、階層間螺旋型エスカレーターへサイドミラーをこすりながら突撃した。全のやけくその怒鳴り声、ポーカーフェイスがとうとうもたなくなったフォーチュンのか細い悲鳴。車とシェルターがぶつかり合って甲高い声で叫ぶ。
「っ、冬華、なんだか変な音がしない!?」「ああん!?」
言われて気がついた。無線電信のノイズのように意味のない雑音が聞こえる。坂道を転がり落ちているような車の中で、大声をあげながらの道中で聞こえるのだから相当大きい。
「ラジオですか? カーナビですか?」「よく聞こえない、雑音がひどい」
そう愚痴ったのを聞いた訳ではないだろうが、ばらばらの糸くずが1本の糸になるように雑音が明瞭な意味を持った。
「…Hello?」この場にいる3人はよく知った声だった。
「黙って。どうせ声だけなら何も出来ないわよ」「待ってください」
フォーチュンが危なっかしく身を乗り出して通信機の音量を上げる。通信機の電源は切ってあった。
「強制割り込みですか。何て事です」「こんにちは皆さん。紳士淑女の方々。軍人会社員主婦商売人。肌黒肌白黄色に赤い肌。金持ちも貧乏人も、男も女も、老いも若きも、ありとあらゆる全ての人間へこんにちは」
言葉は理性的で明瞭だった。
「こんにちは、こんにちは、革命の時へ。こんにちは非日常の世界へ。俺はオースターン。種族はバイオウェポン、職業はテロリスト。さてさっそくだけど」オースターンは演出家だった。一瞬の空白を十分に生かす。
「世界は俺がもらう」冬華は最大限の侮辱と怒りを込めて舌打ちをした。