三つ首白鳥亭

−再生する世界−

恋人たちが出会いし時、審判の雷降りそそぐ 前編

冬華にフォーチュンに万象全。竹屋優慈と金白宝、スティルにアーシェンス。ハロイド大佐、ユーディト少佐。バーミンガムシェルターにいる全ての人間が注目した。誰もが耳を澄ませ画像を凝視し、史上空前の狂った演説を聞いた。

「世界は俺がもらう」

孤独な王は繰り返した。「もう世界の支配者は人間じゃない。俺だ。バイオウェポンのオースターン、俺の手の中に世界はある。全てのものは俺に頭をたれろ。全てを差し出せ。俺は最強にして全知全能、俺が王だ」

オースターンの声はよく聞こえる。台詞も画像も恐ろしいほど明瞭で誰も邪魔をしない。

「俺は強い。人間の身体を蝕む放射能の雪の下でも生きていける。力は強く身体は頑丈で、脳みそは最高の教育を受けて知識を全て吸収した。そう作ったのは人間だ。全滅の瀬戸際のお前たちが最後の期待を込めてバイオウェポンという種族を作り出した。だからお前たちの期待に答えてやるよ。防護服がなければ外にも出れない人間がこれ以上のさばるのはもう無理がある。そうだろ? 世界は俺とバイオウェポンが頂く。これから俺たちは過去人間がそうしていたように世界をもらう。自由気ままに振るまい全てから搾取する。俺の好きでないものは滅ぼす、気に食わないものは消し去る」

オースターンは演説の内容とは裏腹に面白がっているようだった。タロット番号04の皇帝のように、世界の王のために創られた玉座に堂々と腰かけているかのように、シェルター最下層の暗い闇落ちる動力源にもたれかかっていた。表情は分かりにくかった。暗い中だが高性能の映像装置はオースターンの顔を髪の毛1本に至るまで鮮明にバーミンガムシェルター全てに報道している。しかし曖昧な笑みは嘲笑か余裕か哀れみか、王者のものか傍観者のものか革命家のものか。その場にいた誰もが判断をためらった。

オースターンは押し殺すように笑いを噛みしめた。おかしくておかしくてたまらないように。おそらく笑いの対象は踊っている人間。ハロイドに白宝に竹屋に。全にフォーチュンに冬華に。全てに。オースターンに。

「どうせお前ら思っているだろ。ふざけんなって」

笑いながらのオースターンは一転して少年のように無邪気で無垢だった。

「そりゃそうだろうな。今まで砂の城でせいぜい威張っていたんだから、急に言われても素直にひけないよな。だからな挑戦権をやるよ。

俺の所まで来い。俺と戦え。殺し合え。もしもあんたが勝ったら支配の権利は人間に譲ろう。すごい譲歩だ、そうだろう? 俺はここで待っている。俺は気は長くないぞ、早く来い、俺ともう一回話せ。俺ともう一回戦え」

待っているぞ。

画像は途切れた。音声は死なずに、訳の分からないノイズを発し続ける。

全ての人間に伝えているはずのその言葉が、実はたった1人に向けられていることを知った人間はどれだけいたのだろうか。


放送に白宝は打ち震えた。

「なんてこと」

思わずつぶやく口振りは義憤というより悔しさがにじんでいる。

「大事件よ、今後百年は話題になる歴史的事件だわ」
「白宝さん?」
「ぐずぐずしてはいられない、すぐに行かないと。こんな所で冬華さんごときに足止めされていたなんて」

そうきたか。いや白宝の性格からこの結論以外ありえなかっただろう。白宝は誰が冬華の足止めをしたのかも調子よく忘れて命令を下す。

「全員出発の準備を! 急いで」
「あの、僕はどうすれば」
「あれ? 竹屋まだいたんだ。もう帰ってもいいのよ」

そう言われても。一人でこの場から帰るほど竹屋はサバイバルに自信もなければ明日を捨ててもいない。より身の安全を確保すべく泣く泣く決心した。

「ついていってもいい?」
「え? どうぞ、でも邪魔しないでね」

白宝は特ダネに興奮していてろくに竹屋を見ていない。耳障りな騒音に眉をひそめながら作戦を練る。

『出て!』

AG機上のアーシェンスが叫んだ。

「へ?」
『AGから降りて!』

理由を言う間もなくアーシェンスは舞花から転げ落ちた。

「トーカの時と同じ音がした、危ない!」

常識ある人ならティーンエイジの言葉に従って強力なAGから降りるような真似はしない。だが白宝たちは常識の外側の人間であったし、彼女たちの目に映るのは食欲旺盛な子どもではなくAGの扱いに長けた戦士だった。

「スティル、降りなさい」

言われるまでもなく、スティルもロックを解除して飛び降りた。

「出発の準備をやめて周囲の警戒をお願い。アーシェンスちゃん、どういう事?」

考えをまとめるようにアーシェンスは黙り、一気に説明を押し付けた。

「前トーカと一緒にAGに乗ったときトーカの通信からでたらめな音が少しして、音声受信が乱れたの。そのときトーカはノイズがって言ってAGごと行動不能になった。今それと同じ音が、もっと大きい音がした」

スティルもまたうなずく。つまりは彼も聞いたのだろう。

「音? 私には何も聞こえなかったわ」
「音声電波、外の人間には聞こえないよ。AGだから感知できたんだ」
「もしやっ」

白宝はポケットロンを取り出した。

「……電波の調子がすごく悪い、外と連絡が取れないわ。軍事用最新機種なのに」
「白宝さん!」

ディスパーチの傭兵が深い考察に潜ろうとした白宝を押しとどめた。

「敵です、来襲!」

それが合図だったかのように歩兵とAGが建物の影から出てきた。竹屋が悲鳴を上げアーシェンスがにらみつける。音も表情も見えず聞こえず白宝たちに迫る。

「なっ」

白宝さえも絶句した。敵歩兵はざっと10人にAGまでいる。白宝たちは倍近くの敵に完璧に囲まれていた。



まずありとあらゆる連絡手段が取れなくなった。遠方の者と通信できない、AGに命令できない、車両のナビゲートはでたらめを表示する。

軍の崩壊としてはそれで十分だった。どんなに強い兵士でも命令がこなければただの人形である。機械技師と技術屋がそろって頭をその辺の床に叩いて苦悩を表明したとき、もっと悪い事が起きた。

AGが動かなくなった。今までかろうじて歩いていたものが棒立ちになった。行動不能ならまだいい。突然発狂し味方を攻撃するようになった。苦悩はとりあえず脇に置いておいて逃げ惑うことに集中し始めた技術屋の1人が、バーミンガムシェルター全域に正常な電波を阻害してしまう異常電波が発生しているらしいという推論をぶちまけた。命の危機の中で大したものであるが、残念なことに分かっても取れる対策は少なかった。兵士は許可なくAGから降りてはならず、アーシェンスが間一髪逃げたのと対照的にほぼ全員が兵器の中に取り残されていた。

狂気のような混乱の中でとどめはオースターンと名乗るバイオウェポンの演説だった。20世紀の戦争ではあるまいし、テロリストが戦争中に自身の姿を映し出す。まっとうな精神を持つ人間なら自身の努力を放棄して上官につめよるか天を仰いで神にすがっても許されるほど事態は常識から外れていた。

「いつAGが暴走するか不明です。歩兵ならびに強化装甲兵に命じてAG搭乗員の解放を、せめてAGを行動不能に。さもなくば我々は全員逃亡か、犬死です!」

あばた顔のフランツ一等兵は勇敢にも混乱の中現状を把握して、何が起こっているのかをハロイド大佐に報告した。ハロイド大佐は曖昧な笑みのオースターンの画像から目を離せない。

「大佐?」
「一体、どういう事だ」

ハロイドの脳裏に初めてオースターンと出合った時が思い返される。同じ笑みだった。オースターンは彼ら軍人と顔をつき合わせる時、いつも人をいらだたせて不安にさせる笑いを浮かべていた。

さらなる出世と金のためテロリストたちと接触した時も、ハロイドがバーミンガムのどこが弱いかどこを攻略するべきか教えている時も、遠方から連合軍の動きを連絡している時でさえ、ハロイドはオースターンの笑みが頭から消えなかった。

好きにしろよ。せいぜい派手に踊るがいい、なあ人間たち。

全ては俺の思うがままだ。

「オースターン、どういうつもりだ!」ハロイドは通信機器を素手で殴った。頑丈に鍛えたこぶしは赤くなり、民間ではまずお目にかかれない価格の通信機器はあっけなくへこんで壊れる。
「ハロイド大佐!?」

オースターンがハロイドの二面の心を知っている訳がない。ハロイドは誰にも言わずに自分の計画を進めてきた。バグダット、モスクワ、エカンデンブルグ、ヨハネスバーグ。4シェルターにバーミンガムの情報を売りつつライプチヒを初めとする連合軍にも伝えた。狙いはただ1つ、バーミンガムが復興した際の地位と名誉。まんまとバーミンガム襲撃の際に別シェルターに出張して難を逃れた。大半のシェルター高層部も軍人も攻撃の際に倒されただろう。そのままバーミンガムを取り戻し、人材の絶えたバーミンガムに権力者として君臨する。30年はかかる地位と名誉がわずか3ヶ月で手に入る。

なのになぜ。最低条件であるバーミンガム奪回は風前の灯、もっとも大切な自分の命さえこうして危うい。どうしてここまで計算が狂った。理由は分かっている。全てはオースターンのせいだ。あの、前に立つもの全てを訳もなくいらだたせる眼差しの持ち主、狂気のバイオウェポンのせいだ。

「オースターン、貴様さえいなければ!」
「大佐! もうだめです、敵AGがここまで!」

フランツ一等兵の悲鳴にハロイドは一瞬正気に帰った。遅すぎた。黒いAGはハロイドの回想には特に注意を払わなかった。

――たった1人の男の野心が起こした戦争は、結局男にとって戦死者名簿に自分の名前が刻まれただけの利益しかもたらさなかった。


「冬華さん、オースターンのお出ましですね。まさに皇帝のようです。最強の軍隊にAGを行動不能にさせるノイズ。だれも逆らうことができない生まれつきの王者のように」

フォーチュンははげしい揺れで白い顔をさらに白くしながら、器用にもカードを引いて冬華に見せた。カードには高い背もたれの椅子に腰かけ王錫をもった堂々たる男性が描かれている。

「なにが皇帝よ。ただの人殺しのテロリストの癖に」

そう言いながらも思いのほか冬華は落ちついていた。フォーチュンはもちろん運転に忙しい全さえも不審がる。

「なんだか冬華は余裕だね。勝算あるの?」
「あるなら教えてよ。その通りに動くからさ」
「なんだ、から元気か」

全は納得したが、フォーチュンはまだ疑惑を消しきれずにカードをいじっていた。

「それよりどうするのさ。今の放送聞いた? 全世界の支配者だって、どうする、そんな大それたこと宣言した人のところに今行っているんだよ。やめにしない? ここまですごい事をしたらわざわざ冬華がなんとかしなくても他の人がどうにかするよ」
「他の人って誰よ」

そんな人はいない。冬華は分かっていたしオースターンも分かっていた。

「全、今のはわたし宛への伝言だった。分かっている?」
「ええっ!?」

全は分かっていなかった。フォーチュンはなんとなく察したようで驚かなかった。

「なんでさ、冬華それは少し自意識過剰じゃない?」
「いんにゃ、断じて違う。あれはわたしへ、ただわたしだけのメッセージだった。ここに来いって挑発していた」

冬華は鼻を鳴らした。手にはエネルギーボルト05がしっかり握られる。

「いい度胸じゃない、この冬華を名指しするなんて」

もしオースターンの意図が挑発だったら、まんまと冬華は神経を逆なでされて乗ったことになる。あまりのちょろさにフォーチュンは盛大にため息をつく。

「冬華さん、無茶はしないでくださいよ。あなたはよくても私達は困ります。私達は戦闘の素人です、何かあったらころりと死にますよ」

笑えない事実である。フォーチュンは自分の命をお守りにして冬華の暴走を止めようとしているが、冬華は答えずに険しい表情で前に注目した。止まった螺旋エスカレーターを暴走車で突進しているので揺れがひどい。しかしその中に冬華はたしかに何かを確認したようだった。

「全、止まれ!」
「あい! ブレ−キこっちだよね!」

もし違っていたとしても訂正はできないであろう。幸運にも正解を踏んだらしく、今までと逆方向の振動が車全体を襲った。

「うわぁぁ!」

車ごとひっくり返るのではないかというような揺れだった。フォーチュンは頭をかばい全は自分が起こしたことのくせに悲鳴を上げて目を閉じる。車は壁につっこみようやく停止した。また目を開けない全の代わりに冬華は車の鍵を引っこぬき飛び降りる。

「冬華さん、私も」
「くるな。かえって手がかかる」

冷たくさえぎられてもフォーチュンは止まらなかった。車を降り両手で銃を抱え冬華の3歩後に立つ。全は息を飲んだ。

冬華は足音なく片手に銃、もう片手で壁に触れ歩く。天井の照明が馬鹿に明るく見えるも、落とす影は薄くてはかない。

止まった螺旋階段の下へ下へ続く暗がりを前に、冬華はさしたる感慨もわかずに踏みこんだ。2歩目を伸ばして壁を背に止まる。フォーチュンも後へ続こうとした。

冬華は壁を殴った。ただの壁ではない、非常時用と古めかしく描かれた黄色と黒の縞模様の中にある赤だった。

緊急のための階層間遮断シャッターはギロチンのように早く的確で残忍だった。

「冬華さん!」

フォーチュンが走ろうとする。分かった時は遅かった。後3歩の距離がその時ばかりは遠すぎる。フォーチュンは足を前に出す代わりに懐からつかんで投げた。

「これを!」

冬華とフォーチュンたちの間でシャッターが閉まった。フォーチュンは無念の叫びを挙げて白い無慈悲な扉を叩く。びくともしなかった。

「ジーザス!」

フォーチュンは愛想を投げ捨てた。車に引き返し後部座席をあさる。カメラやバーミンガムの資料に混じって無造作にころがっていたハンディガンをつかむ。構え引き金を引いた。「フォーチュン!」慌てる全を無視して連射をする。見る見る間に無数の弾痕を作っただけで壁は全く動かなかった。

「っく、残る手段は車で特攻ぐらいですね」
「フォーチュン! 何が何だか分からないけどそんな怖い事を言わないでくれ!」
「分かっていますよ、そうしたら乗っている全もいちころですし帰れなくなりますからね」

会話をして少しは落ち着いたのか、それでも諦め切れないようにフォーチュンはシャッターにこぶしを押しつけうなった。

「何で冬華さんシャッターを下ろしたんだ。一緒に行けないじゃないか」

全は比較的冷静に占い師を止めたが、そういう全も混乱の極みだった。

「分からないのですか、冬華さんはそうしたのですよ」
「なんで、どうして」
「私達をこれ以上戦いに巻き込まないように嘘をついたのですよ! 一言も断らずに!」 

フォーチュンは壁に額をこすり合わせた。長い髪が流れ全が不安そうに肩を持つ。

「冬華さん、あなたって人は」

その顔にあるのは泣き顔か怒りかはたまた笑顔か。全にはフォーチュンの顔を覗きこむ事ができなかった。