イプチヒシェルターは前に来た時と大して変わっていなかった。あれから1日たっていないのだから当然であろう。コートを翻してライプチヒシェルターターミナルを歩く冬華は出入り口のすみっこに申し訳なく立っている竹屋を見つける。彼の方も冬華を認めたのか、小走りに「冬華さん」と駆け寄った。自分から行くと言ったのに迎えに来てくれたらしい。
「その荷物、どうしたの」「武器と弾丸の類」
「そんなもんを!? 戦争にでも行く気?」
「時と場合によったらそうなるかもね」
冗談にしては笑えないし、冬華の目はちっとも笑っていなかった。竹屋は顔をこわばらせて、「とにかく人に聞かれたくないから」とターミナルから引っぱる。
現在竹屋が借りている住居はライプチヒ軍の寮の一部だった。軍の設備らしく潤いも飾り気もない椅子に冬華は座り「どこまで知りたい?」
「え?」「だから、わたしの方の事情をどこまで知りたい? こっちが聞くんだからわたしも話す権利があるけど、下手に話すと巻き込まれるかもしれない。だからどこまで知りたい?」
「巻き込まれるのはいやだから何も知りたくない」
できれば話したくもないのだろうが、冬華はその意見は無視した。
「分かった。ならさっき端末で言った内容で我慢して。で、バーミンガムシェルターの事について知っている事を全部話して」かなり理不尽な要求だが逆らったら怖いので竹屋はしぶしぶうなずいた。
「所詮僕もここにいるだけで、偶然又聞きしたことしか分からないよ」「それでもいい」
「えっと。バーミンガムシェルターが正体不明の軍勢によって動力源を占領された。軍勢の正体は不明、今残ったバーミンガムの正規軍と周辺の国で連合軍を組んでシェルターを奪還しようと包囲している。今の所変な動きなし」
「奪還はいつ行われるの?」
「分からないけど、すぐじゃないかな」
「そっか」
冬華は考える素振りで足を組んだ。
「あ、でも、奪還に冬華さんみたいな何でも屋が参加できるかどうかは分からないよ。傭兵派遣組織ディスパーチから来る傭兵ならいざ知らず、普通の傭兵の募集は行われていないし」「あったり前でしょう」
せっかくの竹屋の気づかいを、冬華は険悪な口調で切り捨てた。
「わたしみたいな一般人がそんな重要な任務に就けるわけがないわよ。よっぽどたいしたコネを持っているか、さもなきゃこっそりもぐりこむか」「あ、そう」
「しょうがない、こっそりもぐりこむか」
冬華はそれ以外に思いつかずあえて気楽に決断した。今度こそ竹屋は顔色を変えていすから立ち上がる。
「よ、よした方がいいよ。危なすぎる、その正体不明の軍勢や敵に間違えられた味方の軍勢に攻撃されるかもしれないんだよ」「そんな事分かっている!」
「分かっているように見えないよっ」
冬華が強い口調でたたきつけたのに珍しく竹屋はひるまなかった。今すぐ猛獣に飛びつかれそうなへっぴり腰で、それでも冬華に食い下がる。
「冬華さん、そりゃぼくは冬華さんとは知り合いでしかないし、すごく恩があるわけでもよく知っている訳でもない。でもね、今明らかに知人が死地に飛び込んでいこうとするんだったら止めるよ。深い事情は何も知らないけど、今すぐ突入しないといけないということはない、それが最善で最後の策という訳じゃないんだろ。もっとよく考えなよ」冬華は歯をくいしばった。やかましいと怒鳴りたかった。あんたのような素人になにが分かると、部屋を揺るがすほどの大声で叫びたかった。しかし実際に言葉は実らず、冬華の胸の中に落ちて溶けた。
「落ちつこうよ、冬華さん」ちっ、と冬華はうなだれた。
「すごく悔しいけど竹屋の言う通りだ。わたしはあせっている。理性が飛ぶほど」
「まぁまぁ、それはしょうがないと思うけど。そんなに誘拐された2人が大切なの?」
「いや。恨まれるのを覚悟で言うけど、自分をはかりにかけるほど大切という訳でも」
ひどい言いざまだが実際そうである。フォーチュンはまだ知り合って2ヶ月とないし、その期間もだらだらと仕事外の友人付き合いをやっていただけだ。人質に取られ命がけて取り返すには役者が足りない。
「だったらどうしてそんなに必死なのさ」なぜだろうか。落ち着いた冬華は首をかしげて少し黙った。
「きっと、わたしは自分の行動の余波がここまで無関係な人間にかかったことがないからだ」冬華には心配させるような肉親はいないし、真実の友情をむすんだ親友もあいにくいない。冬華の職業は世間に反映されることはない個人の零細事業だ。たとえ冬華が大成功しようが、失敗して戦場で散ろうがそれが原因で誰かに大きく影響することはない。良くも悪くも冬華の行動で人生が変動する人間は依頼人以外にはいなかった。いつのまにかそれが当然と思っていた。
「それなのに今回だ。わたしの行動が初めて関わりを持たない人間の命運を左右する。だからかな、重圧を感じていたのは」「それが分かるということは冷静になったということだね。よかったじゃないか」
「ま、ね」
少々気恥ずかしく、冬華は竹屋の顔を見ずに答えた。
「じゃあ冷静になったところで今後の方針を考えよう。どうしても冬華さんはバーミンガムシェルターに行かないといけないんだよね。代役はだめなの?」「直接来いといわれているし、代役を立てられそうな友達はいない」
「いっそ傭兵派遣組織ディスパーチに加入しちゃえば? それでバーミンガムに行くとか」
冬華はばつが悪そうに言葉をにごした。
「いや、それもちょっと」「どうしたんだよ。フリーランスとしては所属したくないとか?」
「いや、そうじゃない。傭兵派遣組織ディスパーチはその下に傭兵育成学校を持っているのだけど」
隣の世界の常識はここでは非常識。冬華の常識は竹屋にとっては耳慣れないことだった。
「あ、そうなんだ」「わたしは実はそこの学校出身なのよ。養育してくれるような肉親もいないし、色々あってそこの学校にいたのだけどね」
「なんだ、どうりで武器とかAGとかの扱いがうまいんだ。でもそれがどうしたの? だったらなおさらいいじゃないか。どうせその学校の卒業者の大半が傭兵派遣組織ディスパーチに入るんだろう。好都合だと思うのだけど」
「実はわたしそこを中退したのよね。卒業間際ちょっとした不祥事で退学食らったの。中退してずいぶんたつけどまだ大半が覚えているだろうから、加入したいといってもできないと思う」
「何をしたんだ」
竹屋は聞きたいようで聞きたくなかった。確実にろくでもないことに決まっている。
「じゃあどうするのさ」「それを今考えているのよ。何とかしてもぐりこみたい」
冬華が腕組みをしてうなったちょうどその時、竹屋の部屋のそなえつけの電話が鳴った。ちょうどそばにいた竹屋は1回目のコール音が終わる前に受話器をとる。
「Hello, it is TAKEYA」上手ではない英語にて竹屋は電話の向こうと対話するが、すぐに「え、そんな、困る!」と日本語にもどる。
「急すぎるしそんなどうして」あせる竹屋を放置して、問答無用にドアが開き、白人男性を中心とした4人が部屋に入ってきた。
冬華の観察したところでは全員軍人らしく、男女問わずに髪は短く切り無駄のないたくましい体格をしている。お互い細部のみしか違わない軍服を着用していて、中心の男の胸にはバーミンガムシェルターのマーク、残る3人の胸にはライプチヒシェルターのマークが見て取れた。冬華はどうして軍人は分かりやすい服装をするのだろうと答えの分かりきっている疑問を抱く。
「ドクター・タケヤ。そこの女はだれだ?」中央の男はバーミンガムなまりの強い英語で冬華を指さした。いきなり人差し指を突きつけられて冬華は内心憤慨するも、考えてみればもっともな質問である。
「はい、えっと、彼女は」「ハロイド大佐、彼女はソウリュウトーカ、例のバイオウェポンの関係者です」
冬華はおとなしく答えようかそれともけんかを売ろうか迷っている間に横にいる女性に答えられてしまった。竹屋が小声でユーディト少尉と教える。
「民間人が何の用でここにいるんだ?」自分が大佐であることをかさにきた高慢な態度だった。冬華はいい気分がせず反抗的に答えてやろうと思ったのだが、今度は竹屋に先を越された。
「僕のことについて、ちょっと相談してもらっていたんです。怪しい事とかはまったくありません。えっと、どなたでしょうか」「ドクター・タケヤ。先ほど電話で話したバーミンガムシェルター所属のハロイド大佐です。バーミンガムシェルターの事について依頼したいことがあります」
先ほどの電話といっても来る寸前だからどうしようもないとか、依頼といってもそれ強制だろうとか、ハロイド大佐の態度は初対面の人間へのものではない礼儀を学びなおせとか、冬華は言いたいことが山のようにつもり積もったがぐっと我慢した。竹屋も冬華とおなじような不満を抱いたがそれよりも不安と恐怖のほうが強い。
「はい、なんでしょう」「バーミンガムシェルターの襲撃事件にバイオウェポンが多数目撃されている。先日の事件への関与は不明だけど、このタイミングでは関係があると見ていいと思う。そこで今から周辺のライプチヒ、ワルシャワ、エカンデンブルク、バグダットの4シェルターとかろうじて難を逃れたバーミンガムシェルターが共同してバーミンガムシェルター奪還をします。そのためバイオウェポンの数少ない目撃者として同行を願います」
「え」
竹屋の顔が引きつった。それはそうだろう。一難去ってまた一難、命からがら助かったと思ったらまた戦場に逆戻り。よほど職業運がないのだろうか、それとも逆に天職として呼ばれているのであろうか。どちらにしろ不幸な事である。
「そんな、僕はたいして見てもいないから、証言もできないし一緒に行っても迷惑がかかるだけですよっ!」ユーディト少尉は同情するような表情になったが言葉はかたかった。
「ドクター・タケヤ以外にも数人の学者が同行します。ドクターの安全は我々が全力をつくします。同行願います」竹屋は精神的に強靭ではなかった。また戦場に行くなんて非常にいやであろう。しかし現在保護してもらって三度の飯と住居を提供してくれている組織に向かって、4人の体格のいい人々に囲まれてそれでもいやと言えるだろうか。
否だった。
うなだれる竹屋には悪いが、冬華には好機だった。
「わたしも同行していいですか?」5対10の瞳がいっせいに冬華に注がれる。冬華は余計なことを言われる前に急いで続けた。
「わたしもバイオウェポンが出現した現場にいました。一回戦闘も交えましたので確認はできます。わたしは彼の友人なので竹屋氏の精神的補佐にもなります。お願いします」「民間人が? 笑えない冗談だ」
「僕からもお願いします!」
冬華にとって予想外な事に、竹屋も冬華の援護に回った。
「前の時も、冬華さんがそばにいてくれたので冷静になれましたし無事に脱出できました。彼女と一緒がいいです!」ハロイド大佐は改めて冬華の頭の先からつま先まで無遠慮に眺め回した。冬華はむしろ胸を張り、大佐の視線に対抗する。
「恋人か? 悪趣味な」「誰がっ」
「冗談にしては恐ろしいですよっ、僕にはちゃんと小樽に残した恋人が!」
2人の反応は実に早かった。脊髄反射をしてから冬華は竹屋を見る。恐ろしいという言葉の意味をあとでじっくり問いたずねてみるつもりだった。ユーディト少尉は冷静に付け加えた。
「あと1人程度ならなんともなります、ハロイド大佐」「なら好きにしろ。出発は30分後だ、それまでに準備しろ」
簡単に付け加えて、4人の軍人は竹屋の部屋を立ち去った。
(バーミンガムシェルターに向かっているみたいだ)
フォーチュンの脳裏に食事のたびに新しい情報を引き出してくる全の声がよみがえった。
(誘拐犯はバーミンガムの者だったのですか?)(違う。人種がぜんぜん違う。結構他のシェルターを旅行していたから分かる、バーミンガムシェルターの人間じゃない。誘拐される直前に新聞でバーミンガムシェルターが攻撃されているってあったよね。だからきっとその攻撃した人たちか、そうでなければ襲撃者たちの敵だよ)
フォーチュンは一体どうやって全が情報を得ているのか分からなかった。当たり前だが彼らは饒舌ではないし、友好的からはるか遠い立場である。仲良くなって話を聞き出せといったのはたしかにフォーチュンだが、現実に実行しているのを見るのはおかしな気持ちだった。
(んでさ、この誘拐を引き起こした人物はすごく偉い人みたいだ。特殊な事情があるから、いろいろな勝手を許されている。ぼくたちを誘拐したのもその勝手みたいだよ。本当なら余計な事は一切しちゃいけないのだけどわりとあっさり許された)(という事は民間兵ですかね。正規に指揮されている軍でそんな事は許されません)
全が奇跡のように引き出してきた話を聞いたのは昨日の事である。そうして今日フォーチュンと全は、事態が意外な方向に転がる音を聞いた。
もちろん平穏な生活を営む一般市民にしては、誘拐されることは意外な事である。それだけで一生分の意外性を使い果たしたといえるだろう。それだというのにさらに意外なできごとに直面した。
朝早々に2人は銃で小突かれながら暗い通路を歩いていた。全はもうだめだと泣き出しそうな顔で、フォーチュンは平然と涼しげな顔で。もちろんはったりで内心はフォーチュンもおびえているが、それは表情にはださなかった。占い師たるもの心を読まれるようでは駄目なのである。
それに安心できる理由もあった。誘拐したということはそれなりの用件があるから誘拐したのだろう。その用件しだいではそれなりの交渉ができる。上手くいけば無傷で富山シェルターに帰る事ができる。
「イニャス・ノチェスと万象全を連行してきました」表情がマスクに覆われて顔がまったく見えない男2人は、とある部屋で立ちどまり部屋の主へ敬礼をした。
「イニャス?」「私の本名ですよ。イニャス・ノチェス」
「フォーチュンって芸名だったの?」
「どこの世界の親が息子にそんな直接的な名前をつけますか」
礼を尽くされている部屋の主は6人の大型拳銃を手にもてあそんでいる護衛と2匹の獰猛そうな犬を従えて、贅沢にも広いベッドの上から顔をあげて手をふった。
「ん、ご苦労。この人たちに話があるから、君たちは外で待っていて」男たちは敬礼をして立ち去る。
フォーチュンの表情は少し揺らいだが、それは全の大げさな叫び声にかき消されて目立たなかった。
「何でこんなところに子どもがいるのさ」寝ころがっていたのはまだ若い男だった。子どもというには少し年を取っているが、青年とは呼べない年代であろう。身体にはりつく黒い戦闘服の上に灰色の上着を着て、両手を振り子代わりにして上体を起き上がらせて無遠慮に2人を見つめた。
やっと20代に到達できた全が子どもというには年を食っているが、フォーチュンほどの年齢では遠慮なく年少者扱いできる。そんな年の者が正規の訓練を受けた軍人に敬われ、最上級の待遇を与えられているというのは奇妙を通り越して笑える光景である。そのおかしさに内心フォーチュンは怖気づき、あごを引いて唾を飲み込んだ。
「君が誘拐したの? 君みたいな子が?」全はその違和感に気がつかず、かえって親しみさえあるような口調で和やかに会話を始めた。
たん。小さく軽い音とともに全の後方の壁に穴が開いた。
「あんたじゃない」若者は面白そうな表情を崩さずに銃口を下ろした。手のひらに収まるような拳銃の動きにつられて、全もその場でへたり込む。頭の血がすべて失われたのかと思うほど顔が青くなった。
「かといってそっちの長髪でもない。あんたたちはただのえさだ。目的のために必要なえさ」若者は足音が聞こえない軽やかな動きでフォーチュンの目前まで寄った。自分より身長が高いフォーチュンを目の前に見慣れないものがあるからかぎまわる猫のように大げさな動きで眺める。
「だからじっとしていろ。そうすれば運がよければ助かる」それに対してフォーチュンはただカードを1枚手に取った。古びてフォーチュンの手によくなじんだ、意味ありげな文様の紙切れ。
「6、恋人のカード」「あ?」
若者はフォーチュンに許可もなく紙切れを覗き込んだ。フォーチュンは無知な弟を諭すように穏やかに説明をする。
「このカードは一見分かりやすいですね。男性と女性、意味は恋愛。しかし本当の意味はもっと別のところにあります。意味は選択。2つのものがある、あなたはどちらを取るか。右か左か、古きものか新しきものか、伸びる手はどちらへ向かうか」フォーチュンは占い師らしい、穏やかな微笑と落ち着いたまなざしを若者に向けた。
「あなたはどちらにいますか? どちらを取りますか?」「へえ」
若者は、初めて興味を持ったように、フォーチュンのあごを人差し指で線をなぞる。その指は重火器を扱っている軍人とは思えないほど細くなめらかだった。フォーチュンは叫んで手を払いたくなる衝撃を抑えてなすがままになった。ここが勝負どころ、見せ場である。思わせぶりとはったりは占い師の常套手段。ギャンブラーと大差ない。
「俺はオースターン。あんたは?」「フォーチュン。隣の青髪は全です」
「あんた、気に入ったぜ。俺が今まで会った人間とはずいぶん違う。それとも冬華の友人は皆こうなのか?」
「冬華さん?」
演技でなくフォーチュンは眉毛をひそめた。どうしてここに美食家の何でも屋が出てくるのだろう。
「そう、あんたらの友人。俺の本当の目的双琉冬華。冬華のえさを探すつもりが同類に会えるなんて思わなかったぜ」確かに冬華とフォーチュンは友人だが、命がけで助ける助けられるの関係とはいえない。オースターンと名のる若者は冬華への人質としてフォーチュンを誘拐したようだが、それが有効かどうかは疑問であった。フォーチュンは内心首をかしげるも、馬鹿正直に言うようなことではない。
「と、冬華?」震えながらも全がまだしゃべることができるとは驚きだった。オースターンは今度は全に気を悪くすることはなく、引き返してベッドに腰を落ち着ける。
「そう、冬華。せっかくだ、何か話そう。冬華に似ているあんたが気に入った」フォーチュンはあでやかでつややかな、女性客必殺を自負している笑みを浮かべた。どうやら1つ難問は片付いたようである。そうして今度はフォーチュンが情報収集をする場であった。
シェルター所属の軍の仕事は過酷である。環境は最悪で仕事は人殺しをはじめなんでもする。自分の命が紙切れも同然ということを事あるごとに思い知り、どんなに上司が無能でも性格悪でも無条件で従わないといけない。高給だが仕事内容からすると割に合わない。この世のすべての軍人に冬華は敬意を払った。よくもこんなことができるものだ。
バーミンガムシェルター奪還のためライヒプチシェルターの軍隊は、まず少数の精鋭部隊をヘリコプターによる空輸で送り、その後大多数のAGや車両は後ほどリニアモーターカーで到着する事になった。竹屋とおまけの冬華はヘリで空の人となり、非戦闘員ということでAGを運ぶヘリコプターの中で小さくなっている。
「元は地下鉄の駅だった施設に本拠地を置く。そこに布陣をしてシェルターを短期間で奪還するのか」「あれ、冬華さんどこでそれを知ったの? 僕も前半部分は知っているけど、短期間というのは初耳だよ」
「直接少佐から聞いたわけではない、常識に基づく推論だよ」
「あ、そう」
何を話していいのか分からず、竹屋は少し黙った。
「どうせ意見役っていっても何をしろって言うんだよ」「戦闘が終わった後、これはバイオウェポンかどうかを確認するのじゃない?」
鉄と油とその他物騒な兵器の中に放り出されている竹屋はいじけて、うつむいて冬華に愚痴った。確かにひどく振動するヘリコプターの中に場違いに放っておかれて、すみっこで小さくなっている竹屋の姿ははたから見てもかなり気の毒だった。
「だったら今じゃなくてもいいだろ。戦いが終わった後ゆっくりやればいいことじゃないか」「そうね。でもそんなことわたしに言われても」
冬華も竹屋に同情していたが、本来の目的を忘れてはいかなった。バーミンガムまで行ってオースターンと会い、フォーチュンを取り戻す。そのためにまず必要なのはバーミンガム、そしてオースターンに関する情報。
「竹屋」「なんだよ」
「何でオースターンはバーミンガムにいるのだと思う? どうしてオースターンはわたしを呼んだの?」
「ええっと」
竹屋の顔つきはそんなこと知るか、とでも言いたげだった。もちろん実際にそんなことを言ったら、冬華に軍事用ヘリコプターの小さい出入り口から放り出されかねない。竹屋は不幸尽くしの人生をここで終わらせたくないので問いかけに答えようとしたが、冬華の独白のほうが早かった。
「少なくとも、これはオースターンが自分で勝手に行ったことではない、そうよね? 1つのシェルターを襲撃するなんて個人には絶対に無理よ。3大企業か、他シェルターが裏に関わっている」「うん、そりゃあね。でもそれはあくまでもオースターンがその襲撃に関わっていた時の話だよ」
「関わっていないとでも?」
竹屋は黙った。もちろんオースターンがバーミンガム襲撃には関係していない可能性は皆無ではない。しかしそれはあくまでも可能性の問題であって、襲撃にバイオウェポンが関係しているであろう事、オースターンがバーミンガムシェルターを待ち合わせの場所に指定したことを考えると、これで無関係だと思うほうがどうかしている。
「この襲撃にオースターンは関わっている。あの化け物の事だ、最前線で一方的な殺戮を行っていてもおかしくはない。その一方でこの襲撃は他のシェルターか企業が関わっている。評判の悪いワルシャワシェルターあたりやっているんじゃないのかしらね」「冬華さん! ワルシャワシェルターもバーミンガム奪還の1員なんだよ! というかそれをワルシャワシェルター人に聞かれたらどうするのさ!」
「個人の無責任な言葉に大騒ぎしないでよ。冗談よ冗談」
「冗談には聞こえなかったよ」
冬華も半分は冗談で半分は本気だった。ワルシャワシェルターは何でも屋の間では評判が悪く、そのくらいはやりかねないという認識を与えられている。
「さて、それではフォーチュン誘拐も団体として仕組まれたものなのかしら?」「え?」
「この誘拐はオースターンが個人で行ったものなのか、それともバーミンガム襲撃の集団が起こしたものか」
「オースターンが団体に所属しているのだったら、それは集団として起こしたものじゃないか?」
「だったら、バーミンガムをそっくり奪え取ってしまえるほどの集団が、どうして1何でも屋にちょっかいを出すのよ。しかもこんな回りくどい方法で。直接乗り込めばすむじゃない」
「そっか。1シェルターを奪えるんだから、冬華なんて瞬殺だね」
「ふん、勝てはしないかもしれないけど、何でも屋の誇りにかけて逃げ切るわよ」
威張って言うことではない上に、それすらもおそらく無理だろう。
「じゃあ襲撃団でたくらんでいることではない、そうだよね」「でも、バーミンガムシェルターを襲撃しているのに、勝手に1人がそんなまねをしていいのかしら? しかもわたしやフォーチュンがいるのは富山シェルターよ。遠すぎるわ」
「オースターン1人がやったと考えるには無理があるって事?」
「うん」
「じゃあ冬華はどっちだと思うのさ」
「分からないから問答しているのじゃないの。後の情報待ちね、これは」
冬華は窓の外を見た。灰色の分厚い雲が空全体を多い、地上は雪で覆われている。外は冬。永遠の冬。
「そうして、どうしてわたしなのか。どうして、ちょこっとは戦闘能力はあるとはいえ民間人のわたしを狙ったのか」竹屋としては冬華を自分とおなじ民間人とは認めたくなかった。確かに法律的にはそうであるとはいえ。
「冬華はオースターンを直接見て話したんでしょう? その時何か、オースターンの致命的な欠点とか弱点があったんじゃない?」「わたしはそんなの知らない」
「冬華が知らなくても向こうは気づかれたと思って、冬華を狙ったんじゃないかな。思い出してよ、その時本当に何もなかった? まったくの全然、おかしいところはなかった?」
冬華は虚空をにらんだ。無骨な黒い天井しか視界にはない。
「強いて言えば、人格が破綻していただけ。何もないわ。もし何か弱点があったとしても、本当にそれだけだろうか。それだけで狙ってくるのか? だって、下手をすればバーミンガムだけではない、富山シェルターの民間人に危害を加えたということで旧ヨーロッパ大陸だけではない、全世界を巻き込んだ戦いになったのかもしれないのよ。それを承知の上でどうしてそんなことができるの?」
「実際に冬華は富山シェルターに報告していないんでしょう。どうして報告しなかったの?」
「2人の一般人ぐらいでシェルターは動いてくれないからよ。政治的に尊い犠牲扱いになるのが関の山ということを知っているから、報告しなかったの」
いかにも何でも屋らしい返答に、竹屋はあきれを通り越してひっそりと笑った。警察当局が有能ではないからこそ存在しうる職業の何でも屋は、基本的に政治を信用していない。
「その冬華の性格を知っているから、フォーチュンさんたちに手を出したのじゃない?」「本当にわたしの性格を把握しているのだったら、フォーチュンじゃなく他の人たちを誘拐するわよ。こう見えても友好関係は広く浅くあるのだから」
「よっぽどの深慮があったのか、さもなければ適当にしただけか。僕は深慮だと思うけどな。冬華さんを狙っているのも僕たちにはうかがい知れない事情があるんだろう。冬華さん、用心してよく考えないとね」
冬華は納得し切れていないように、それでも一応うなずいた。2人の間に沈黙が落ちる。
「竹屋、バーミンガムはもうすぐみたいよ」鉛色の海を越えて、かつてイギリスと呼ばれていた島が眼下に広がっていた。