三つ首白鳥亭

−再生する世界−

隠者は太陽の前に現る 後編

フォーチュンはカードを前に珍しく顔をしかめていた。

シェルターは昼でも光量は多くない。資源節約の事を考えれば当然だろう。その控えめの光量でも我慢できないかのように店は建物の日陰にひっそり存在し厚いカーテンをかけ、結論としてかなり店内は薄暗い。その中で男性らしからぬ風貌の占い師フォーチュンは憂いの表情で3枚のカードを見る。まるでにらみつければカードの内容が変わるというように。あるいは自分の解釈が変化するかのように。

「ちわー、デリバリーサービスの弁当でーす。お待たせいたしました。ってフォーチュン、こんな暗い所で何やってんの?」
「おや、いつぞやのアルバイトさん。バイトを変えたのですか」
「あ、覚えていてくれたんだ。自分、万象全です」

覚えているとも。接客業である占い師はそう簡単に人の名前を忘れやしない。特に全の名前はなかなかすごい意味が込められているので忘れようがなかった。

「あれ、自分の事を占っていたんですか」
「違いますよ。占い師は自分の事は占わないのです」

全は弁当をフォーチュンの指示通りに近くの棚に置いて、断りもせずに正面の椅子に座った。

「どうして」
「自分の事はどうしても客観的に見る事が出来ないんですよ。カードを選ぶ手も、それを読む目も曇るのです。それを避けるため自分の事は読みません」
「じゃあ何を占ったの?」
「冬華さんのことですよ」

フォーチュンはため息をついた。

「冬華は今旅行中だよ」
「知っています。出かける前に読んだ運命があまりいい物ではなかったので占い直してみたのですよ。でもそれにも不幸の影を読み取ったので困っているんです」
「どれどれ」

全はのぞきこんだ。フォーチュンの側から右に足元に獅子を従えた立派な男、崩れ落ちる塔、首を綱で縛られて逆さ刷りにされている男のカードが並んでいる。

「どうやら冬華さんは向こうでの問題を解決できたようですね。過去に4番の皇帝が出ています。しかしその後、近い未来である現在に塔のカード。大災害、予想だにしない困難が起こります。そして未来は」
「これってどんなカード?」
「これは吊るされた男。刑死者を意味するカードです。意味は自己犠牲」
「つまり、冬華は何かの犠牲になるの?」
「分かりません。しかし不吉です。だから悩んでいるんですよ」

フォーチュンは左側に積み上げていたカードの山を取り上げ、華麗な手さばきで切る。細い指先で一枚のカードをめくり、自分の前に差し出した。そのカードには法衣で全身を覆った老人が描かれていた。老人の手にはランタンがあり、周囲の風景をおぼろげながら照らしている。

「これ、何?」
「9番、隠者のカード。落ち着いた理性、慎み深さを示します。これが冬華さんの一連の危機を乗り越える手助けとなるでしょう」
「この人、フォーチュンに似ているね」

何気なく言った全にフォーチュンは鋭い視線を投げかけた。たおやかな外見に似合わぬ激しさに全はひるみ、椅子から落ちそうになる。

「な、何。気に障った?」
「……いえ、驚きました。この隠者のカードは占い師という意味も込められているんですよ」
「じゃあ、フォーチュンが冬華の危機を救うと言う事?」
「そう出ました」
「読み間違いじゃない?」

失礼な発言であるが、フォーチュン自身も自信がないので何とも言えなかった。無駄に雄々しく銃を振り回す冬華にどうフォーチュンが役に立てばいいのだろうか。精神面の手助けも冬華には必要ない気がする。

ほかにどのような意味が隠されているのか。フォーチュンはカードの意図をより読もうとして顔を近づけた時、乱暴にドアが蹴り飛ばされ2人の銃を持った男たちが押し込んできた。銃口はそれぞれ全とフォーチュンへ向いている。

「手を上げろ。ここの主に用がある」
「ご、強盗?」

全がいまいち現実を把握しきれていないように顔を引きつらせた。善良な市民なら当然であろう。フォーチュンはそれほど動揺せずに2人へ笑いかけた。そこいらの女性よりも麗しい笑みは残念ながら彼らには聞かなかった。

「何の用ですか? 占いを希望ならば、それを下げていただけませんかね」
「上官があんたに用だ。ついて来てもらおうか」
「せっかくですが遠慮します」
「選択権があると思っているのか?」

黒光りしている銃はいかにも重そうで、引き金を引かれたらあっという間にひき肉だろう。全は押し込み強盗に巻き込まれて銃殺されたくはなかった。

「フォーチュン、降伏しよう! レジ金を全部渡すんだよ、そうすれば命ばかりは助かる!」
「取引はお互いが対等である時のみ有効なのですよ全さん。助かるかどうか微妙ですね」

落ち着き払って机の下からフォーチュンが取り出した物はSIG-P220。銃だった。けして飾りではなく手入れをされた現役の品物である事は一目見て分かる。

「では話し合いましょうか」
「フォーチュン、どうしてそんな物を持っているのさ!」

全の声は正真正銘の悲鳴だった。

「ここは治安が悪い通りでしてね。強盗や泥棒が多いんです。そんな所で私が無防備に経営していると思っていましたか?」

日常茶飯事とまではいわないが、すでにフォーチュンはこの手の出来事に複数回心当たりがあった。直接自分が被害にあったことさえ1度ある。ちなみに全は知らないが、前に冬華が転がり込んできた時も実は強盗かと間違えて机の下でSIG-P220を握ったものである。もし撃っていたら戦争発生のあげくここは消し飛んでいたかもしれない。

「言っておきますが、私はこう見えてもちゃんと銃刀取り扱い免許を持っていますからね。銃の手入れも欠かしていませんし時々は訓練所に行って練習もしています。撃てますし当てる事も出来ますよ。命が惜しかったら帰りなさい。正統な手順を取れば礼儀正しく対応しますから」

彼らの間にいる全は気が気でなかった。実は笑って銃を相手に向けられる人間だったフォーチュンと違い、ただのアルバイターである全はこの場では無力である。

「あいにくだが、上官はどうしてもあんたが来るのを待っていてな」

男たちは銃を全へ向けた。その意図を察した全は口を開けながらへたり込む。声が出ない。

「銃を下げろ、さもないとその青髪の坊主を撃ち殺す」
「フォ、フォ、フォーチゥュン……」

世にも情けない声を出してすがるように全は黒い髪の占い師を見る。フォーチュンは2人の男を見て、全を見て、彼らが脅しではなく本当に実行するであろう事を知った。

「……ソードの10ですね」
「何、それ」
「絶望、進む事も逃げる事もできないという意味ですよ全く。止むをえません」

フォーチュンはしぶしぶ銃器を降ろす。男たちは素早くフォーチュンの両脇を固めようとするが、それには目もくれずフォーチュンはタロットカードを集めて手におさめた。

「待ちなさい、これだけは持って行かせてもらいますよ。私に用があると言う事は十中八九これにも用があると言う事ですからね」

男は待たなかったが、何とかかき集める事が出来た。男のうち1人は乱暴にフォーチュンの手首をつかむと連行する。
「フォーチュン、ごめん、あの」

見送る事しか出来ない全は情けなさそうに椅子に寄りかかってつかんだ。その全にもう1人の男が銃口を向ける。「ひっ」と全は痙攣したように固まった。

「お前もだ。ついてこい」
「えええっ!?」
「早くしろ」

降り注いできた火の粉に全の反応は早かった。顔は泣きそうだったがいそいそと男の側へ寄る。

「フォーチュン……」
「全も巻き込んでしまったようですね」

しかし口封じで殺されるよりははるかにましだろう、申し訳ないと同時に安心した。意外な方向に転がった運命を眺めているうちにフォーチュンは思い出した。塔のカード。大災害、思いがけない災い。どうやらカードは自分たちのことを伝えていたらしい。


何でも屋の双琉冬華は空腹で目がかすみそうになりながらも自宅のアパート前までたどり着いた。

「く。くく…… く、空腹だ」

念のために言っておく。つい最近まで世話になっていたライプチヒシェルターのグリーレ兄妹が意地悪く冬華に食事を出さなかったわけではない。彼らはちゃんと3食世話をした。ただそれが経済的事情によりライプチヒシェルターの一般的水準よりはるかに下回っていたのである。収入の少なからぬ金額を食事に費やしている美食家の冬華はそれが我慢ならず、他の事情もあって早々に退散したのであった。

しばらく留守にしていた愛しの我が家、懐かしの1K安アパートに冬華は転げ込み、早速荷物を捨てて米をといで土鍋に放り込みかまどに火をつけた。勝手に作った地下収納庫からキャベツを取り出し刻み、玉子をといて一緒に重い鉄のフライパンで焼く。大型業務用冷蔵庫から煎茶とタッパーに入っていたたくあんを取り、煎茶を炭火で炒ってお茶をいれ、一息ついてから炊けたご飯をよそい玉子焼きを皿に盛り味噌汁の横に並べる。おもむろに冬華は正座をして味噌汁をすする。

「……これぞ日本人」冬華は涙目で拳を握った。

ちなみに現在味噌汁の文化は廃れつつある。富山シェルターの大学の食文化研究所では味噌汁を復帰させる取り組みを計画しているのだが、冬華が生きている限りきっと上手い味噌汁はなくならないだろう。

久々の日本食に涙をしながら冬華はあっさり全てを平らげた。作るのは手間も時間もかかるが食べるのは10分である。その事に冬華は疑問を感じた事はない。美食家にとってその程度はなんと言う事がないのである。

満腹になった冬華はしばらく煎茶をすすりながらたまった新聞を読んでいた。一番の最新号の1面には最大フォントでバーミンガムシェルターへの侵略が載っている。

「メディアへの規制がない事は健全な社会の第一歩。めでたいめでたい」

事態の深刻さにわりに相当どうでもいい事をありがたがる冬華だった。

しかしそれも無理はない。はっきり言えば冬華には関係のない事だった。冬華はバーミンガムシェルターの住人でもなければシェルターの治安を第一に考える上層部の人間でもない、ただの何でも屋なのである。この前知り合った生物学者の竹屋優慈からバーミンガムシェルターへの侵略行為を前もって冬華は知らされていたが、驚きの後の思考は「関わらないようにしよう」であっても誰も冬華を責めようか。その学者に「あなたにも特に関係のない事だから、取調べが終わったらすかさず小樽シェルターに帰りなさい」と落ち着いて助言し、その後自分も迫り来る戦争とまずい食事から逃げるように国際リニアモーターカーに飛び乗った。

「しかし、一体何者がそんな真似をしたんだろうな。これで今までのまったりした勢力情勢が一変するね」

冬華は新聞をたたむとコートを羽織り、お土産の乾パンをつかんで出かけた。腹もくちくなったのでフォーチュンの所へ行き、出掛けに不吉な占いをしてくれた事に文句を言うつもりだった。

現在ヨーロッパ地方では激動だというのに、フォーチュンの占いの店がある通りは猫の子1匹いないかのように静まり返っていた。あちこちにある看板や落書きが日本語である事に心を和ませつつ、冬華はフォーチュンの店へ入る。

「今帰ったよ。これお土産の乾パン。ライプチヒシェルターの人間はこれを主食にして生きているんだよ。よくそれで生きていけるよね」

返事はなかった。冬華は顔を上げる。冬華が来ると少し困ったように笑う美貌の占い師がいつもいる正面の椅子に座ってはいない。

「フォーチュン? 席を外しているの? それともお昼?」

冬華は遠慮の色を全く見せずに奥へ進んだ。重量と安定感がある椅子に腰掛ける。

「珍しい。外出中か」

なら出直そうかと思った冬華は机の上に紙切れが置いてあるのを見つけた。ドラゴンをかたどった青銅の文鎮の下に冬華に発見されるのを待っていたようにちょこんと置いてある。この店自身がかなり暗いせいで見つけるのが遅れたのだろう、冬華は深く考えず、その紙を手にとって見た。

『冬華へ
ここの主人は俺が捕まえた
俺はバーミンガムシェルターにいる
そいつを連れて行くから俺の所にこい
Ostern』

流暢な日本語の手紙にくつろいでいた冬華の表情が固まった。2回読み返し、3回読み返した。手紙を持っていた両手が震える。紙を引きちぎってばらばらにしてやろうと冬華は思ったが証拠品だとかろうじて思いとどまった。その代わり外に出てその辺の壁を思いっきり蹴り飛ばす。靴の人工樹脂の皮がこそげて冬華自身の足も中指と薬指にあざを作り、いい感じに古い壁も少しコンクリートがこぼれ落ちた。

店を出てポケットに手を突っ込んだまま歩く。いつの間にか歯を食いしばっていたらしく、口の中から奇妙な音がする。冬華は自分の顔をまだ見ていないが、鏡を見たら般若のようだと表現しただろう。

「おい、そこの女」

冬華は誰かに声をかけられた気がして立ち止まった。振り返ると目つきの悪い数人の男たちがいる。実に非友好的な雰囲気だった。

「この前はよくもまんまと逃げたな」

そういえば、以前この辺りで冬華はちんぴらに絡まれて逃げた事がある。ひょっとしたらまだその事で覚えられているんだろうか。

正直冬華は彼らの事を大して覚えていなかった。しかし行動は早かった。踏み込んで大きな回し蹴りを正面の男の頭右側面に当てる。着地するなりすぐ横の男の鼻に握りこぶしを与えた。

「おいっ!」

刃渡り30センチはあるアーミーナイフを腰の辺りに構えて1人が冬華に突進してくる。冬華はその腕を逆につかみ、相手の動きを逆に利用して下手投げの要領で投げた。

「弱いっ。全員でかかって来い!」

冬華はほえるように叫び、立ち上がろうとした男の背中を踏んづけた。

「切れてやがる、こいつ」
「そこまでだっ」

男の1人が拳銃を取り出した。

「そのまま手を上げろ、死にたいのか」

冬華は素直ではないので、足をそのまま動かさずに担いでいた包みの封印を解いた。当然中にはライフル・ライトニング15がある。

「おら、わたしと銃器で勝負しようなんていい度胸じゃないの」

当然ながら拳銃とライフルではライフルの方が強い。御猪口と丼の勝負のようだ。

「こんな所でライフル? 正気か?」
「今わたしの機嫌は最不調なんだよね。ちょうど出てきてありがとう」

少しの沈黙があった。どっちが悪役だか分からないと冬華は場違いな事を考える。

「冗談じゃねぇ。行こうぜ」

おびえたように、しらけたように男たちは群れを成して立ち去った。冬華はその辺の壁に寄りかかる。今冬華がやった事は正当防衛ですらない、ただのうさ晴らしであり胸を晴れるようなことは何1つなかった。陰鬱な気分になる。

「はぁ」

それでも派手に暴れた事で多少は気が済んだのか、冬華は肝心な事を思い出した。

「わたしはアパートに帰らなくても端末で電話ができるじゃないか」

子どもでも知っている事を思いつかなかったのはそれだけ動揺していたと言う事であろう。冬華は男たちには目もくれずその辺の路地に駆け込み、端末で最近登録したばかりの番号を選択する。かなり長い待ち時間が経過した後に相手が出た。

『はい、グルーレ何でも屋です。マスターはただいま金策に頭を悩ましています、アーシェンスは熟睡して起きません。ご用件をどうぞ』

ぷつっ。冬華は用件を言う前に通話ボタンを切った。念のために言うが頼りないとかこりゃ駄目そうと思ったから切ったのではない。そう思ったのは事実だが。

「駄目だ、あの兄弟じゃ。もっと他の、例えば……」

冬華は端末を握りしめて唇を噛みしめた。少し考えてから別の登録番号を選択する。今度は比較的早く相手は出て、流暢な日本語が聞こえてきた。

『竹屋です。こんな時間に誰ですか』
「こんばんは、寝ていたであろう所悪いけど、わたし、冬華よ」
『冬華さん、時差の事を考えて電話してくれ』
「悪い、忘れていた。それ所ではなかったから」
『冬華さん? どうかしたの? 声が怖いよ』
「事情があってね。竹屋、バーミンガムシェルターに行く用が出来たから、協力して欲しい」

端末の向こうで絶句する気配があった。それはそうだろう。冬華が竹屋の立場だったら今頃端末の電源ボタンへの指を伸ばしている。切られる前にたたみかけるように冬華は必要な事を伝えた。

「あの施設でAGを操作していたオースターンという奴が、わたしの友人を誘拐した。2人はバーミンガムシェルターにいるらしい。何とかしてそこにわたしも行きたいから、手始めにライプチヒシェルターへ移動する。今竹屋はライプチヒシェルターの軍から与えられた住居に仮住まいしているんでしょう? わたしはバーミンガムシェルターの最先端の情報がほしいんだ。絶対に竹屋には迷惑をかけない。必要な事を聞いたら即座に去る。話を聞きに行ってもいい?」
『……えっと、それは大変だね。でも僕だって結構大変なんだけど。まだ取り調べあるし、無罪放免されてもこの先どうやって生計を立てるのか決まっていないし』
「やっかましい!」

今現在話しているのは端末である事を忘れて冬華は怒鳴った。

『み、耳が、耳がぁ!』
「金なら払う! やるかやらないか、それだけ答えろ!」
『やる、やるっ! やらせてください!』
「住居がどこだか知っているから着いたらすぐに行く」

冬華は端末を切った。これで当ては確保できた。

冬華は自宅に戻り、今さっき解いたばかりの旅荷物を再び詰め始めた。食料、調理器具、着替え、それに武器。特に武器は以前のライトニング15、エネルギーボルト05、マジックミサイル03、プラスチック爆弾に加え、重機関砲に対戦車砲、追撃砲に手榴弾、発火カプセルに人の首も切れる極細鋼鉄ワイヤー、小型誘導ミサイル発射装置と炸薬砲。携帯用バズーカ、レールガン、火炎放射器。もちろん重火器ばかりではない。アーミーナイフに高周波ブレード、拳に装着する軽量ナックル。身体のあちこちに身につけるプロテクターに最近購入したばかりのとっておきも着衣する。武器の商人と見間違うほどの大量の装備を冬華は身体に、あるいは荷物に加えた。そしてあわただしくアパートを飛び出す。1時間後には冬華はリニアモーターカーの中にいた。

その表情は以前乗ったときとはまるで違い、くつろぎや余裕などは一切存在しない険しい顔だった。


「世界の正位置」

フォーチュンはカードを細い指でつまんだ。

「万象さん、あなたは実に不思議な人ですね。あなたはただのフリーターで政治的な力は何も持っていない。力も知恵もお金もない、ただの若造です。しかしそれでいてあなたは完成された存在で、確実に何か巨大なものの象徴だ。人と人の間を泳ぎ、その眼は真実を見つめる。あなたとは一体何者なのでしょうか」
「こっちもそれが聞きたいよ!」

四方八方無機質なコンクリートの狭いコンテナの空間で、全はフォーチュンに当り散らすようにわめいた。このような事態にのんびりタロットカードをめくられたらそれも無理はない。

「今何されているか分かっているの!? 誘拐だよ、誘拐! しかも何がなんだか分からないし、相手は軍人で銃持っているし」
「私も持っていましたよ」
「こんな平和な富山シェルターで誘拐なんて、大事件だ、もし身代金をすごくたくさん請求されて払えなかったらどうなるんだろう、ひょっとして防護服なしでどっかの荒野に置き去りとか? 死にたくないっ!」
「私も死にたくありませんよ。あ、ついでに身代金と言うのだったらこんな貧乏そうな私たちを連れ去らなくてもお金持ちはたくさんいるでしょうから、それは違うでしょうか」
「何でフォーチュンはそう落ち着いているんだよ! いつひどい目にあったり暴力振るわれたり、ひょっとしたらこ、ころ、殺されるかもしれないのに!」

あなたがパニック入っているからですよと言おうと思ったが黙っていた。

もちろんフォーチュンだって人間であるし、こんな事に巻き込まれても落ち着いていられるほど人間性を失っていない。本音を言えば全のようにわめいて叫んで事態の理不尽さを運命の女神に直訴したいくらいである。しかし人間2人いて、先に片方が恐慌状態になった場合もう片方はそれをなだめるため落ち着くしかないのである。ある意味先を越されたとも言う。

とりあえず強制的に振られた役割でもそれを果たさないといけない。フォーチュンは軽く手を上げた。

「落ち着きなさい、全」
「落ち着いていられるかぁ!」
「それでも落ち着きなさい」

フォーチュンはタロットカードをきりながらわざとおっとりと言った。

「ここで慌てふためくのもいいですが、それだと何も生み出しません。これからの予定や出来る事を考えましょう」
「これから?」
「はい。あいにく私はこんななりですが、助けを待ってお姫様のように待っている事はできません。最終的にそうなろうとも、それまでに最善を尽くしましょう」
「どうやって! 冬華みたいに戦えないよ」
「私にもできませんよ。私たちは素人で、相手は戦いの達人です。まともにやったら戦えません。だから正面切って挑まずにからめ手から始めましょう。彼らに話しかけて、なぜ、どうして私たちを誘拐したのか、何が目的か、これからどこに行くのか、できる限り情報を集めてそこから私たちでもつけいる事のできる隙を探しましょう。冬華さんのように正面切って中指を立てることだけが戦いではありません」
「情報収集や分析も無理だよぉ。何でこうなったんだ」

とほほ、と肩を落とす全にフォーチュンは少なくとも日頃の行いのせいではありませんよと慰めにならない慰めをかけた。

「まぁ、全は適当に彼らとお話してきたらどうですか? 気も晴れますよ」
「彼らが来たらそうする」

軽く言ったが、実はフォーチュンは全の情報収集にかなり期待していた。誰とでも仲良くなれて話しを聞きだせる。その一見当たり前のような社交術が今のフォーチュンには何よりも必要だった。全が話を聞き出した後はフォーチュンが分析をして逃げる計画を立てる番である。フォーチュンはカードの縁を細い指で触れて、その時に備えて今分かっている事の考えをまとめようとした。