三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

依頼 2

前回アットに会ったのは地下道の一族の事件の時だった。偉い人なのにちっともそれらしくない、おとなしい優等生のような奴だった。俺は始めこそ緊張していたものの、王家とかそういう物はTVの中でしか知らない環境で生きてきたのと、イーザーがアットを完全に俺のダチ扱いだったので、ついつい忘れそうになる。

ディマ車の行列が大きな扉をくぐり、城へ直接行くので俺は改めてその事を思い出した。近くに行くにつれて城は俺におおいかぶさらんばかりに大きくなっていき、俺は冷や汗を流した。

「アキト、少しは落ち着けよ」
「イーザーこそ少しはあせったらどうだ? これから城に入って王子様と会うんだぞ」
「アットは友だちだ。友達に合うのに冷や汗はかかない。それと前にも言ったがこの国は議会が力を持っていて王権はほとんど空洞化している。名前だけなんだからあまり気にするな」
「そうか?」

俺は少し安心した。

「でも少しは気にするように。腐っても殿下、第一王位後継者なんだから」

キャロルが俺のかすかな安心をぶち壊した。お前……

内心冷や冷やしながらひときわ大きな城門をくぐり抜ける。堂々道の中央を行列しているから街の人たちに注目されるかと思ったが、全くそんな事はなかった。城の中に入るとイーザーがキャロルに呼びかけた。

「御者代わってくれ」
「いいけど」
「任せた」

イーザーは軽やかに車からとびおり走り出す。俺は行き先を見た。そこに1人の俺と同世代の男が立っている。

「アット!」
「イーザー、久しぶりだ!」

友人2人は手を取り合って再開を喜んでいる。俺は今までの緊張が霧散するのを感じた。アットは俺の記憶と何1つ変わっていなかった。あのまま制服を着せて日本に置いてもいいくらいだ。馬鹿なことを考えているとアットはこっちにも気づき、嬉しそうに手を振って駆け足で来た。

「アキトもお久しぶり。大変だったね、話は聞いているよ」
「うん、大変だった。キャロル、俺も降りるぞ」
「分かった。あたしはディマ車を戻してから行くよ」

俺もスタッフをつかんでディマ車から飛び降りた。「こんにちは、アット」

「この前より人数が増えたね」
「ああ。あの女の子は」
「知っているよ。ナーシェから報告は聞いた。キャロルにミサスだろ」

なんだと俺は拍子抜けした。ずいぶん前もって分かっているらしい。

「黒翼族のミサスか。ずいぶん高名な人物と一緒にいるんだね」
「アットもミサスの事知っているのか」

俺はミサスの評判に感心した。ふとアットは唇を閉じ頬を引きしめる。それだけで穏やかな文学少年の雰囲気に代わって、静かで真面目で、その奥に不屈の意思を持った人物になった。

「イーザー、後で話したいことがある。落ち着いたら全員を連れて部屋に来てくれ」
「いつがいい?」
「早いほどいい。場所は知っているよね。作戦会議室だ。城にイーザーたちが寝泊りする場所は用意させているよ。今案内をよこす」

話はいったんここで打ち切られて、俺たちは与えられた部屋へ案内された。1人1人に割りふられた個室は物がないがずいぶん広く立派なものだった。俺はすみに荷物を放り出しながらアットの事を考える。聞きたいことは間違いなくクレイタだろうな。あの手の超自然現象はイーザーとミサスの分野であり俺はお呼びでない気がするが、全員の中には間違いなく俺も入っているだろう。来いと言われれば行く。

しばらく荷物を出しては入れたり、アットにどういう風に説明しようとぼんやり考えていたりすると扉が開いた。

「アキト、アットに会いに行くぞ」
「もう?」

顔をのぞかせたイーザーの後ろにはミサスもいた。無表情であさってを見ている。部屋の隅を黙って凝視する猫のようで俺は少し気味が悪かった。

「やることないだろ。キャロルも誘っていこうぜ」

それに俺はあっさり承諾したがキャロルは反抗した。

「せめてもう少しまともな格好になってからにしなよ。こんな格好で殿下の前には出られないわ」

開口一番にそう言ったキャロルはいつもの革の胴着から清潔そうなシャツに着替えていた。ごもっとも。俺もイーザーも服はぼろぼろでほこりまみれのほつれだらけ、しかもディマの体臭がしみついていた。日本に帰ったら即洗いだな。

「気にするなよ、これよりひどい格好を他ならぬアットだってした事あるんだぜ。俺は知っている」
「それは昔の話でしょう。あたしは殿下に失礼な真似をする気はない」
「謁見の間に呼び出された訳じゃない、私室に来てくれと言われたんだ。その格好で十分しっかりしているよ」
「イーザー、とにかくあたしはアキトとイーザーが別の服に着替えるまでここを動く気はない。ついでにあたしたちは全員風呂に入る必要がある」
「俺の着替えもこれと大差なく汚いぞ」
「使用人探して新しいのを借りろっ!」

活発な論争の末、俺とイーザーはその辺を歩いて使用人を見つけ、まだましな服を2着、たらいと数杯のお湯を借りた。空が暗くなりかけた時にはようやく俺らはキャロルが要求するこざっぱりとした姿になった。ついでにその間にキャロルも風呂に入ったらしく、灰色の髪が湿っていた。

「これでいいだろう」
「……まあ、許容範囲ね。作戦会議室ってどこ?」
「ありがとよ。こっちだ」

イーザーはあてつけで感謝をすると、俺たちを目的の部屋まで案内した。

「イーザー、アットが来てくれって言ったのは自分の部屋だろう? 何で作戦会議室なんて物々しい名前がついているんだ?」
「なんとなく俺たちはそう呼んでいたんだ。あまり使われない場所にあったし壁が分厚くって、作戦を練るのにぴったりだって」
「アットは自分の部屋がいくつもあるのか。すごいな」

素直に俺は感心した。すると

「仮にも一国の殿下の自部屋が1つだけな訳ないでしょ」
「いや、誰も使っていないから勝手に入っていただけで、アットの部屋じゃない」

キャロルのつっこみとイーザーの弁解が同時に発生し、2人は顔を見合わせた。

仮名作戦会議室はせまかった。頑丈そうな机と椅子があるだけで、装飾品も何もない無骨な所だった。すでにアットがナーシェを連れ、地味でありきたりの服装で手元の書類を眺めていた。

「遅れてすまない、アット。色々言われていた」
「いや、いいよ別に。こっちこそ来たばっかりなのにいきなりで悪かった」

ナーシェとアットが告げると、魔法使いは大きく礼をして部屋の外に出る。アットは書類を机において座ってという動作をした。

「クレイタでは大変だったね。召喚士だって?」

極めて率直にアットは本題に入った。

「禁呪だよ、昔の」
「でもあえて分類するとしたら召喚士なんだろう。アキトを呼んだ」

少なからず俺は緊張した。

「フォールストの話ではそうらしい。信憑性はあんまりないがな」
「報告を受けてから僕だってそれなりに調べた。あれは召喚術だと思うよ。今まで僕は召喚術は何かを呼んだり送ったりする魔法だと思っていたけど、そうでもないんだね」
「それが召喚術だとしたらどうなんだ? 禁呪使いが召喚術士になった。珍しさは変わらないぞ」
「そうでもないよ、イーザー。召喚術士だとすると、少しは解明への糸口が見えてくる」
「その糸って、俺?」

回りくどい言い方に耐えられず俺は発言した。少しも動揺せずにアットはうなずく。

「言っておくけど俺は魔法を使った犯人じゃないぞ。魔法なんて全然使えないんだからな」
「分かっているから安心して。僕だって魔法のない国からきた人が禁呪を使うなんて思っていない」

アットは苦笑した。俺はそんなに的外れなことを言ったのだろうか。

「アキトを呼んだのも、アキトが探しているのも、クレイタに禁呪を放ったのも召喚士。この符号はなんなんだろうね」

イーザーが宙を見ながらうなった。

「偶然な訳はないよな。こんなのはどうだ。アキトが召喚士を探している事を不快か邪魔に思った召喚士がアキトごと街を消そうとした。でもどうしてアキトを? そして人1人を消そうとして街ごと滅ぼそうとするなんて常軌を脱している。やっぱり戦略だとか侵略だとか、普通にクレイタを消し去ろうとしたんじゃないのか? アット、俺たちをここに呼んだのは推理させるためか?」
「もちろん違うよ。今はただ謎を提示しただけだ。本当に言いたい事はまだ言っていない。

イーザー、仕事として頼みたい事があるんだ」

アットは立ち上がった。

「クレイタの街に禁呪を放った召喚士を調べて、できることなら捕まえてくれ。必要ならば殺してもかまわない」

傾きかけた日を背後に立つアットに、俺は初めて王者の威厳を感じた。


「何で俺たちに?」

沈黙がたっぷり落ちてようやくイーザーが口を開いた。「フォロー王国には俺たちより強い軍隊がいるだろう。お抱えの密偵だって」

「確かにいるよ。でも彼らがもしクレイタにいたとしても生き残れたかは疑わしい。イーザーたちがクレイタから生き延びて、なおかつ解放までこぎつけたのは条件がそろっていたからだ。イーザーが剣士であり鍵門魔道士であった。アキトが次元移動者だった。キャロルが地下道の一族の密偵だった。ミサスが黒翼族の魔道士であったからこそ出来たんだ」

条件がそろっていた。その言葉に心落ち着かないものを感じた。

「私どもは、かの召喚士と対するのにふさわしいものであるからですか」
「うん、イーザーもキャロルもミサスも影や死と言った、あの術の根源のものに慣れている。アキトはもちろん存在そのものが召喚術にある訳だし」

初めてキャロルが発した問いににこやかにアットは答えた。俺に関しては違うぞと言いたかったが、代わりに別の事を発言した。

「さっきの話は、この国だけじゃなく俺にも関係があると言いたかったんだよな?」
「アキトは召喚士の手がかりを探している。それをジャマする気はない。でもアキト、闇雲に探すよりはクレイタの件から追う方が速く召喚士を見つけられると思うよ。これほど深く確実に召喚術が関わっているのだから」
「やるかどうかは別として、仕事といったな。報酬もあるのか?」
「こんな大事件を友情価格でやってもらう訳にはいかないよ。仕度金に成功報酬、月々の必要経費として」

ここから先は俺にはよく分からなかった。生活費がこうで相場がこうでと話しているが、金についてはいまだによく分かっていない。イーザーとキャロルの眼がそろって丸くなったからそれなりには高いのだろうか。

今まで一言も話していないミサスが無言で席を立ち、背中を向けて出て行こうとした。

「まだ話は終わっていないよ、ミサス」

アットはあらかじめ予想していたように、落ち着いて言葉を続けた。

「ミサスにはそれに加えて別にやってもらいたい事がある。報酬はイーザーたちの5倍でどうだ」

ミサスの足が止まった。無表情で振り返るも、なんとなく物問いたげな色が見えたのは俺の気のせいだろうか。

「おいアット、お前そんなに金持っていたのかよ!」
「持っている訳ないじゃないか。兄上から借りるよ」

目を白黒しているイーザーをアットは素早く押し止めた。「イーザーたちに言う事は以上だよ。悪いけどミサスにだけに話したい」

「そうか? じゃあ出るよ。返事は急がなくてもいいか?」
「いつでもいいよ。よく考えて」

イーザーは大きな音をたてて椅子から立ち、行こうと俺たちに身振りをした。


俺はイーザーに与えられた部屋に一緒に転がり込んだ。2人とも無言だった。

「あ、キャロルがいない」
「そういえばいないな。あれ、確か一緒に部屋から出たはずだけど。でも想像はつく、1人でも平気だろ。全く召喚士召喚士、アキトの周りには何でこう召喚士がいるんだ」
「俺の知った事か」
「でもアキトをここに呼んだのも、クレイタに禁呪を放ったのも召喚士だろ。全く」

そんなこと言われても、知らないものは知らないんだ。イーザーは口を閉じ、視線を俺から床にずらした。

「聞くのには今がいいな。アキト、俺は前から聞きたい事があった。大した事じゃないし、色々やっているうちにすっかり忘れていた」
「何だ?」
「お前は一体誰に召喚されたんだ?」

それは基本的すぎて、俺は意味を理解するのに少し時間が必要だった。

「誰がって、あの、俺たちが行った時はもう死んでいた奴じゃないのか?」
「はじめは俺もそう思っていた。でもよく考えるとそれはおかしい」
「どこが」
「俺は召喚士には詳しくないが、それでも人1人を呼ぶことは大変だろう。そんなすごい技を使う人物がどうしてみみっちい泥棒をして逃亡のあげく死ぬんだ。大人物がさびしい死に方をしてはいけない訳じゃないが、せこい最期だぞ」

俺はあの時の死体を思いだして気分が悪くなった。

「まだある。もし召喚するなら普通自分の近くに召喚するものだろ。遠くに呼び出して何をしろって言うんだ。呼ばれた方は困惑の極みだ。召喚した方だって命令も出せないし、普通に考えれば逃げ出されて呼び損だぞ。

もし仮にアキトが間違いで召喚されて、さらに間違いを重ねて遠くに出現させたとしよう。でも逃亡中に人1人召喚しようとするか? 俺なら街へ出て馬でも盗むぞ」

「それに時間も考えないといけない」

俺は静かにつけくわえた。イーザーが顔をあげる。

「だって時間的に俺が来た時もうあの男は死んでいたはずだろ。タイプスリップだ、変だ」

部屋は静まり返り、俺もイーザーも陰気な顔をして思いにふけっていた。

「野郎2人が額つき合わせて黙っているなんて、暗いね」

軽やかなからかいが飛んできた。確かに客観的に見て暗いと反省しつつ、俺は手を上げた。

「どこに行っていたんだ、キャロル」
「ちょっと野暮用。たいして話す事じゃないわ」

さらりと追及をかわして、キャロルは窓際へ歩き外を眺めた。

「便乗するね。あたしも1つアキトに聞きたい」
「キャロルもか。何だ?」
「クレイタで空にあの魔道士を見たとき、アキトは様子がおかしかったわ。あれはなんだったの?」
「ああ、あれ」

すっかり忘れていた。俺は簡単に始め白いコートの金髪男に見えた事を話した。

「あれは絶対に見間違いじゃない。間違える訳がないって。いくら俺だってそのくらいの見分けはつく」

最期に強調して説明を終えると、2人ともそれはもう聞いていなかったかのように難しい顔で考えていた。

「イーザー、これはどう思う?」
「幻覚か、偽装をアキトだけが見破ったとか。それともやっぱり召喚士がらみか?」
「アキト、そんな大事な事黙っていないでよ。前のミサスといい、隠し事されるとこっちが厄介なんだから」
「言ってよって」俺は問いつめられて困った。
「だって、ミサスの時は悪かったけど、言っても信じないだろう」
「それでも言われなくちゃ分からないわよ。重要な事柄なのかもしれないのだから。ふむ。分からないな、何でアキトだけ」

それは俺のほうが聞きたい。頭が痛くなってきた。


「少し推理してみるわね」

突発性頭痛を起こした俺を見かねてかキャロルが提案した。

「まずは初めから。クレイタで会った奴、そいつはもう召喚士と断定していいと思うけど、なぜやつはクレイタに禁呪を放ったか、何者か、アキトとどう関わりがあるのか」
「もしかして、前に俺たちが手に入れた炎の精霊席を狙ったんじゃないか?」

イーザーが言った。「あれはアキトの言う精霊石の精にとられるまではクレイタに持っていくつもりだったんだ。それじゃないか?」

「どうかな。確かにあれは貴重な物だけど、だったらあたしら殺して奪えばいいじゃない。街を呪いに沈めるほどではないと思うわ」
「じゃあやっぱりアキトがらみか? こういうのはどうだ? アキトを召喚した召喚士には敵対する召喚士がいて、それが奴」

俺の心臓が跳ね上がった。日本での「声」のことを思い出す。

あれ、あいつそういえば何か言っていなかったか?

「だから、たかが人1人のためにそこまでする?」
「威嚇も含んでいるのかもしれない。俺はこんな力を持っている、逆らうとためにならないぞとか」

うん、確かに声は言っていた。その後の色々ですっかり忘れていたが。多分これに関係があるのだろう。俺はそれを伝えようとして止めた。それを言うには声の事も言わなくてはいけない。そんなことを言ってみろ、変人扱いされる。

「それでもやっぱり相手は1人よ。威嚇にしても派手過ぎない? 国家敵に回してどうするのよ」

それでも言われなくちゃ分からないわよ。キャロルの言葉がかぶさった。

「なぁ、聞いてほしいんだけど」

思うより先に口が動いた。2人が俺に注目する。しまった、うっかり言ってしまった。しょうがない、話の途中でもし2人が変な目で俺の事を見始めたらすかさず笑ってごまかそう。

「例えばの話だけど、その人以外に聞こえない声がするって、どう思う?」
「あたしならその人を迷わず医者に見せるわよ」

やっぱり……

「俺はそう単純に思わないぞ」

イーザーは俺にというよりキャロルに向かって言っていた。

「忘れた記憶からの呼び声かもしれないし、精霊使いや巫女の内なる言葉かもしれない。一概には言えないよ、魔法的なものを考えると」

お、なんだか前へ進めそうな予感がしてきたぞ。

「で、それがどうした?」
「実は、ここに来た時から時々、本当に時々、俺にしか聞こえない声が聞こえるんだ」

まだ日本に帰っている事は伏せておいた。今はこれらとは関係ないだろうし、そこまで心の準備は整っていない。

「その声はアキトに何て言うの?」

最初の質問の段階ですでに見当がついていたのか、キャロルはあまり驚かなかった。

「色々。俺の考えを幼稚だなと馬鹿にしたり、偉そうに説明したり。こっちが何か聞いても大抵ちゃんと答えてくれない」
「その声って自分は神と言う?

あれこれ指示する?」
「全然」どうしてそんな事聞くんだろう。

「やけに懐かしかったり、畏怖や恐怖を感じたりとかはするか?」
「しない」
「ふぅん?」

キャロルは腕を組んで俺の目を見た。

「別に狂気への道を突き進んでいるようには見えないけど。他には?」
「その声が、クレイタで1回目の休憩の時また聞こえてきたんだ。あれはなんだって聞いてみたらこう言った。気をつけろ、反逆者ラスティアを警戒しろって」
「なんだそれは」

イーザーは気難しそうな表情になった。眉間にしわがよっている。それはこっちが聞きたい。

「ラスティア、反逆者? あいつの名前? イーザー名前に聞き覚えはある?」
「いや、ない。反逆者、何に反逆しているんだ?」
「国家とか組織とか、そんなものでしょう」
「組織って召喚士の組織か? そんなものあるのか?」
「知らない。聞いた事ないけど、あってもおかしくないわよ」
「で、何でアキトにそんな事を言うんだ?」

2人は戸惑いながらも俺の話を疑いもしないで考察を重ねている。俺には信じられなかった。

「すぐ信じてくれて嬉しいけれど、どうして簡単に正しいと思うんだ?

ひょっとして俺の妄想だとか勘違いだとか考えないのか?」
「何でって」キャロルは顔だけ向いた。

「アキトはあぱらぱーになっていないようだし、嘘をついてもいなければつく利点もないもの、信じるわよ」
「どんなに胡散臭くとも手がかりは手がかりだ。謎の声だと思うから気味が悪いんだ、天啓だとでも思えよ」

どっちもたいして変わらないと思うのだが。

「でも、その声が味方とはかぎらない。アキトを罠にはめようとしているのかもしれない。警戒してね」

警告してからキャロルは推理に戻った。キャロルには悪いが、俺は声が敵とは思えない。時に恨めしく思うことがあっても。

「イーザー、こういうのはどう? アキトやその世界の人はある魔力が生まれつき備わっていて、一種の魔力を看破できる。それでアキトはただ1人、クレイタでローブの男の正体に気がついた。その力のためにアキトは呼ばれた」
「いい感じだ。クレイタのことはやっぱり威嚇を含んでいるんだろうな。アキトの召喚士の裏に大組織があるんだったら理由は十分だ」
「それにその禁呪の召喚士、ラスティア? そこからアキトの召喚士まで辿る事が出来る」

俺はそれにいまいち納得できなかった。今まで自分の生涯に魔法とかが関わりがあるとは考えたこともなかったし、考えるまでもなくないだろう。でもならなぜお前だけ違う人物の姿を見たのかと聞かれると答えようがない。

「アキト、声が来るのはいつごろだ?」
「分からない。時々、本当にたまにしか」

まだ日本で、とは言えない。

「今度来たら、声はどういう人物でどう関係しているのか聞いてみてくれ」
「ああ」
「今はこんなものかな」

イーザーは背もたれにもたれかかり、目をおおった。


「これからどうする?」

しばらく沈黙した後、イーザーは話を再開した。「アットの依頼の事だけど」

正直言って俺はこれからどうするのか混乱していた。頭がうまく動かない。今日だけでどっと疲れた、考える事とやる事が多すぎて、」どこから手をつけていいのか分からず、もう全てを放棄してしまいたくなる。

「イーザーはどうするんだ?」
「俺は受けてもいい」

あらかじめ決めていたようにイーザーは簡単に告げた。

「報酬とかは抜きにしてもな。アットとは友だちだから」

しかし後ろ冷たそうに俺の目を見る。

「もちろんアキトの方を優先するが」
「俺の方?

何の?」
「召喚士探しだよ、決まっているだろう」
「ああ」俺が忘れていた。

「キャロルは? どうするんだ」
「あたしは分からない。アキトが行くなら行くよ」

意外と主体性のない答えだった。いちいち他の人の意向を確認している俺も俺だが。

「ミサスはどうするんだろうな」
「さあ。あの無表情無感情お化けの考えている事なんで分からないわよ」

ひどい言い方だな、キャロル。

「で、アキトは?」
「今考えている」それが問題だった。どうしよう、どうすればいいんだと聞きたい所でもある。今のままでは何年かかっても召喚士は探せそうにない、何せ今は手がかりの手がかりを追っている所なんだから。しかしいくら召喚士が確実に関わるからといって今までを放り出してアットの仕事に向いてもいいのだろうか。

アットの依頼に行けば、俺は自分を召喚したはた迷惑な奴に会えるかもしれない。でもその前に街1つ滅ぼそうとしたラスティアという人物とも対立しなくてはいけない。危険だった。無謀と言い換えてもいいほど危険だった。

でもよく考えてみれば、向こうからどかんとしかけてきたのだった。つまり俺がやりませんといっても、今後同じような目にあうかもしれない。もちろん全てを放棄するのも論外だ。たとえ城の中にこもっていてもクレイタのようにやられるだけだろう。

どうせ危険度が一緒なら。

「受けてもいいな」

口にしてから俺は決心した。

敵が向かってくるなら、逃げるにしても戦うにしても、相手を正面に見すえていた方がまだやりやすい。俺はここの生活でそれを学んだ。

「よし、これで決まりだ」

イーザーは満足そうに立ち上がった。

「アットに今の話も付け加えて報告しよう。きっと喜ぶぞ」

もっともだ。俺も考えすぎて重くなった頭を軽く揺さぶってからイーザーについていこうとした。