三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

2 最後の旧友

月日は穏やかに過ぎた。

荒野国マドリームについてキャロルは簡単に説明した。大昔は緑も多く立派な都があったそうだが、戦いで見る影もなく滅び、わずかな人外種族が細々と暮らしていたらしい。ところが約300年ほど前、隣のエアーム帝国から政権抗争に破れて逃げてきた貴族とその領民の手によってマドリーム国は国として成立した。国土は広いがその大半が魔荒野と未開地で、国は貧しい。権力は国王と王族に集中していて、貴族たちは少しでも権力のおこぼれに与ろうと日夜しのぎを削っている。

クペルマームは間違いなく国王の実子だが、末子でもあるので権力は大してない。そこで通りかかった俺たちフォローの使者を大々的にもてなし、つながりを固持することで自分の勢力を伸ばそうとしているのだ。

「そうか?」
「あたしが言ったのは宮廷の大多数意見よ。あたしも賛成だわ」

気持ちのいい中庭で芝生に座りながら、イーザーは焼き菓子をひとつつまんだ。俺もさっき食べた。甘さひかえめでおいしい。

「どちらかというとクペルマームは勢力拡大より持っている力を守りたがるように見えるけどな」

落ち着いた紺色のドレスを着たキャロルもバスケットの中をつまみあげた。会話がないのだったら平和なピクニックのひとこまそのもの、幸せそのものの風景だった。

「これどうしたの?」
「厨房に行って包んでもらった」
「アキトにしては気がきいている」

俺に向けるキャロルのほめ言葉はいつも微妙だ。

「ザリはどうした?」
「友だちになった神官のところへ行った。薬草について熱く語るんだって」

こんな環境下でもザリは本業を忘れていない。きっと天職なのだろうな。キャロルが文句を言うのではと心配したが、意外にも賛成している。

「ザリに貴族の間を飛び回ってもらおうとは思わないわよ。どうせ合わないしすぐにボロを出す。得意分野をやってもらうわ」
「これからどうする」
「田舎国の権力争いに巻きこまれるのはごめんよ。失礼にならない程度に礼儀正しくして、ラスティアについて調べたらとっとと行こう」
「その失礼にならない程度にってのが分からないよ。もしへましたらアットに迷惑がかかるんだろう。どう振舞ったらいいんだ?」
「その辺はあたしに任せて。表に出るのはあたしが引き受ける、どうしようもなくなったときにだけ顔を借りるわ」

イーザーは困ったように、また手紙を出さないとと小さくつけ加えた。

「ブロッサムについて、なにか分かったか?」
「城の火神官にたずねた。城内にはいないけど、街に引退した巫女の世話役として遠くから引き抜いた女の子がいるって」
「それだっ!」

イーザーは立ち上がりバスケットが倒れそうになった。

「ブロッサムだ、やっぱりいたんだ」
「落ちついてイーザー、遠方からの女の子なんて大雑把すぎる条件よ。どんな外見か聞けなかったのだし、確信はないわ」
「俺はブロッサムを見たんだぞ、間違いない」
「前と言っていることが違う、ちゃんと調べるから待っていてよ」

興奮するイーザーをキャロルはなだめる。と、城内へ続く廊下が騒がしくなった。見るとどこかの女の子がお付を従えながら和やかに歓談して散歩している。キャロルはすかさず話題を天気についてに変えた。

「あら、キャロルさま、アキトさま、ハルクさま」

中心にいた金髪の女の子は親しげに声をかけた。どこかで会った人なのだろうか。キャロルがすっと立ちスカートのすそをつかむ。

「ライラック姫」
「キャロルさま。楽しそうでいいですわね」

どうやらキャロルの知りあいらしい。俺がぼんやりしていると「前夕食会でアキトの前に座っただろう」イーザーにささやかれた。言われていれば会ったことがある気がする。あの時は一杯一杯でとても人の名前と顔を覚えるどころではなかった。

「私、キャロルさまやアキトさまとお会いしたかったのですわ。不躾ですけれども、明日お暇ですか」
「はい、暇です」

ライラック姫のように優美な物言いはできない。英文和訳のようにぎごちない返事をしてしまった。

「よかったこと。明日私の館に来てくださらない?千年王国についてもっとお話を聞きたいわ。今異国の楽師さまも館に滞在していただいているの。おいしいお菓子と音楽を楽しみながらゆっくりおしゃべりしたいわ。お父様にもお話したら喜んでくださったの。いかがかしら」
「ありがたいお誘いです、もちろん参りますとも。楽しみにしています」
「よかった。明日の午後、ぜひいらしてね」

上流階級の人間はかくも頭がくらくらするものなのか。俺は頭の切り替えがうまく行かず、混乱しているうちにライラック姫はまた挨拶をして行ってしまった。

「イーザー、アキト。明日ちゃんと礼儀正しく振舞ってね」
「え、俺も出るの? 今の」
「ここに座っていた以上お誘いはかかっているのよ」

きっと俺も行くんだろうな、名指しだったし。キャロルのいつも通りのはすっぱな口調に安心しながら、俺は自分の場違いさに息をついた。

「ただお茶を飲んでしゃべりたいって言うだけなのに、どうしてあんなに仰々しいんだ?」
「高貴な姫君のたしなみよ。我慢しなさい」

キャロルは理解より受けいれることだけを強調した。


後で正式にライラック姫から茶会の招待状がきた。薄墨の文章読解に四苦八苦したあげく、キャロルに泣きついてようやく明日3時に行けばいいのだと知った。紙にはほのかに花の香りさえしている。すごいな。

翌朝、イーザーが俺の部屋にきた。まだぼんやり朝食のパンをかじっていた俺は急いで飲みこもうとして、給仕している召使の人にあきれられた。

「まだ食べていたのか。だらけてきていないか」
「しょうがないだろう」自分で作ったり店に行く時はいつでも好きな時間を選べるのに対し、ここではご飯の時間が決まっている。すると「俺はいつ飯にするのか自分で決めているぞ。ちゃんと言っている」と返ってきた。そうか、その手があったか。
「朝の予定はないよな」
「ない」
「なら街に出るから付き合え」

街? そういえばここにきてからずっと城の中で、外に出たことがなかったな。

「なんで外に」
「買い物。俺の分と、ついでにザリから細々したものを頼まれた」
「私どもに言いつけていただければ、どのようなものでもご用意しますが」

差し出がましくも、と召使のジェズモさんが口をはさんできた。うやうやしい言葉使いなのだけど、ちょっと馬鹿にされているようでもある。

「ザリがほしがっているものは専門的な薬草だ。俺たちで買うよ。どうだアキト」
「うん、そりゃ、行くけど」
「飯終わったら俺の部屋までな」

言いたいことを告げ、イーザーはすぐに帰った。俺はチーズにかぶりつきながらどういうつもりなのだろうかと推理する。

ザリがほしい専門的な薬草について俺たちだってなにも知らないのだし、そんな草があったのなら性格上ザリはひとりで買いに行くだろう。変だった。

分からないながらも俺は着替えをしてイーザーの部屋まで行った。ジェズモさんと着ていくものについて長い論議をしなくてはいけなかったので、すぐにとはいかなかった。俺は別に変でなければなんでもいいのに、ジェズモさんは召使の誇りにかけて俺に立派な格好をさせようとする。お互いの譲歩のあげく、目立ちもしなければみっともなくない服装になれた。今回は俺の勝ちだ、珍しく。

「アキト、スタッフは?」
「買い物に行くのだろう。長いから置いてきた」
「持っていけよ。役に立つぞ」

そういうイーザーは当たり前のように剣を腰に下げ、手入れをされて見違えたように綺麗になった革鎧を着ていた。

「そう言うなら持っていくけどさ、買い物に邪魔だろう」
「いいんだよ」

嫌な予感がしてきた。まさか買い物というのは口実でもめごとを起こしに行くんじゃないだろうな。だれかにけんかを吹っかけるとか。俺は不安になりながらもスタッフを片手に、仲良くイーザーと外へ出た。

城下町の風景はどこでもそう変わらない。人入り乱れにぎやかで活気がある。灰色の貫頭衣の商人たちが自分たちが世界で一番重要なことをしているのだという風に話をしているその横で、大根のようなものを山のように積んでいる大八車がほこりをまきあげ通りすぎる。フォローに比べて商品数は少なく人外種族も多くないようだが、だからおとなしいというわけにはいかないようだ。

乾燥しているのでほこりがすごく、俺はせきこんだ。イーザーは迷うことなく歩いている。足どりから確信した。イーザーはもう目的地を決めている。

「でイーザー、本当はどこに行くんだ?」
「あ、なんだ気づいていたのか」

最後まで気づかないと思っていたのか。いくらなんでも見くびりすぎだろ。

「火神殿」
「神殿にいってなにをするんだ? お祈りか」
「やっぱりアキトだな。俺はブロッサムに会いに行きたいんだ」

神殿と言われた時点で気づかなかった俺はもっと見くびられてもしょうがないのかもしれない。すっかり忘れていた。

「キャロルに内緒で行くのか? 調べるから待っててって昨日言っていなかったか」
「なにを調べるんだよ、なにを。本人か人違いかなら直接会って話した方が早いぞ」

それもそうか。納得した。キャロルには悪いが旧友が思いがけなく近所に住んでいたことが分かった人間の反応としてはイーザーのほうが正しいし自然だ。

神殿は新しくやや小さかった。その代わり内装は立派で、祭壇にはルビーを目にはめこんだ猛々しい竜の像が飾ってある。俺が田舎もの丸出しであんぐり見上げていると、イーザーは適当な人を捕まえて聞き出していた。

「行くぞ、アキト」
「あ、うん」

扉をくぐり早足で歩くイーザーを追いかける。

「今のところにいなかったのか」
「ちょっと外れた神殿に、そんな子がいるってさ」
「小さい神殿のことか? 本社と支社みたいな」
「いや、ちょっと特別な事情があるところらしい。神殿に使えていた高位の巫女が高齢で、日常雑務をさばききれなかったから半隠居みたいな感じで離れたところに移ったみたいだ」
「おとなしく本格的に隠居した方がいいのに」
「巫女だぞ、巫女。天賦の才能で祈るだけで炎ひるがえり風巻き起こる、精霊使いの中でもさらに一握りの存在。そんな希少な人を神殿は簡単に手放したくないんだよ」
「そうなのか?」
「アルみたいにただの精霊使いならそこまで数少ないわけでもないよ。灰エルフみたいに一族そろって全員精霊使いというのもいるしな。でもやっぱり存在自体が多くない。その精霊使いの中で、女で才能豊かで扱いに長けてって、そんな厳しい条件がそろって始めて巫女と認められるんだ」
「そんなすごい人だったのか。俺は今まですごい精霊使いとしか思っていなかった」
「それでも間違いじゃないけどな」

変な化石を売っている爺さんに声をかけられて立ちどまった。買う気はなかったけど眺めていたら「おいていくぞ」イーザーに脅されてあわてて走る。

「さっき話を聞いたとき、ちゃんと本人だって分かったか。実は人違いでしたとならないだろうな」
「きっとそうだよ。名前は聞けなかったけどあいつ目立つから」

外れの神殿はさっきよりはるかに古く、人の出入りもほとんどなかった。中はやはり長椅子が並び、奥の一段高いところは祭壇となっている。今度は像がなく、代わりに赤を基本としたステンドグラスが太陽の光を通して、抽象的な竜の姿を映していた。

イーザーはその辺にいる神官に声をかけようとして、視線をさまよわせて動きをとめる。

神殿にイーザーと同じ反応をした人がいた。雑巾を片手に持ち、ズボンと袖なしのシャツの上に大きいエプロンを着ている。見るからに掃除中の女の子は、柔らかそうな赤っぽい金髪を短く切っている。背は高く、しかもまだ伸びそうな成長期真っ盛りの気配がする。きっと将来ザリと同じくらいになりそうだ。両耳にひし形の耳飾をつけていて、少し動くだけで大げさにイヤリングが跳ね上がった。女の子は3回まばたきをしてから信じられないように「イーザー!?」叫んだ。

この人がブロッサムか。

「イーザー? 本当にイーザー? なんでここにいるのよ」

ブロッサムは大またで歩きよる。動きはなめらかで揺らぎがほとんどない。

「こっちの言うことだよ。でも本当にブロッサムなんだな、懐かしいな」
「ちょっと待ってよ、あたし今掃除中だからその辺に座っていて。すぐ終わらせてお許しもらってくるから」
「今じゃ駄目なのか」
「駄目。少しぐらい待ってよ」
「今話したかったんだけど、なら待つ」
「ありがと。すぐ終わらせるから」

再会はイーザーの思った通りには行かなかったらしい。イーザーはじれったそうに、それでもおとなしく座った。俺はぼんやり装飾品を眺めていたが、その間ブロッサムはてきぱき台座をふいて調度品のほこりを払っていた。ひとりでやるには量が多そうだが、すぐ終わらせるの言葉に嘘はないらしい。

「ブロッサム、変わったな」

イーザーが感心したようだった。

「前は背が低かったのか?」
「違うよ、確かに前は俺と同じぐらいだったけど。いつの間にか追い越されていたな。そうじゃない、内面の話だ。

前はもっとがさつだった。いつも不満があっていらいらしていて、しょっちゅうアルとぶつかっていたのに。今は柔らかくなった」

「そうなんだ」俺は以前のブロッサムを知らないのでなにも言えない。

ブロッサムは最後に雑巾をバケツに投げこみ物陰に隠して「おまたせっ」明るく笑いかけた。

「また後でこようか?」
「大丈夫。それよりなんでここにいるの。フォローははるか東よ」
「そのフォローからきたんだよ。レイド通って河のぼって魔荒野抜けて。エアーム竜帝国へ行こうとしているんだ」
「また大変なことをしているのね。一人で?」
「いや、ここにいるアキト・オオタニと他数人」蚊帳の外を決めこんでいた俺は慌てて「よ、よろしく」頭をさげた。
「ブロッサムこそなんでここにいるんだ。フォローの神殿で修行中じゃないのか」
「それが聞いて、すごいよ」とっておきの宝物を見せる子どものような顔つきでブロッサムは笑った。
「フォローでいた街にマドリームの使節団が一時滞在したことがあって、あたしのいた神殿をギンコさまが視察なされたの」
「ギンコさま?」
「ここの火巫女さま。マドリーム一の炎を持つという尊い巫女さま。その方があたしを見て、この子は見所がある、ぜひ手元におきたい、私と一緒にマドリームにこないかいとおっしゃられたの」
「それで飛びついたのか」イーザーが呆れた。「おまえな、軽すぎないか」
「だって巫女よ巫女! ギンコさまの微笑みひとつで炎は舞い踊るし、一言だけで火柱が立つんだよ。そんな方にきてと言われたなら、もう行くしかないよ」
「ペインとどっちが強いんだ」

聞きなれない名前だ。2人の共通の「昔の友だち」なのだろうか。

「単純な力比べならペインのほうが強いわよ、灰エルフだもの、世界一の火使いの種族だもの。でもペインは10歩歩いた先の岩に火球をぶつけることさえできないけど、ギンコさまは30歩歩いた先の花びらをそっとこがすこともできる」

それではどっちがすごいと比べられない。2人は俺をおいてきぼりで「そっちは?」「アルとアットには最近会った。アルはおとなしくしている」「ティラは? ペインは?」「なんにも。生きているのは確実だ」「ティラのことそれだけ? なにやっているの」「い、いいだろ別に」「アットといい、まったく」矢継ぎ早におしゃべりをしている。俺は再び神殿の内装に目を向けた。それしか見るものがない。

「マドリームからすぐ出ちゃうの? よかったら宿紹介するけど」
「大丈夫、今城に世話になっているんだ。しばらくいる」
「城? なんでそんなところにいるの」
「アットが手を回した。そんなに居心地よくないけどな」

イーザーは少し止まった。

「ブロッサム、俺たち今ラスティアという人物を調べているんだ。聞いたことあるか?」

イーザーも俺もそれほど期待して質問した訳ではなかった。だから「うん知っている」返ってきたときは驚いた。

「なんで!?」
「なんでって、逆にどうしてイーザーが知っているのよ。あたしはここでギンコさまのお世話をさせていただいているのだけど、時々ギンコさまが話してくださるよ」

奥の扉が静かに開いて、小柄なおばあさんがゆっくり入ってきた。

ブロッサムふくむ全神官がいっせいに注目する「ギンコさま」とつぶやく声が聞こえた。この人がうわさの半隠居の火巫女なのだろう。髪は半分以上白髪で手も足も節くれだっている。大きな肩掛けをはおって落ち着いているその姿に、俺はなかなか評判どおりのすごさを見つけられなかった。

「ギンコさま、なにか御用ですか?」

一番の下っ端だからかそれとも世話役だからか、とにかくブロッサムはかけよる。ギンコはブロッサムより俺とイーザーへ目を向けた。気を利かせたブロッサムが「あたしの友だちです。フォローからきました。イーザー・ハルクとアキト・オオタニです」

「イーザーとアキトね。私はギンコ」
「はい、よろしくお願いします」

よくある紹介が続くと思いきや、ギンコはイーザーへ指した。

「イーザー・ハルク。いとし子ブロッサムの友で剣士。イーザーが再びこの火神殿へ訪れる日が、私が死ぬ日となる」

なにを言っているのかよく分からなかった。ギンコの言葉は落ち着いていて、そこにある椅子をちょっと取ってきてと言っているような、ありきたりな口調だった、でもその内容は。

「ギンコさま!?」
「どういう…… 意味だ!」

イーザーの驚きはみるみる怒りに取って変わった。怖い顔で一歩前に踏み出そうとするのを俺はつかんで止める。「落ち着けよ」とりあえずそう言うものの、これで落ち着けるわけがないよな。

「アキトはなせっ。俺がお前を殺すって言うのか?」

離すことはできない。静かな神殿は一気にすさまじい騒ぎになった。ブロッサムは立ちつくしているし、神官たちはギンコを奥へ、俺とイーザーを外へ追い出そうとする。とにかく引き離そうとしているようだ。張本人のギンコは一番落ち着いていてされるがまま連れて行かれる、視線は俺たちを見ている。

ふと気づいた。ギンコは正確には俺だけを見ている。なにをしたいのか分からず俺が見つめ返しても視線はひるまず、消える最後まで向けられていた。

神官2人がかりで追い出された。扉が閉まった時点でイーザーにギンコへ飛びかかろうという気持ちは消えたらしいが怒りはおさまらず、「どういうことだよ」神殿からはなれずうろうろ歩く。

「アキト、あれは一体なんなんだ」

俺がここにいることを思い出してくれたのは嬉しいが、そんなこと聞かれても。

「予言だろ。当たるも八卦当たらぬも八卦、気にするなよ」
「気にするなって? 言ってくれるな、もしアキトがああ言われたらどうするんだよ」
「もちろんすごく気にするよ。そしてイーザーに気にするなってなぐさめられるんだ」
「おまえ正直だな」

ちょっと毒気が抜けたようだった。

あわてたようにブロッサムが出てきた。裏口からこっそり表に出てきたのだろう。イーザーを見て大げさに安心する。

「よかった、帰ったらどうしようと思った」
「あのギンコって人はだれにでもああ言うのか? 予言ばっかりするのか?」
「そんなことはないよ。予言なんてはじめて聞いた」
「なんのつもりで正面切ってけんかを売るんだ」
「ギンコさまは争いを自分から招くなんて絶対にしない」
「じゃああれはなんだ!」
「分からない」

ブロッサムはためらった。イーザーよりも高い身長が急に縮んだように見える。

「ギンコさまは冗談であんなこと告げる人ではない。だからなにかの理由があるのよ」
「なんだよ」

傍目にもイーザーの体温が下がったのが分かる。今まで爆発寸前だった血がみるみる引いていく。

「ブロッサムもそう思うんだな。俺が次会った時ギンコを殺すって」
「そうは言っていない! でも正しいかもしれないじゃない!」

ブロッサムは神殿を見上げた。

「もうここにはこないで」
「ブロッサム!?」
「ここにはいつでもギンコさまがいるんだし、くれば出会ってしまうかもしれない。あたしに用があるんだったらいつでも外で会える」
「そうか、分かった」

イーザーはこわばった唇でそれだけ告げる。ブロッサムは口を押さえた。

「イーザー違う、あたしの言いたいことはそうじゃない」
「いや、分かったよ、邪魔したな」
「イーザー」
「おまえにとっては、老いぼれたギンコさまのほうが大切なんだろう。もう俺は過去の人間で、どうでもいいんだろ」
「イーザー!」
「もうこない。ずっとその神殿で、おかしな予言者と付き合うんだな」

イーザー、それは言いすぎだ。いくら旧友でも言ってはいけないことはあるし、ギンコさまはブロッサムにとって憧れなんだ。けなすなんてしちゃいけない。

口を出すより前にブロッサムが歯をくいしばった。あっと思う間もなくイーザーを殴る。明らかに全力の拳にイーザーは予測していたように倒れなかった。両手を握って殴りかかろうとするも、その前にブロッサムの蹴りがあごに命中した。今度こそ倒れる。

「二度とあたしの前に顔出すな!」
「こっちの言葉だ、馬鹿野郎!」

荒々しく立ち上がり大またで外衣をひるがえす。ブロッサムはまだまだ殴り足りなさそうににらんでいた。俺はどう口をはさんだらいいのか分からずに、とりあえずイーザーの後を追う。

人並みの中イーザーは歩く。腕を振って歯をくいしばり。ほおはたちまち赤くはれ、あごを蹴られたときに切ったのか唇から血が流れていた。だが怪我よりも心だ。どう見てもそっちの方が傷ついていた。

「イーザー、待てよ」

俺は追いつくもイーザーは速度を落とさない。

「ブロッサムは別にイーザーが考えているようなことを言うつもりじゃなかったんだよ」
「アキト」

イーザーは俺の目を見た。俺はひるむ。ひょっとして殴られるかも。

「今の俺に話しかけるな。いいな」

拒絶された。イーザーがくるなって言うのを初めて見た。なおも歩くイーザーに俺は諦め、しょうがなく黙ってついていく。