涼しいというより肌寒い空の下、俺は中庭でぼんやりつぶやいた。横には紺色のドレスのキャロル、その横にはお菓子の入ったかご。のんびり穏やかで歌でも口ずさみたい気分だが、これでも今後どうするかの会議の真っ最中なのだった。ザリは欠席で残るイーザー待ちである。
「ああイーザーね」キャロルもなんの気なしに反芻した。今までイーザーは髪をちょっと長くしていて後ろで一つにまとめていたのだけど、この前王さまと面会する時に切られた。もう一回イーザーはしっぽを作るのかなと俺は言いたかった。
「作らないでしょ。あれは伸ばそうとして伸びたのじゃなくて、手入れが楽だからああしていたのだし」「楽?」長髪と短髪、どっちが楽かというと絶対に短いほうだと思うが。
「だって前髪はともかく後ろ毛をどうやって切るのよ。ちょっと長めのをつかんでナイフを当てるほうが絶対簡単でしょ」
「あ、そうか。髪切る時か。でもだれかに切ってもらえばいいのに」
「だれが切るのよ。だれが」
俺は危なっかしいしキャロルはこの通り。ミサスにいたってはナイフを持たせることもできないだろう。あえて言えばザリとか。でもザリだとお母さんに髪を切ってもらうようなだささがぬぐえない。
「ミサスほどじゃないけどイーザーもアキトに会うまでは一人だったのでしょう。床屋行くほどのしゃれっ気もなさそうだし、自然と一人でどうにかなる髪形になったのよ」「なるほど」その風習を今まで引きずってきたので長かったが、そもそもイーザーにとっては髪の長さなんてどうでもいいのだろう。俺はまだ見慣れないけどきっとすぐに慣れる。
「そういうキャロルは? 伸ばさないのか?」
2人とも肩の辺りで切りそろえている。女の子なんだから伸ばして色々飾りたいと思わないのだろうか。キャロルはにっこりほほえんだ。
「くせっ毛で剛毛のあたしになにを望むの?」声が笑っていない。ひょっとしてひそかな劣等感を大胆に突っついてしまったのか。とりあえず間髪入れずに謝った。
「ザリもね、側の人にせっせと言われているけど断っていたわ。不衛生だし動きにくいんだって。でもあたしの見たところそろそろ落ちて伸ばしそうね。しつこいのよ、ここの人たち」いつでも女は髪をいじるのが好きだな。俺はふと髪をいじられて困った顔のウィロウを思い出した。あの若緑の髪は本当に長かった。ウィロウいわく本当は髪ではなくて、ちゃんと感覚もある身体の一部だったそうだ。いつもしばりもせずただ流しっぱなしでも結構さまになっていたが、あれが本当の髪なら偉いことになっただろう。
ウィロウのことを思い出すと切ない。思わず暗くなった俺に「ミサスが憎い」とキャロルはつぶやいた。
ミサス?
「どうしてミサスが憎いんだ?」「だってあの髪! 漆黒で絹のように細いさらさらした髪! 男のくせに資源の無駄使いよ、あたしはミサスが嫌いだけどあの髪はもっと嫌いだわ」
自分と反対の髪だから嫉妬しているのか。俺はそこまでキャロルの髪がだめなようには見えないのに、変なの。
「細きゃ細いで大変だぞ。しばりにくいまとまりにくい、朝はもつれ絡まって玉になってとかすのが手間くう」「なんでアキトがそんなこと知ってるの」
逆に俺が変な目で見られてしまった。おかしいな、俺の予定ではキャロルが猫毛は猫毛で大変だと思い直すはずだったのに。
「桜木が荷沢さんに言っているのを聞いたことがあるんだ」「へぇ、アキトのあっちでのお友だち。アキトにも女の子の友だちいたのね」
どういう意味だよと、よほど意味を問いただしたかった。
「だから、ま、ミサスも大変なんだよ」「あたしはミサスが楽そうなんて言ってないわよ」
キャロルは意地悪そうにのどの奥で笑った。
「知ってる? ミサスいつも自分の抜け毛を集めてちゃんと捨ててるのよ」「知らなかった。意外とまめなんだな」
長い髪の人が自分の抜け毛を始末するのはよくあるみたいだが、ミサスもそんなことしていたなんて。キャロルは予想通りの反応で嬉しいとばかりに首をふる。
「違うわよ、髪には魔力が宿ると言われたり、髪を手に入れればその人を呪うことができるというでしょう。ミサスはそれを警戒しているの。当人も呪いの魔法使えるからかえって気になるのよね」「なんだそりゃ」
幻想的というか現実的というか、とにかく変なの。
「悪い、おそくなった」待ち人来たり。イーザーの到着で俺たちの他愛のない話は終わった。