三つ首白鳥亭

−ガン・ブレイド マギの悲劇−

4.過食崇拝

「どこから聞きたい?」
「チェイスは悪人なの? 悪党イーターの配下でクオーツ製品を提供して、さらにクロウを殺したって聞いたわよ」
「僕はイーターの配下ではない、クロウを殺していない」
「全部嘘なの?」

全部嘘なら本当のことはどこにあるのかしら。あっちもにせものこっちもにせもので人間不信になりそうだわ。

「全部というわけでも。イーターの依頼でクォーツ製品を修理した。それこそ彼の組織専門技師のようにほぼ全部を手がけていた。外注業者というやつだね、もうかったよ」

完全有罪というわけではないけど、善良な人間でもないわね。

「イーターが悪い人だってしっているのでしょう。それなのに手助けしたの」
「無茶いわないでくれ。相手が悪人だから仕事を断れって? クォーツはクォーツだ、いいもわるいもない。いつかだれかが修理しないといけないんだ。第一仕事をえりごのんでいたらひぼしになる」

ああそうか、それじゃしょうがないわね。貧乏というのはつらいものよ。脱出するためにちょっとぐらい悪いことをしても許されるわよね。

「じゃあどこからクロウ殺害が疑われたのかしらね。配下だったのならよくわかるわよ。いわれてもある意味しょうがないことなのかもしれない。でも殺害は事実無根なことじゃない。ひょっとして殺してはいないけど怪我をさせたことがあるの?」
「ない」
「ディッシュという男をしっている?」

おおっぴらに感情を表現しているあたしとはちがい、デットエンドは用心深く内面のせめぎあいを隠していたわ。声が少しだけ震えていなかったらあたしも動揺していることをわからなかった。えらいのね。

「イーターの部下だ、正真正銘の」
「脅して問いつめた。お前がクロウを殺したとはっきりいっていたよ。嘘をついていたらマーカスシティで今後10年は語りつがれるありさまにしてやると念をおしたからな、よくしゃべった」

まあ乱暴。

「嘘をついているようには見えなかった。確信したから行動にうつしたんだ」

少し決まりわるそうだった。無理もないわね、まちがって無実の人を切り殺しかけたんだから。

「ああ、それか」チェイスが一人納得したわ。なにかわかったのかしら。
「話を脱線させよう。おとといイーターの使いが工房にきた。今すぐマーカスシティからでてイーターとのつきあいをなにもかも忘れろと命じられたよ」

なにそれ、なんてめちゃくちゃなことをいったの!?

「理屈はわからなくもない。僕はイーターの持っている武器、クオーツ製品もそうでないものもほぼ把握していたからね。あるとき邪魔になったんだろう。でていかなかったらどうなるかもいわれたし、引越しのしたくをはじめていたんだ」

しかも受けいれたの? あたしにはそっちの方が驚きだわ、どうして断らないのよ。

「一方でデットエンドたちはイーターを追っていた。

さて、僕のクロウ殺害疑惑には2つの利点がある。捜査している間デットエンドはイーターを追うことをやめなきゃいけないし、デットエンドがしゅびよくかたきうちをすれば邪魔になった僕を排除することができる。イーターにとって都合がいい事態だね」

きれいにおさまったわ。

「……ディッシュにまちがったことをいわせるのもイーターならできる。事実だと思いこませるのなんてお手のものだろう」

デットエンドの顔がくもったわ。

「敵をまちがえていたようね。はじめからやりなおすわ。エンジニアには面倒をかけた、おわびは後でする」

ゆらめくように立ちあがったわ。

え、ちょっと待ってよ。帰るの? あたしには話がはやすぎてついていけないのよ、納得するまでここにいてほしいわ。

「かたきうちだけど、もう一つ手助けしてあげられることがある」

まだかくしごとをしていたの。この人はどれだけ事実をかくしもっているのかしら。

「クロウは生きている」
「なんですって!」

デットエンドよりあたしがよろこんだ。思わず飛びついてしまったくらいよ。デットエンドが自分の感情を後回しについてあたしたちを支えたわ。

「重いからはなれて、落ちついて」
「これが興奮せずにいられるものですか。どこにいるの、今なにをしているの。あたしはそもそもクロウに用があるのよ、どうしてもあわなきゃっ」
「あんまり期待しないほうがいいと思うよ。クロウを見かけたのはおとといの夜。ほかでもないリストラを宣言しにきたのがクロウだった」

え? それってどういうこと? どうしてクロウはイーターの伝言役をつとめているの?

「わからない。普通に考えて気分が変わったんだろう。イーターと敵対するより味方についたほうが得だと思ったんじゃないかな」

おかしいわよ、それ絶対におかしいわ。本当にクロウなの? 別の人とまちがえているんじゃないの?

「まちがえていない。メアリーはしらないかもしれないけど彼はそれなりに顔がしられているんだ。特徴はあっていた。それに彼はブーストワンドを持っていた。今マーカスシティにそんな貴重品を持っているメイジは限られている。そうだろう」

ブーストワンド?

「魔力の増幅と制御をするクォーツ製品。メイジならしっていないといけないんじゃないか」

せめないでっ。覚えることがたくさんありすぎてとても手が回らないのよ!

「まさか」

デットエンドはつぶやいたわ。鋼のようだった自制心はほころんで、唇は細かく震えて今にもしゃがみこんでしまいそうだった。

「あいにくだけど本当だ。自己紹介しあったわけじゃないけどね。その日のうちにデットエンドが僕をかたきとして探していることを聞いて見当がついたんだ。イーターとクロウが共謀して、僕とついでにデットエンドのつぶしあいをさせようとしている」
「まさかっ」

あたしはとびはねて驚いたわ。それって裏切りじゃないの!

「うん、裏切りだね。よくあることだろ。珍しくもないからそんなに驚かないで。

で、見当がついたのはいいけどそのことをデットエンドに誤解なく伝える方法がわからなかった。裏世界に住む住民は敵を前に落ちついて会話しやしない。目があった瞬間飛びかかられるだろうし、僕が死んだ後で真相があきらかになっても意味がない。夜逃げしてほとぼりをさまそうかと思ったけど、運よくいい材料が飛びこんできた」

む、それってあたしのことね。

「不器用で直情的で声が大きい。その上で裏の世界の人間ではない、つまり戦いになれていないど素人だ。適当な嘘をおしえこめばデットエンドの名前を連呼するだろうし、そのうちばれて怒ってデットエンドと一緒にここにくると思っていた。無関係な人が一人ほしかったんだよ。冷静な会話のきっかけになるし、いざというとき人質にも盾にもできる」

事情はよくわかったけど腹が立つわ。まんまと踊らされたようですごく不愉快よ。

「悪い悪い。僕のほうも命がけだったんだ。無策でデットエンドに立ちむかったら僕死ぬよ。メアリーだってクロウについてある程度までわかったしよかったじゃないか」

あたしの命まで勝手にかけないでよ!

「エンジニアが正しいという証拠はあるの?」

う、怖いわ。すごまないでよ、あたしは無関係よ。

「ない。ないが整合はとれていると思わないか。僕がただの商売相手のために、フェンサーを敵に回すのを覚悟の上で人殺しをして夜逃げしようと考えるよりは」

デットエンドは座りこんだわ。ドレスがしわになるのもかまわずに、背中をまげて低い声をあげる。

「イーターはマーカスシティののっとりをたくらんでいる」

なにをいっているのかわからなかったわ。

「なわばりを力づくで拡大して周囲のマフィアをのみこむ。敵対するマフィアの中にはとてもイーターには太刀打ちできない実力者もいるのにいつのまにか首領をけしてのし上がっている。平行して議会にも勢力をのばしてじわじわ侵略している。イージスへも買収して食いこんでいるらしい」
「ちょ、ちょっと待ってよ、それって大事でしょ! あっさり話さないでよ、ついていけないわ!」

マーカスシティは世界有数、下手すれば一番の都市よ。裏社会と議会と警察へ勢力をのばすってすごいことだわ。

「イーターのアジトを襲ったら大量の武器弾丸を見つけた。マフィアの抗争に使うにしても多すぎる。戦争だってできる量だった。アジトは複数ある、そのうちのひとつでそうだったんだ。どこで見つけたと思う。中央広場からちょっと歩いた廃ビルだ。街のどまんなかにそんな物騒なものを用意してどうする?」

あたしがわかるわけないでしょ!

「ついでにマーカスシティの地図を見つけたといったらどう思う? 警察と議会をまきこみ、マーカスの少なからぬギャングを抱きかかえて、山のような武器を抱えてなにをする気?」
「ありえない!」

なによ、チェイスはわかったの? 驚いたのかしら、目を見開いて顔が赤いわ。ちょっとは生気がもどってきたわ。

「まさか、そこまで大それたことをするわけがない。無理だっ」
「大量のマフィアと金、2年分はありそうな武器。議会を武力で制圧して、でしゃばるはずのイージスを抑える。慎重に計画を立ててよその街と手を組んで。案外なんとかなりそうよね」
「だからって、マーカスをのっとる? 武力で!? ばかげている、正気じゃない! 今何年だと思っているんだよ」
「イーターにいって。ちょっとやそっとのいざこざなら私もほうっておくわ。マフィア同士が殺しあおうとそんなに心は痛まないしね。でも武力蜂起となれば話は別よ。どれだけの惨事になるか見当がつかない。だから私は調べた」
「……信じられない」

チェイスは呆然とした。殺されかけても気にしなかったのに、さすがにこんなすごい話には感情がゆれるのね。

「そう」

デットエンドはうめいた。はじめてあったときと同一人物とは思えない、弱々しい声だった。

「2年間、私とクロウは相棒だった。大声でどなりあったこともある、なぐりあいのけんかもしたことがある。それでも私たちは相棒だった。お互い信用していた、どんな危険な目にあっても2人だったら安心できた。数えきれない死地から生還した、絶望的な状況でも勝利をしてきた。世間では私ばかりめだつけど、ちがう。私の評判は2人でつくりあげたものなのに。それなのに。そう、クロウはイーターについたの」

デットエンドの目からは自信の色が失せていたわ。

「なにがいけなかったのかしらね。不満でもあったのか、それともはじめから卑怯な男で私がみぬけなかったのか。どっちにしろお笑いね」

わざと自分を馬鹿にするような態度に、あたしは胸がふさがれたように苦しくなった。

デットエンドは強いフェンサーだけど情に厚いわ。見ず知らずのあたしをとっさにかばったことからもわかるわよ。自分が危険な目にあうことぐらいわかっていたのにかばわずにはいられなかった。そんなデットエンドが長いつきあいの相棒にどれだけ信頼と愛情を持っていたのかあたしには想像できない。

デットエンドは無残に裏切られ苦しんでいる。大切にしていた信念を踏みにじられて、あまりのつらさにうつむかずにはいられなくなっているのよ。

信念ってのは大切なものだわ。自分を構成するものよ。どんな苦しいときでも背中を支えて前を向かせる、いつでも胸をはってあたしは正しいとさけぶためのもの。全身全霊を持ってなにかに立ちむかうために必要なもの。それなのに一番信用していた人に否定されて、今のデットエンドは自分に自信が持てなくなっているんだわ。なにが正しいのかさえもわからなくなって、背中をまげて悲しみに沈んでいるのよ。

あたしは助けてあげたくなった。クロウの代わりにはなれないし、デットエンドのやることにろくに協力できないけどなにかしてあげたくなった。苦しみに共感して、なんとか元通り凛として立つフェンサーに戻してあげたくなった。あたしはデットエンドの手をにぎってむきあった。

「落ちこんじゃだめよ。デットエンドの信念は立派だわ。人を愛して大切にして、仲間を信用するのはいいことよ。マーカスシティで裏通りで生きていて、そんな意見を持って、さらにずっと実行してきたのはとてもすごいわ。あたしなら絶対にまねできない。やめちゃいけない生き方だわ。裏切られたからって自分がまちがっていたと考えちゃいけないわ。情に厚く義理人情を大切にするのは正しいことだわ、守るデットエンドは正しいのよ。今だって正しさはなにも変わっていないわ。

元気をだして。まだ裏切られたと決まったわけじゃないのよ。わかっているのはクロウが一回だけイーターのお使いにきたことだけだわ。きっとなにかどうしようもない事情があったのかもしれないわ、もしかして今までの大前提をひっくり返すような事件がまだあって、クロウはただまきこまれているだけかもしれないのよ。落ちこむ前に確認しないといけないわ。デットエンドがこんなに信用していたクロウだもの、目先の利益につられて友達を裏切るような人ではないわ。事実を確認しないといけないわよ。

行きましょう、デットエンド。なにがあるのかまだわからないのよ。つきとめないといけないわ。あたしも一緒に行くわ。くじけそうになったらげますわ。自分で見るのが怖いのだったらかわりに見るわ。だから行きましょう。行かないといけないのよ」

デットエンドは驚いたようにあたしを見たわ。黒い瞳がみひらいた。

「本気? まるで戦いに向いていない女の子が、悪党と剣士の戦いに加わるつもりなの?」
「デットエンドのためならディモスとの戦いにだって飛びこむわよ。あたしは本気よ。デットエンドの悲しみをやわらげてあげたいの、そのためだったらなんだってするわ。なんからここで今すぐ証明してもいいのよ」
「待て待てやめて、メイジがやる気になったらひたすらどこまでもやること、もうしっている」

大きく息をはいて立ちあがった。背筋はまっすぐで、表情は明るくなかったけど力にみちていた。

「メイジのいうとおりね。まだなにもわからない。落ちこむのは事実を確かめてからでもいい」

でもどうやって確かめればいいのかしら。けしかけておいてなんだけど具体的な方法が思いつかないわ。

「簡単簡単。直接イーターに聞けばいい」

それははやいわね。でも正直に答えてくれるのかしら。そもそもどこにいるのかわからないわよ。

「正直に答えさせるのよ。メイジは知らないでしょうけど、人は手足を切りおとされないためだったらすごくよくしゃべる」

怖いわ、本気でいっているのねっ。もしかしてあたし、はげましちゃいけない人をはげましたのかしら。やる気にふるえるわ。

「イーターの居場所だけど、ほらそこに関係者がいる。彼から聞いてみるといい」

指の代わりに鞘におさまった剣をつきつけられたのはチェイスだったわ。ひとごとのように切っ先をながめて「いいよ、教えてあげる」かるく了承したわ。

「住むところをころころ変えるけど、最近ではスラム街の西はし、もとは酒場だった家を改造してすんでいる。ガストロノミーという酒場だったところだ。まだ看板がついているはずだよ」
「よし」

居所はつかめたわ。デットエンドは早足で工房からでて、あたしも追いかけた。足の長さがちがうから追いつくのも一苦労よ。でも帰るつもりはまったくないわ。怖かろうとなんであろうとイーターを問いつめて話を聞くのよ。


予想外の事態がまっていたわ。

スラムの西はじにガストロノミーというお店はたしかに存在していたわ。大きな看板は色あせてほとんど読めず、壁は泥とこけにまみれていた。長い間営業していなかったようね。

それはいいのだけど。その店は正真正銘もぬけのからだったのよ! イーターのイの字もなかったわっ。

「まただまされた!」

あたしは地団太をふんだ。1回ならず2回もだますなんてなんてひどい人なの!

その場でチェイスの工房に引きかえしてどなりこんでもよかったのだけど、その前にデットエンドが「正当法もためそう」とよりみちしたわ。

「しりあいにイーターについて別件で調査している人がいる。たしか家はこの辺だ。聞けばわかるかもしれない」

頼りになる友だちがいるのね。どんな人?

「売りだし中のディテクティブ。猫みみ帽子がお茶目なあの子」

なにそれ。

「今思いついたうたい文句」

とっさにそんなキャッチフレーズがでるあたり、デットエンドも相当お茶目だと思うわ。

狭くてきたないアパートの一角にデットエンドは入っていった。あたしは表で待つことにしたわ。アパートの階段はどう見ても2人分の体重をささえきれそうにないから。

だれかが植えているコスモスの花と月明かりの風景をみて、美しいけどお金にならないわねと考えている間にデットエンドはとっておきの情報を手に入れてきた。

「わかった、イーターの基地のひとつがガストロノミーのちかくにある。そこかもしれない、いってみよう」

まぁ、なんて偶然なの。行きましょう行きましょう。

ふん、悪いことはできないものよね。チェイスがついた嘘は結局たいした役には立たなかったわ。イーターの次はチェイスよ、覚えておきなさい。

「おかしいわね」

あら、デットエンドが思考の迷宮に入っていったわ。なにがおかしいの?

「嘘をついてエンジニアにどんな得があるの? あれは善良そうには到底見えなかったが、利益のない嘘をつくほどのまぬけにも見えなかった。なにを考えているのだろう」

そんなの後で聞けばいいじゃない。嘘をつかれたのにはかわりはないわ。

「まあね」

釈然としないようだったけど、すぐに気にするのをやめたわ。


スラム街だからさぞ危険かと思ったけどちがったわ。静かで人気がまったくなかった。

「見られているとおちつかないわね」

なにをいっているの?

「見られているのよ、あちこちで視線を感じる。私はそれなりに有名だからね」

なんですって、どこにいるの?

「きょろきょろするな、しらないふりをしていて。悪さはしないんだ、なにをしでかすのか気にされているんだよ。すきを見せないでね、盗みにあったり誘拐されるよ」

ぎゃあ、やっぱり物騒なところなのね。

「だからって背中にしがみつかないでっ。おもい、いたいっ」

けちね。

目的の家は普通だった。スラムにしてはつくりがしっかりしている。普通の一家が住んでいてもおかしくはないわね。

鍵はかかっていずひとけはなかった。古い事務所のような印象で机と椅子と書類、ご飯を食べちらかしてろくにかたづけていない跡があった。だれもいないのに部屋や廊下の明かりはついていて、まあ不経済。

「だれもいないみたい」
「もっと小さな声で。おかしい、少人数でひそんでいるとは思うけど、まるで夜逃げの後だ」

デットエンドは立ちどまり足元をよくながめた。四隅にほこりがつもっていて髪の毛とほこりがちらかっている、掃除のいきとどいていない床を見て楽しいのかしら。

「……こされたか?」

なにがいいたいのか聞くより先に、もっとあたしの注意を引くことが起きた。

複数の悲鳴と重いものが倒れるのを聞いた。やる気のない気のぬけたパンク音も聞こえたわ。なにかしら。

首をかしげていたらデットエンドがあたしのくびねっこをつかんで床におしつけたわ。鼻をぶつけて涙がうかんできた。ぎゃあ、なにするのよ!

「しっ、銃声だ」

え。警戒しながら耳をすませるデットエンドが、ふれれば切られるような緊張感につつまれていた。

「流れ弾がなくてよかったね。あっちだ」

安全を確かめるとなにごともなかったかのように立ちあがる。待ってよ。銃よ、あたったら死ぬのよ、そんなに平常心でいいの?

「銃って、だれかがだれかを撃ったの?」
「そうだろう。悲鳴から倒れたのはざっと3,4人。発砲したのはほぼ同時刻。うった人間は手際がいい、なれているだろうね。2人かな」
「だれが撃ったのよ」
「わからない。別のブレイサーに先をこされたか、それとも仲間われか?」

こまるわっ。同士討ちされちゃこまるのよ。はなすことはなしてもらわないと。

どこで発砲がおきたのかすぐにわかったわ。広い基地ではないのよ。奥の一角にたった今ちょうつがいがはずれてドアがゆれているところがあったわ。ここね。

あたしは今すぐ飛びこんで文句をいうつもりだったけど髪をつかんでとめられたわ。

「銃が怖くないのか! まずは様子を見るの。それからでも遅くないわ」

冷静なのね。

デットエンドはこの手のことになれていたし、あたしもまねした。2人そろってのぞき見る。中の光景にあたしは叫びそうになって、あわてて自分の手で口をとじたわ。

普通の部屋だったわ。奥に高そうな机と椅子、周囲にどれもこれも書類でびっしりの本棚が乱立している。せっかくの広い部屋なのに普通よりも狭くみえる。

そして腹とか胸から血を流してたおれている男がいた! しかも3人! 銃声が聞こえたからだれか怪我しているかもとは思ったけど、死体がころがっているのは予想外よっ。

奥の事務机になにごともないように座っているのは、中肉中背ごく普通の青年とはいえないけど中年と呼ぶにははやすぎる男一人。この人がイーターなのかしら。なんだか普通の人だわ、すごい外見を考えていたのに、街ですれちがって一呼吸後にはもうわすれていそうな平凡な外見だった。でも死体の前で平然としているくらいなのだから普通の人ではないわよね。

そして、イーターの正面に立って、立ちのぼる煙が見えそうな拳銃をかまえているのは、なんとチェイスだったの! 生身のようななめらかな動作の義手といい曲がってうなだれているように見える背中といい、背後だけでもあんなに死体っぽい人はチェイスしかいないわ! なんで、どうしてチェイスがここにいるの? なにしているのよ!

「どうして僕はなめられるんだろうな」

心の声が聞こえた? おどろいたけど今のはイーターにむけて発言したみたいだった。2人ともあたしたちには気がついていないのね。

「まがりなりにもマーカスシティで非合法すれすれの仕事をしている僕が無力なはずはないのに。どういうわけだかみんなは戦いなんて考えたこともない人みたいにあつかう。こんなに銃を使えるのにな」

ぼやいているようだったわ。演技くさくはない。

「顔が悪いんだよ」

イーターらしき人物はどこかおもしろがっていた。

「強い人物は見るからに力強い。それなのにおまえは目をはなしたらうっかり死んでしまいそうな顔だ。話し方もよくない、声だって小さい。どう見てもひ弱なぼうや、頭でっかちの理屈屋だ」
「ひどいな」

いい気がしなかったのだろうけどあたしは同意するわ。弱く見られるのがいやならそれなりに生き生きとすればいいのよ。無理でしょうけど。

「で、その貧弱なエンジニアはなんのようだ? 押しかけて部下を皆殺しにして、それなりの覚悟はできているのか?」
「てだしをしなければお互い不快にならずにすんだ。ばらされたいなら掛かってきてもいいよって、ちゃんと忠告したのに」

それは挑発っていうのよ。罪悪感はないようね。どっちが悪人かわからないわ。

「聞きたいことがある。イーターが人と武器を集め、一斉蜂起してマーカスシティをのっとる作戦があると聞いた。本当か?」
「いきなりきたかと思えば」

イーターは生徒を相手に話す先生のようにかみくだいで話す。

「デットエンドからか。わざわざ確認するためだけにのりくんでくるとは、変人ぶりもきわまったな」
「そうか」

銃をイーターに向けたわ。

「本当だったか。イーターは客としていい人物だったし、円満に別れられるのだったらでていくのも手だと思っていたんだが。悪いが知った以上はみすごせない。イーターを殺して計画をとめる」
「なぜ」

イーターは平常心だった。怖くないのかしら。半死人とはいえ目の前に銃口むけた男がいるのよ。普通に会話ができるなんてすごいわ。

「どうして気にするんだ? おまえには関係のない話だろう。田舎にこもって農業器具のクォーツ整備でもしていればよかったのに。耳を閉じていれば今日死なずにすんだ。どうしていまさらのりだす?」
「それはね、僕のうちにひそむ正義がだまっていないからだ」

ふきだしそうになったあたしを責めないで! だって変だったのよ! こんなにチェイスに似合わない単語はないわ。「健康」の次にあわないわよ。

「僕はね、人が人を傷つけたり殺すのはありだと思う。治安がよくないマーカスシティだ。しょうがない部分もあるだろう。荒くれ者同士の抗争もありだと思う。自分たちにしか迷惑をかけていないんだし。そんなことまで目くじらを立てていては武器が売れない。僕の仕事がなりたたなくなる。

でもギャングをのっとり武器を集め、マーカスシティを支配するのはだめだ。関係のない人々が殺しあいにまきこまれる。僕が売った、僕が直したクォーツ製品や武器で。

それは許せない。だれがなんといおうと、人が許して市長が許して全市民が震えながら許しても僕が許さない。許容できる範囲からはみでてしまっている。だれかが罰しないといけない」

「悪人という点で、俺とにたりよったりのおまえからそんなことを聞くとはな」
「人はどこかで倫理的なけじめをつけないといけないんだよ」
「見ろ、おまえの正義感とやらはおまえを殺そうとしているぞ。おまえはたいした武器もなく仲間もいない。ここで俺に殺されるだろうし、もし逃げきったとしても俺の部下に殺される。おまえは無力でおろかで孤独だ」
「それくらいなんだっていうんだ。だれもが大切なもの、守らなくてはいけないものをもっているだろう。

僕にとって正義感がそうだ。正義が僕の核だ。僕の中心で僕を形作り、どんな痛みも苦しみもたえしのぶ力をくれるものだ。正義に逆らうほうが怖いよ。自分の中心を否定して、骨抜きになってたおれるということなんだから。そうなったらきっと生きていけない。もう二度と自分の形を見つけられなくなる。核をみうしなう恐怖に比べたら、死の危険などどうってことはない」

嗚咽がもれそうなのをぐっとのみこむ。あたしは悲しくてやりきれなかった。なぜかつらさが胸いっぱいにあふれて、涙が落ちそうになるのをじっと我慢した。ひどいわ、あんまりよっ。ああ我慢は身体に悪いわ。

チェイスもまた自分の信念を持っている。けしてゆるがない考えを持って行動している。

それはとてもすごいことよ。でもね、はらう代償が大きすぎるのよ! そのせいでひどい目にあったり一人きりで死んだらどうするのよ。

もっとひどいのはチェイスが犠牲を淡々と受けいれていることよ。どうしてそこまで自我を捨てきれるのかわからないわ。

デットエンドがあたしをつかんでいた手をはなしてなにかしたわ。なにかしたのは確かだけど、あたしにははやすぎて見えなかった。あたしの動体視力は人並みで、デットエンドの運動能力は人間と比較できないわ、化け物よ。あたしに見えなくてもしょうがないわよね。

少ししたらわかったわ。扉がそれはもうすばらしい切り口で真っ二つになってたおれたのなら気づかないわけはないわよ!

なにやっているの!

デットエンドは丁寧に剣を鞘におさめて、堂々と部屋へはいっていく。さながら女王が玉座にあゆみよるかのようだったわ。

「真打ち登場」
「デットエンドッ。もうついたのか」
「おかげで。助太刀する、エンジニア。私もそこの男に聞きたいことがいくつかあるわ」

余裕たっぷりの表情の裏に、野生の獣のような殺気を感じるわ。チェイスさえも少し引いたように「こんなことならまるっきりのでたらめを教えればよかった」と反省する。それじゃ迷子になったあげく、チェイス自身が八つ裂きにされるわよ。

「はっ」

イーターは人口が倍になったのをまったく気にしなかったわ。見たところ武器も持っていないし手下もいないのになぜかしら。あたしをちらりと見たきり無視をすることにしたみたいね、「デットエンド、とうとうここまできたか」と座ったままいったわ。

あら?

「相棒探しはいいのか? 最近のおまえは忙しくて、人にちょっかいをだしている暇がないと聞いたぞ」
「やっているよ。イーターをぶちのめすのもその一環ね。こそこそ逃げまわってくれたようね。あえてうれしいわよ」

挑発しあう2人をそのままに、チェイスがこっそり「メアリーまでどうしているんだ」とささやく。ちょっと待って、あたしは今考えごとをしているのよ。おかしいことがあったの。

「しょうがないな、いざ戦いになってもメアリーなら大丈夫だろう。なにか魔法で手助けしてくれ。イーターは強い、僕はよくしっている」

あ。

わかった。わかっちゃったわ。

今この場所で行われている怒涛の会話にひそんでいたおかしいところを見つけた。見つけただけじゃなくて理由もわかった。とっぴで非常識な考えだったわ。でも常識的とか熟考するとかはあたしの長所じゃないのよね。

あたしは迷うことなく決断を下した。口を開く。

「イーター、あなたはゴートでもあるのね」