暗すぎてよく分からないけど、すえるような臭いが共通点の人々はどう見ても友好的ではなさそうだったわ。伸ばしてくる手は垢まみれで、なにかの病気かしら、肌が異様に乾燥しているみたいだった。
彼らはゆっくりつかみかかり、かばんをうばいマントをはごうとした。ようやくあたしは追いはぎだと気づく。追いはぎなら追いはぎらしく大声をだして威嚇してよっ。
なにするのよ! あたしは振りほどき逃げようとしたけど、しょせんか弱い女の子よ。かばんの取っ手がちぎれて落ち、追いはぎは容赦せずにあたしにのしかかってきた。
な、なんてひどいの! このままじゃあみぐるみはがれるわ! これ以上貧乏におちいりたくはないわ、あたしは杖を振りまわし、頭を低くしてくぐり抜けるように走った。だれかが顔に手をかけてきたけど自慢の歯でかみついたら離れていった。う、まずい。どれだけお風呂に入っていないのよ。
走りすぎて壁に頭を打ちつけたわ。ふと我にかえってひとまず腕からは逃れたんだとわかった。すかさず振りかえって杖を高くかかげる。
「これ以上不埒な真似をしてみなさい、あたしの詩を聴いてもらうから!」高らかに詠唱をする。どんな人だろうとメイジが杖持って詠唱をはじめたらなにが起こるかぐらいはしっているわ。追いはぎは動きをとめ、暗闇の中からでもわかる恐怖のまなざしをむけた。あたしはどんな人でも理解できるようにことさらに声をはりあげる。
「はるかなる地の底より紅蓮は眠る、眠れる炎は空をもこがす、いざきたれ、わが紋唱よりこの手の中へ。つらぬけ紅炎!」最後の一言でいっせいに追いはぎたちは逃げだす。あたしも背中をむけて走って逃げた。
チキンハートと責めないで! 何回もいうけどあたしの杖はまがい物、ただでさえろくに魔法もつかえない見習いにできることなんてはったりと嘘しかないのよ! 土地勘もないし都会には不慣れだわ。無事逃げるためにはできる限りおどして時間をかせぐしかないわ。
どれだけどれだけ走ったのかしら。汗は髪をしたたって目に入る。とぼしい明かりがさらに少なくなって、靴の裏が糸を引くかのようにねばついた。いい加減疲れはてて、よろめいて自分の足につまづいて転ぶ。いたいっ。
しばらくあたしは起き上がれなかった。肩が軽い、いまさらながらにかばんを盗まれたことを思いかえす。どうしましょう、あたしかばんあれしか持っていないのに。どうせ強盗するなら金持ちを相手にすればいいのよ、貧乏人から盗むなんてひどいわ。
「ここ、どこかしら」とても起きあがる気になれず、ころがったまま半回転して周りを見る。
袋小路だった。木材や木箱、全部あつめて組み立てたら小屋ぐらいは立ちそうなほどいろいろなものが散乱している。街の明かりはもうはるか遠くで、いまさらながらに相当遠くまできたことをしった。裏通りまできたのかしら。
動かないとなにもおきないわね。さっさと立って歩きださないと。
「よう、メイジのじょうちゃん」即座にあたしははねあがったわ。だれよっ。
背筋の悪い男が2人、通りから寄ってきた。3日は洗濯していないような汚い服装、足首には小刀をさし腰にぶらさげているのは拳銃だわ!
「そう警戒するなよ、じょうちゃん」無茶いわないで、これで落ちついていられる一般人はいないわよ!
「じょうちゃん、デットエンドを探しているんだろ?」あらなんで知っているのかしら。
「俺、デットエンドと知りあいだぜ。連れていってやろうか?」まあなんて幸運! 素敵だわ。
なんていうと思っているのかしら。いくらなんでもわかるわよ、嘘でしょ。信じてのこのこついていったら強盗かそれ以上のひどい目にあうんだわ。台詞撤回、イージスはなにをしているのよ! 追いはぎの次は強盗ですって、なんて治安が悪いのっ。
あたしは走ってにげようとして壁に額を目一杯ぶつかった。しまった、袋小路だって忘れてた!
「そう警戒するなよ」男は余裕たっぷりにあたしへ近づいてくる。あたしは壁に張りついてどう逃げようか考えた。
またはったりをきかせようかしら。でもこの男がどこまで見ていたのかが問題ね。はじめっから観察していてあたしがなにもできないってしっていたらこまるわ。それに銃を持っている。追いつめて撃たれたらよくて大怪我悪くて額の風通しがよくなってしまうわ。ただでさえ少ない脳がさらにへるのはいやよ!
かつ。男たちのはるか後ろで石をふみつぶす音がした。やった、人だ、人だわ! きっと助けてくれるわ。
「だれだ」2人目の男が拳銃を抜いて撃った! ひどい、あたしの唯一の助けが死んだわ、どうしましょう!
かっ。
あら?
「しろうとめ」え、待ってよ。
今よけなかった? 身を引いて銃弾をよけなかった? 拳銃って逃げられるものなの?
えっと、たとえばあらかじめ予測しているのならよけられるのかもしれないわ、でも普通そんなことできないわよ、怖くて身がすくむわ。
「銃を持っているくせに、ガンスリンガーとして最低限の知識もないのね」なんだかこの人、銃を向けられるとかいう荒事になれていない? 普通にからかえるなんてすごいわ、あたしなら絶対そんなことできない。
どこのどちらさま? 答えは強盗の1人が持っていたわ。
「デットエンド!」デットエンド? あたしが探していたデットエンドのこと?
「どうした。続けなさい」彼女はいった。
「このデットエンドが見ている前で、堂々と強盗できるものならしてみなさい」着ているものは古風なワンピース。男のように背が高く片手に軽く持っているのはバスタードソード。気軽な護身道具じゃないわ、明らかに戦闘向けの武器よ。
異様な外見で、しかもこの場で新参者なのに一瞬にして支配権は彼女にわたったわ。男たちは完全に気おされているし、あたしだって驚きすぎてぼんやりしている。
「うせろ」とっても重い、迫力のある声だったわ。
「私の庭で面白いことをしてくれる。おまえたち、道を開けろ。もう二度と足を踏みいれるな」「う、うわあああ!」
おどされただけなのに効果は抜群だったわ。ディモスにあって絞め殺されたような悲鳴をだし、あっという間に走って逃げた。あたしはまだ立っていたわ。それどころじゃなかったの。
女の人なんて聞いていないわ! 目の前にいるのはどう考えても女でまちがえようがない。盗賊たちのおびえようからデットエンドであることは確実のようだけど、それにしたって!
でもよく考えたらそもそも性別についてどちらとも聞かなかったわね。あたしが早合点しただけ。驚きはしたけど、どちらにしろ大切なことじゃないわ。それよりもっと重要なことがある。
「メイジじゃないわっ」どう見ても剣士だわ。この世にはメイジでありながら剣を持つ変わり者もいる。でも魔導具さえないならメイジではありえない。どんなに超人ですごい人でも、魔法を使えないならケリュケイオンに連れていけないわ!
「そこのメイジ、私のどこを見て魔法を連想するの」普通は連想しないわよね。あたしも前評判なしならそんなおかしなこと考えないわ。でもメイジでないならチェイスの言ったことと矛盾するのよ。どこで見落としたのかしら。
デットエンドは混乱するあたしを冷ややかに見て腕を一振した。右腕にしびれが走り、杖がはじけてまわりながら飛んでいく。ぎゃあ、なにするの!
返事の代わりに剣を首筋へつきつけられたわ。
「私を探しているようね、メイジ」まるでペンでも扱うような軽さだわ。でも剣は剣、デットエンドが一歩進めばあたしの首はさよならよ!
「下手な聞きかたして、おかげで3ヶ月はうわさになりそうよ。あんな不器用なたずね人はじめて聞いたわ」なんでしっているのかしら。うわさってそんなに早く広がるものなのかしらね。
「で、なんのよう?」探していた本人がでてきて用件を聞くのだからすごく運がいいはずなのに、なぜかしら、あたし絶体絶命のような気がする。
「返答しだいでは二度とマーカスシティにくる気にならないようにするから、正直に丁寧に話したほうがいいわよ」う、怖いわ。チンピラではない、本物のすごみというやつね。
逃げられないごまかせないならしょうがない。ケリュケイオンに連れていくことをふせて後は話しちゃいましょう。ただ人探しをしているのだったら、それだけで殺されはしないわきっと。
「そうよ、あたしはデットエンドを探していたの。あなたがクロウを殺したって聞いて、どんな人か見たくなったのよ」剣が動いたわ。横なぎに走ってつんであった木箱を切断してごみの山を崩し土煙をおこした。急な動きだったからあたしの首も少し切ったのかもしれない。文句をいおうと思ったけど、まだついているだけましと考えなおしたわ。
「私は殺してない!」え?
「クロウは私の相棒よ、だれもあてにできないマーカスシティで唯一私が背中をあずけられる男だ。私がクロウを殺す? 寝言は死んでからいって」血走った目でせまらないでほしいわ! 死んだら寝言も話せないわよ。
「じゃあクロウは生きているのね」あたしはそっちの方が都合がいいわ。
「わからない、行方不明だ。殺されたといううわさもある」しぼりだすような声だった。「なにもしらないのね」触れただけで殺されそうな怒気がやわらぐ。ついでに剣も鞘におさめたわ。とっても安心できる動作なのだけど、さっきの目にも止まらない速さの抜刀から考えるに危険はさっていないのかもしれない。
「私とクロウはイーターを追っていた」イーターってだれ。
「悪党。以前はただのチンピラだったが最近大それたことを考えはじめた。私たちはイーターとその一味を追っていたけど、3日前クロウと連絡が取れなくなった」行方不明なのね。死亡よりはましだけど、どっちにしろ希望はとぼしいわ。
「イーターに殺されたの?」「私の聞いた限りでは配下にやられたらしい。今追っているところ。慎重なやつでどこにいるのかまるでわからない」
だれもが恐れるソードマスターなのに人一人のいどころがつかめないのかしら。じつは大したことないの?
「私はディテクティブでもスカウトでもないのよ、無茶いわないでっ」それもそうね。相棒のデットエンドでもクロウの居所はわからないの。
「あたしの聞いた話とはちがうわ。あたしはチェイスから聞いたのよ。デットエンドはメイジでクロウを殺したっていっていたわ」デットエンドの手がのびてあたしの頭を鷲づかみにした。いたいわ。握力だけでかなりある。
「チェイス? チェイス・ケイオスのことか」あら、よくしっているわね。
「そいつよ」デットエンドのいいたいことが、なぜだかあたしはわからなかった。
「チェイス・ケイオス。イーター一味のクォーツと武器全般を整備するエンジニア。チェイスがクロウを殺した」なんですって? どういうこと!
あたしはデットエンドの手をふりきって走りだした。疲れているし暗いけどかまうものですか。もう一度チェイスに話を聞くわ。どっちが正しいのか、なにが事実なのか確かめなきゃ!
前はうんざりするほど迷ったけど、今回はすっきり一発でついたわ。夜で景色も変わっているのになぜかしら。やっぱり2回目だからか、それとも怒りは感覚をすっきりさせるのかしら。
「チェイス!」明かりのついていない工房で声をはりあげた。本当は威勢よく扉を開けはなって入りたいところだけど、あいにく重くてそこまでできなかったわ。その分よく聞こえたのだといいけれども。
「メアリーか」チェイスは工房の奥にいたわ。なにものっていない机で憂鬱そうにひじをついていた。天窓から月光がふりそそいでぶきみだわ。
あたしは前チェイスを3日死んでいたと表現したわ。まちがいだった、3日どころか一ヶ月死んでいて、心臓とまったままなにかのまちがいで動いたりしゃべったりしているのよ。ディモスの眷属のほうが生気があるわ。
「1人か。デットエンドとはあえなかったんだ」「いいえ、あったわ。ちゃんと話もしたわよ。それでどういうこと? チェイスがいったこと嘘ばっかだったわよ!」
「うん。実は全部嘘」
しれっと認めたわ。なんてひどい人なの!
「そうか、信じたのか。演技力には自信がなかったんだけどね」しかも自画自賛しはじめたわ。
今から考えるとおかしなところがあったわね。あたしがメイジと騒いでから犯人はメイジといいだしたのだし、あたしの様子を見ながらおだててしむけたわ。なんでわからなかったのかしら、あれは全部嘘をついている兆候だったのよ。
「じゃあチェイスはクロウを殺した、イーター一味の極悪人なの?」あたしがつめよった時、すでにチェイスはあたしを見ていなかった。深いくまが浮かぶうつろな瞳は工房の扉を見つめている。
「そのことについては棚上げだ。後で話すよ」「冗談じゃないわよ、逃げるっていうの?」
「いいや、ちがう」
チェイスは機械鎧の義手をあたしの肩へかけてひきよせた。
「命がけで忙しくなる予定なんだ」工房の扉の上、雨水と油かすで汚れた窓が粉々にくだけちった。月の完璧な円が無数のガラス破片になってふりそそぐ。
落ちたのはガラスだけじゃなかった、人影も落ちていた! しっている人だわ、デットエンドよ!
デットエンドは高さなんてものともせず窓わくに足をかけ、髪を風にあおられるままにあたしたちを見下ろしている。表情が見えないのが怖いわ、まるで肝だめしをしていたらひょっこり魔獣があそびにきたような気分よ。
チェイスの行動はすばやかったわ。生身の手の中にかくしていたスイッチを押した。無造作にころがっているだけに見えたクオーツの部品がいっせいに発光し、フォースの光線が扉に向かって撃ちぬかれた! ほとんどは無人の重い扉にあたって乱反射しただけだけど、焦点がずれた数本はデットエンドに向かった。
デットエンドははやかった。まちぶせも罠も予測していたのかしら、風にのるかのような軽やかな動作で天井近くを走るふといパイプへとびのり、鞘におさめたままのバスタードソードを持ったまま跳んだわ。
「つっ」チェイスは机の引きだしをあける。ぎゃあ、中に入っているのは筆記用具でも別のスイッチでもない。2丁の銃器だったわ。拳銃というにはためらう巨大さで、素人のあたしでも危険極まりないとわかる。チェイスは両手で一丁ずつつかみ、遠慮もためらいもみせず銃弾をばらまく。
なにするのよ、弾が当たれば死ぬじゃないの! あたしは片腕にとびかかったわ。義手は重みでよろけて一丁あさっての方向へいく。どこかに無茶なあたりかたをしたのか跳弾してあたしのマントをかすめる。ぎゃあ、あたしまで死ぬわ!
自分に向かっている拳銃はまだ一丁あるのにデットエンドの足はゆるまなかったわ。パイプを盾代わりにしたかと思いきや、自分から足を踏みはずして落ちた! てっきりそこで骨でも折るのかと思ったけど、デットエンドは身軽だったわ。花びらとか羽毛とかを連想するほど軽やかな動きで着地し、壁をけり巨大な機械を足場にして、空を飛んでいるかのようにチェイスへと駆ける。すごい、あたしの心配はいらなかったわ。そういえば剣術の中に翔剣術というのがあって、極めた人をフェンサーと呼ぶそうね。デットエンドは正真正銘のフェンサーだったわ。うわさは過大評価じゃなかったのね。
チェイスは生身の腕の銃を持ちなおし、あたしの肩をつかんで自分の正面へ持ってきた。
あら? 視点が変わったのでいろいろなものがよく見えるわ。流れるような動作で抜かれるバスタードソードのかがやきとか、目をみひらくデットエンドの顔とか。
ぎゃあ、あたし盾にされた! チェイスの代わりに串刺しになる!
「がっ!」デットエンドは一瞬躊躇し、手元を狂わせたわ。
違う、自分からはずしたのよ。足を踏みだしすべてを貫く必殺の一撃の方向を自分からずらしたわ。バスタードソードは背後の壁にすごい音を立ててぶつかり、ちょっとチェイスの作業着とあたしのマントをもっていった。風圧であたしの髪がはねあがるほどすごい勢いだった。
チェイスはあたしをはなして銃口をデットエンドのこめかみにおしあてた。
「はい、完成」「きさま」
「デットエンドの神速の突きは有名だ。そんなものに真っ向から対抗したら死んでしまうよ。さいわい情にあつく無関係な殺しはしないそうだからね。利用させてもらった」
動かないまま殺されそうだというのに、デットエンドの視線はそれはもう怖かった。視線だけで人を殺せるわ。
「僕はクロウを殺していない」「……なっ」
デットエンドの目が見開いたわ。クロウを殺していないってどういうこと?
「デットエンドがだれに聞いたかはしらないが誤解だ。僕は関係がない」無視されたわ。蚊帳の外よ、なにが起きているのかよくわからない。
よく考えたらあたしにもチェイスを恨む理由はあるわね。だまされた上盾にされたのよ。危うくもずのはやにえになるところだったわ。急に腹がたってきた。
「関係ないってどういうことよ、あたしをだましてなにをしようとしているのよ。ちゃんと説明しなさい!」あたしはふり返って土気色の顔をなぐりつけたわ。「あでっ」向こうもよろめいたけどあたしもしゃがみこんだ。いたい! にぎりこぶしって叩くほうもいたいのね、こんなことなら平手にすればよかったわ。
あたたたとちっともいたそうに聞こえない声をあげて、義手で顔をぬぐう。あたしを見て「わかったわかったよ。ちゃんと話す、だから手を下ろして」投げやりにチェイスは口を開いたわ。どうやら真実を語るときがきたようね。やっとだわ。