三つ首白鳥亭

−キョウとサキ−

傷について

「サキ、君の眉間の傷は実にひどいね」

今までどれだけの人間に読まれたのだろう、薄汚くよごれたシャーロックホームズを読んでいたサキは顔をあげた。

「なんの話だ」
「本当にひどい、生々しくきたない。いったいどこでつけてきたのだか、君の顔を余計恐ろしく直視しがたくしている。けんかかい、事故かい。それとも自分で意図的につけたのかい。どうにしろ君の外見は恐ろしく、見るにたえられないね」
「キョウ、言いたいことだけを言え。何をたくらんでいる」

サキの額にはもちろん傷はない。サキがキョウに向けたまなざしは、この目で見つめられたら普通の高校生誰でも逃げ出すだろうほど鋭く冷たかった。

「たくらんでいるとは失礼な」

キョウは目を音が聞こえそうなほど大きく動かし、眉間に傷の代わりにしわを作っているサキを見る。キョウが手にしているコーヒーの表面が静かにさざ波立つ。

「そうにらまないでくれ。もちろん君は知っているだろうが、君がにらむと子供が泣く恐ろしさだ。僕は確認したかっただけだ、君が『ああそうだ、しかしそんなことを言わなくてもいいじゃないか』と言わないことを」
「存在しないものを認めて抗議するわけがない。私に限らず、大抵の人間はそうだろう」
「いや、実は意外とそうでないのだよ。認めて傷つく人間はいるんだ。眉間の傷は分かりやすすぎるだろうけど、これが目に見えて触れるものではなく曖昧な概念だと、結構勝手に打撃を受けるんだ」

キョウはコーヒーをその辺の机に置いた。

「いいかい、サキ。千年単位の長さで話し合われて古今東西ありとあらゆる言葉で表現されつくした人間の性格という物は、最終的に1人の人間に全て当てはまる。人の性格なんてどの性質がより強く表面に現れているかの違いだけで、内面はだれもそう大した違いはないんだ。最狂最悪の犯罪者も、後光を背負っている聖人も表面を選択しているだけで、内面は変わりがない。

話はずれるが、僕が思うにこの世に占いが大流行している原因の1つでもあるね。どんな人物も前に立って性格を適当に言えば当てはまるんだ、外れようがない。表面の性格を当てるのはもちろん、表に出ていないことをいっても内面に隠された性質を言い当てたと言うことで当たる。

話を戻そう。神経質なほど繊細で見当違いなほど細かい人間にも乱暴で粗雑さはある。他利主義で天使のように心優しい人間にもこずるくって身勝手で卑怯な面はある。どんなに社交的と呼ばれて場違いなほど明るい人間にも陰気で孤独を愛する事はある。だからサキ、全ての人間の悪口をいい精神的に傷つけるのはとても楽だ。適当になにかを言えばいいのだから。乱暴、卑怯者、根暗。粗野、醜悪、常識外れ、社会不適合者、欠点だらけの最悪な人間。こっちがどう思っていようと受け取るのは相手だ。言う言葉は何でもいいのだよ。相手は自分のかすかで内心奥深く眠り自分でさえ気づいていないような面を新たに発見し、勝手に苦しみ打ちのめされる。実の所、サキのように言えばいいのだがね。何のことだ? 言っている意味が分からない、そんなことは知らない、勝手に物を言うな、とね。そう言えない人間が圧倒的多数を占めているね」

「だから傷か」
「そう、分かりやすいだろう?」
「実験が成功してよかったな。満足だろう」

サキは足を組み替えて、手にしている本に視線を戻した。

「そうつれない事を。僕はサキが僕が想像した通りの反応でとても満足しているというのに」

キョウは他意はなかったことを示すように手を大きく振り、またコーヒーに手を伸ばした。コーヒーはさめてはいたものの濃厚な香りと苦味は薄れていず、キョウの満足に更なる彩りを加えた。