三つ首白鳥亭

−キョウとサキ−

旧友について

「昨日の夜、古い友人の夢を見た」

会話の口火を切ったのはサキだった。キョウは古い推理小説から目を離しコーヒーをすするのを止める。その本は古典中の古典とも言われるものだが、だからといって名作というわけではなかった。

「当時非常に仲のよかった友人だが、もう7年は会っていない。夢の中で私は今の年齢のままで、その友人は最後に会った時と同じ外見をしていた。当時とまったく変わりないような話をしては喜んでいたよ。すっかり忘れていたが、夢に見ると懐かしくてしょうがない」

サキは視線を宙にさまよわせた。先ほどから開いている理化学辞典は1ページも進んではいない。

「だったらその友人と直接話してその旨を伝え、夢の続きを実現したらどうだね。そのほうがここで僕に伝えるよりは生産的のはずだ」
「そうしたいが、できない」
「その友人は消息不明なのか?」
「そうともいえるな。住所は知っているし、何回も彼女の自宅に遊びに行ったから迷わず着くだろう。しかし会いにくい。彼女とは良い別れ方をしていないし、7年もたって今更会ってもどうしようもないからな」
「なるほど。サキにしては珍しい感情を抱いているようだな」

キョウは変色して砂色をした推理小説を机に置いた。

「キョウはどう思う。今からでも彼女の家に行って再会し、友好を再び結んだほうがいいと思うか?」
「それは君が決めるべきことだ、僕がそのことで助言をしてもサキの気に食わないことだとしたら聞かないだろう。しかしそれを踏まえて言うのだとしたら、止めておいた方がいいということになるね」
「ほう、どうしてだ」

サキは紅茶を手に取った。キョウはコーヒーマグを机に置き、身振り手振りを交えて話し始める。

「じつをいうとだね、僕にも似たような経験がないわけではない」
「キョウにも友人がいたのか」
「失敬だな、もちろんいるさ。サキほど古い友人ではないが、よくともに語り合い、くだらないことで大笑いしていた。その時は親友だと思っていた。しばらく会っていなかったのだが、きっと行動形式が似ていたのだろうな、この前街で偶然であった。

しかし会ってみてがっかりしたよ。彼は変っていた。話も共感できる部分が少なく弾まない、趣向も短い間に変化していた。もはや彼は僕が友と認めていた人物ではない、その面影がある別の人物だった。

残念だがサキも思い切ってその友人宅へ訪れ対話をしても、得るのは失望だけだと思うよ。君が経験をつんで成長しているように彼女もまた違う道を歩んで成長しているんだ。君の友はもういない、この世の何処にも。だから君が友を求めていくら懐かしがろうとも彼女に会えることは消してない。なぜならば君が懐かしがり恋しがっているのは昔の思い出であり、そこに君と君の友が入り込む余裕は何処にもないからだ」

サキは紅茶を手に取った。やさしいアールグレイの香りが漂う。

「そうだったな」
「おや、納得したのかい?」
「いや、私が思い知ったのはおまえの意地の悪さだ」

キョウはいかにもうれしそうに声を出さずに笑った。

「それはすまないことをしたね。ならば僕の忠告を無視して会いに行ったらどうだ?」
「その気はうせた」
「それもひょっとして僕のせいかい?」
「そうだ」
「そうか」

サキの表情はいつもの無表情だった。キョウはさほどすまなそうにも見えずにぬるくなったコーヒーをすすった。