キョウとサキ。2人がいる。
1人はキョウ。キョウとしか呼ばれないのでその名が今日なのか凶なのか狂なのか、それは分からない。高校生らしく黒いブレザーを身につけ、くしを通していなさそうな乱れた黒髪の下には、冷笑とも物見高いとも無邪気とも判断のつかない表情が存在している。コーヒー党でどんな時でも熱いコーヒーを入れてさめてぬるくなるまで待ってから飲む。眼を楽しそうにきらめかせてキョウはいろいろな話をする。大抵はどうでもよいことだったり、話す価値もない日常茶飯ことであるが、それをさも重大なことのように扱い、息をつく暇もなくたたみかけるように話す。人を見下したような、小ばかにしたような口調は相手に同意も反論も求めてはいない。彼が話したいから話す。
1人はサキ。やはりキョウはサキとしか呼ばないので咲なのか先なのか、それとも裂なのか分からない。いつも地味な服を着て、とび色に染めてシャギーを入れた髪を長い紐で1つにくくりつけている。あまり表情を表に示さず、そのくせ目は見る人を射すくめるかのように鋭い。紅茶党で日によってさまざまな種類の紅茶を入れて上品に飲む。サキはキョウの話を黙って聞いている。本当に聞いているのか、聞いているふりをして心を遊ばせているのかは分からない。キョウの長い長い話の中ではサキはたいてい古い本を手に取っていて、キョウの方など1回も見ない。それでも話が終わると閉じられたままの口を開け、愛想笑いすらせずにいかにキョウの話がくだらないかを指摘する。
古い図書館だった場所がある。
日坂高校の裏山に、校舎から5分も歩くとかつて図書館として扱われていた離れの建築物がある。はるか昔は近代的だった建物は今では古臭く、それでいて骨董としての価値は微塵もない。かび臭くほこりと泥に溢れて、所々にくもの巣が張られ虫がうろつき野良猫の住処となっている。7年前、校舎のすぐそばに高名な建築家が設計した新図書館が出来たと同時にここは使われなくなった。書物の大半は新図書館に移され、今ここの木の本棚を飾っているのは古すぎる本、新版が出た本、技術の進歩により読む必要がなくなった本、運ぶ労力以上の値打ちが見出されなかった書物だった。
もう人々の記憶から失われ、取り壊すことさえも忘れられた古い図書館に2人はいた。放課後、ブラスバント部の低音が鳴り響く時間帯、打ち合わせたかのように彼らは旧図書館へ足を運び、まだ生きている水道管から水を拝借し、お茶を沸かし本を読み、そして無価値なことを話し合う。
2人の会話に始まりはない。2人の会話に終わりはない。
秩序はない。善意はない。理性はない。何もそこに意味を見つけることができない。
忘れられた図書館。
未熟でどこかおかしく奇妙な人格の2人。
くだらない、どうでもいい、ありきたりなことを話して聞かせて、黙って聞く。
そんな、どこにでもある、ありふれた放課後。