三つ首白鳥亭

−ミトドケテホシイ−

4.旧図書館

旧図書館は入ったことはない。入ったことのある生徒はいるのだろうか。数年前に新図書館とそれに付随する視聴覚室ができて、旧図書館は閉鎖された。旧図書館は建物を再利用する計画もなく、かといって解体もされず、施錠されて新図書館の奥に、山に半分埋もれるようにそのままある。窓が割れたり壁がひび割れたりといった荒廃はしていないけれど、不気味で近寄りたがる生徒はいない。もっとも日坂高校だから興味本位で近寄ったり入ろうとする生徒は珍しくないのだけど。

正面の扉に手をかけて、やっぱり鍵がかかっているのを確認した。ガチャリと無慈悲な音がする。

「旧図書館の鍵も知っているとか、ない?」
「さすがにそこまでは」

実のところ本気で期待していたのだけれども。そううまくは行かないということか。

「探すよ。とりあえず、今日はここまでにしよう。人に聞こうにも結構帰っちゃっているし」
「分かった。旧図書館の鍵はまた後でね」
「卒業アルバムもね。それで一条大介を探す」

青梅は少し考えてから言った。

「あんまり時間はないみたいだ。生徒会室とコンピューター室にあったのは卒業式の日、午後5時。それまでに急いで旧図書館のキーワードを見つけよう」
「うん」
「じゃ、もう帰ろう。結構遅くなったね。家に連絡しなくても大丈夫?」
「ん? わたし? うん、大丈夫大丈夫」

連絡しなくちゃいけない家族はいない。

「そっかあ。いいなあ。俺、連絡しないとうるさくてさ」
「へえ。男の子なのにね。部活でも?」
「部活でも。もともと遅くなること分かっているのに、あらかじめ言っておいて、なおかつメールしないといけない。面倒だよ」
「大変だね。わたしはそんなことないよ」
「いいなあ」

わたしたちはたわいもないことを話しながら、薄闇の中不気味に立っている旧図書館を後にした。

それから4日、土日含めて青梅は旧図書館の鍵を探そうと空しい努力をした。わたしには努力するほどの人脈はないので、苦労したのは青梅ひとりとなる。もう先生も用務員さえも立ち入らない旧図書館は、だれがどこに鍵を保管しているのかまるで分からなくなっていた。もし先生たちに用があって真剣に探したのなら見つかったのかもしれないけど、わたしたち生徒の立場は弱い。

無駄に費やした訳ではなかった。青梅は卒業アルバムを見つけた。

「校長室だって! 3年生の先輩が教えてくれた。校長室には歴代の卒業アルバムが並べてあって、その人読みたくってうらやましかったって言っていた」
「校長室? じゃあどうやって入ろうか」

校長室は教員室の隣にある。校長先生はひとりだから不在の隙を見て入るのは簡単だけど、先生たちの目はどうやってごまかそう。前に青梅がやったみたいに堂々としていようか。それともわたしたちは2人だから片方が見張りをしてもう片方が素早く侵入か。

「やっぱりわたしが見張りをして、青梅くんが入る?」
「なんの話? それで校長先生にアルバム見せてくださいって頼みに行こうかと思っているんだ、今日の休み時間に。沈丁さんも一緒にきて。人数は多い方がいい」
「ああ」

普通に頼めばいいんだ。別に番をしている訳でもないし、見て先生が困るものでもないんだし。思いつかなかったのが恥ずかしい。

放課後、青梅と一緒に校長先生に頭をさげに行った。初めてまともに見る校長先生は思った以上に気さくで、わたしたちの訪問を喜んで迎えた。今すぐに、とは先生にも用があるからできないけど、明日の放課後部屋を開けるから自由に入って見ていいということになった。簡単すぎて拍子抜けするほどだった。

「校長先生、普段生徒と話さないから嬉しかったのかな」
「どうだろ。でもあっさり決まってよかったね」

よかったといいながらも青梅は口数が少なかった。なにかを考えているみたいだ。なにを考えているのだろうか、聞くつもりはないけど気になる。旧図書館の鍵かな。

「ねえ青梅くん。旧図書館の鍵、まだ見つからないんだよね」
「うん。全然分からない」
「無駄になるかもしれないけどもう一回行ってみる? なにか分かるとは思わないけどさ」
「えー」

嫌そうだった。無駄だよと口から出かけたのが見えた。でもどういう訳か青梅は飲みこむ。

「……そうだね、行ってみよう」

提案したわたしとしても、ちょっと意外だった。

旧図書館は薄暗い空の下、不気味だった。敷地の外れにあるから人の気配はまるでなく、ここだけ学校ではない気がしてくる。

「どこにあるのか」

青梅は困ったように旧図書館を見上げている。もう探すところは探して、聞くところはすべて聞いて、困っているのだろう。

「……もしかして、中じゃないのかもしれない」

急に思いついた。

「どういうこと?」
「生徒会室やコンピューター室は部屋の中に手がかりがあったけど、旧図書館はこんなに大きいんだし人もこない、どこか外側の窓にこっそりメモを差しこんでもだれも気づかれないんじゃないかなと思って。だれか気づいてもただのらくがきメモだから無視されるだろうし」

青梅は黙ってわたしを見た。なんだか馬鹿にされているんじゃないかと思って慌ててしゃべる。

「あ、うん、勝手に思っただけ。単に鍵を手に入れるのが大変なら、手がかりメモをまいているだれかだって入りにくいだろうし、校内の部屋じゃないんだしと思って、ごめん」
「うん」

わたしは気まずくなってうつむいた。青梅はぼんやりとした表情でまたしばらく見上げる。

「ちょっと行ってみる」
「え、なにを?」
「もしかしたらそうかもしれないから、周囲を探してみる」

青梅がわたしの提案を採用するなんて、珍しいことだ。卒業式は雪が降るのかもしれない。

青梅は雑草で生い茂った地面に上履きのまま踏みこんだ。わたしもぼんやりとついていく。山と旧図書館がほとんどすれすれの場所に身体を横にして入りこみ、真剣に旧図書館を調べる。

「あれだ」
「わ。どうしたの」
「あそこ、開いてる!」

青梅は興奮したように旧図書館の窓を指差した。ごく普通の1階教室にある窓だ。高さざっと180センチ、直接床に接している。

「鍵がかかっていない!」

走って青梅は窓に手をかけた。砂でがたついたものの、なんの障害もなく開いた。

「入れるね」
「入ろう」

足跡がつきそうなほど土で汚れた上履きで侵入する。わたしも興奮して後に続いた。中は暗い。外がもう明るくないのでほとんどなにも見えなかった。視聴覚室らしい。変わった形の机や椅子にはほこりが分厚く積もっている。長居すると喉に悪そう。

「だれか入っていたみたいだ」

青梅が床を見ながら言った。床には先へ続く道があった。ほこりっぽかったところにだれかが何回も往復をしたせいで獣道のような跡がある。わたしはしゃがみこんで確認した。何人か、何往復したのかはもう分からないが、上履きの跡であることは間違いない。

「行くよ」

わたしは怖気づいたのだが、青梅は全くそういうことはないようだった。大またで行ってしまう青梅を、しぶしぶわたしもおっかなびっくりついていく。

旧図書館は1階は視聴覚室や相談室と名前のついた教室で、図書館そのものは2階のようだった。なにかに似ているなと思ったら、なんのことはない、わたしも利用したことがある新図書館に似ているんだった。足跡に導かれて2階へ上がる。旧図書館の中は外観よりもずっと不気味で暗く、正直お化けや妖怪が出てもなんとなく納得してしまいそうだった。

図書館の本棚はすかすかだった。見渡す限りほとんど空。それもそうで、きっと新図書館が完成したときに移動したのだろう。奥の本棚に数冊倒れている本があった。

足跡はここからいっせいにあちこちに散らばっていた。好き勝手に本棚の間をうろつき、開けっ放しの司書室に頻繁に出入りし、貸し出しカウンターに腰かけたらしい跡まである。だれにも見られることがなかったせいか、相当勝手に行動していたらしい。司書室の奥には周囲から浮いている白い布巾がなにかを隠していた。ためしに行って持ち上げてみるとティーカップとコーヒーカップ、さらにインスタントコーヒーの瓶やティーポットまであった。だれかがここで優雅にお茶をしていたみたい。こんな気味の悪い場所でよくもお茶会をしようなんて思うものね。よっぽど変な人が出入りしていたのだろう。

青梅はあるはずのない生活臭には興味を示さず、貸し出しカウンターの上に放置されている大学ノートを手にとった。ごく普通のノートだ、わたしだって買ったことはあるし購買部に行けば6冊セットで販売されているものだ。別にあってもおかしくはないけど、やけに新しそうなのが気になる。紺色のノートを青梅は開けた。

「なんてある?」

わたしものぞきこんだ。中には一言、丁寧なボールペンの字で「参加しますか?」と書かれていた。

「青梅くん、これって」
「待って」

青梅はかばんからシャーペンを取り出し、すぐ下に書きこんだ。

「はい」

「きっと一条大介は頻繁にノートの書きこみを確認しているんだと思う」

旧図書館を出てから青梅は語った。青梅も旧図書館の息苦しさ不気味さを感じていたのだろう。口数が多い。

「ということは、ここを見張れば一条大介に会える?」
「会えるだろうけど、でもなあ。一日中見張っている訳にもいかないよな」
「まあね。授業だってあるし」
「夜には帰らないといけないんだし。放課後は見張れるけど、さすがに相手だって分かっているんだから避けられるのかもしれないし」
「難しいよね」

なかなか漫画のようにはいかない。

「でも、なにもなかったね。卒業式の夕方5時なだけ」
「ああ。これじゃどこでなにをするのか分からない。体育館かな。卒業式はそこでやるんだから」
「さあ」

もっと分かりやすくしてくれればいいのに。急に難しくなった。

「後さ、俺、考えていたことがあるんだ。今日のノートで多分そうだろうとよけい思うようになったことなんだけど」
「何?」
「一条大介という人は実在していないんじゃないか」

よく分からなかった。

「どういう意味? メモをあちこちにまいている人は実はいないってこと?」
「手がかりを俺たちに探させている人は間違いなくいるだろうけど、その人のペンネームとか芸名とか、ただの仮名じゃないかと思っている。現実に一条大介という人間はこの世にはいない」
「なんでそう思うの?」
「まず、一条大介は在校生じゃない」

うん。先生に確認したからね。

「ならOBかと思ったけど、そうでもないはずだ。だって今までの手がかりは在校生でないとこっそり置けないから。学校で生徒でも先生でもない人がうろついていたらすごく目立つ。それなのに生徒会室もコンピューター室もその人は入りこんでいる。まあ旧図書館は外だし、こっそり入ることはできるけど、他のは駄目だ。いくらうちの高校の警備がゆるいって言っても限度があるよ。だから一条大介は外部の人間ではない」

言われてみればその通りだ。廊下を生徒でもない知らない人が歩いたら遠くからでもすぐ分かる。学校は放課後部活動を盛んにしている。人気がとぎれることはない。

「夜に忍びこんだってことは?」
「用務員さんもいるんだし、鍵がかかっちゃうだろ。加えてばれたら不法侵入で警察沙汰だよ。そんな危ないことしなくてもいいじゃないか」
「そうか」
「だから一条大介は外部の人間ではありえない。ゆえに一条大介は実在していない。だれかが適当に作った架空の人物だろう。そういう推理だ」
「うーん」

言われてみれば正しい気がする。ならわたしたちは架空の人物に従ってうろうろしているのだろうか。今まで一条大介を探してきたのは無駄だったのだろうか。

「まあ一条大介って名前じゃなくても、俺たちを振り回している人はいるんだから、そっちを追っていけばいいんだよ」
「そう」

わたしはあいまいに頷いた。

「とりあえず、もう帰ろう。メモをまいた人を追うのは手がかりがなさ過ぎるし、もうできることもないし」
「分かった。帰ろう」