三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

赤い山脈 3

しなびた情報屋の一角で、俺とキャロルはフォールストの食べっぷりに当てられていた。一応俺たちも自分の料理を注文してはいたし、昨日からろくに食事をしていないのだから空腹でしょうがないはずなのだが、まだ1口も手をつけてはいない。フォールストは3日どころか5日は食べていなかったような勢いで片っ端から皿の上の食物を食べていた。ハム、ソーセージ、シチュー、黒パン、煮野菜を山盛り、ゆで玉子、オールミート粥、パイに干し肉、ミルク煮、チーズにビスケット。全部1人で食べた。

最後に黄色い香ばしいお茶をすすってから、フォールストはほうっとため息をついた。

「落ち着いた?」

明らかに呆れた様子でキャロルが頬づえをついた。

「うん。おごってくれてありがとう」

フォールストは少し恥ずかしそうにうなずいた。

「で、何でそんな、行き倒れ寸前にまでなっていたの?」
「それがね」

いつもの調子を取り戻して、フォールストはカップをテーブルの上に戻した。

「お金がないからフロイタで弾いて稼ごうかと思っていたのだけど、ちっとも儲からなかったの。他の街へ行く体力はないし、進退窮まっちゃって」

俺は奇妙に思った。フォールストの演奏は天才的だ、とまで持ち上げるつもりはないがそれなりには聞けたはずだ。倒れる一歩手前まで金に困るというのはおかしかった。

「芸術ってのは大変なんだな」
「ううん、違う違う。言い訳するつもりはないけど、わたしが下手だから見向きされなかったのじゃないの」

危機を脱したからか、フォールストは笑って続けた。

「今ここは緊張しているの。わたしもここに来てすぐには分からなかったのだけど、街の宝物をめぐって揉め事が起きていてね、人々は音楽に耳を傾ける余裕がなかったの。分かったときは遅かったけどね」
「街の宝って、何?」

俺は心拍数が上がってきた。それは俺たちが目的の精霊石では。

その時情報屋のドアが開いて、客が入ってきた。大した思慮もなくそちらを見て、そのまま目が釘付けになる。俺だけじゃなかった。キャロルやフォールスト、関係のない全ての店内の者が新入の客を向いた。

小柄な男だった。身長は150センチも行っていないだろう。肩までざっくらばんに切られた黒髪に周囲で起こっている出来事全てに対し無関心そうな黒い瞳。入り口の所で置いた身長よりはるかに長い槍と、腰にくくりつけてある袋以外の荷物はなく、服装は額に蒼い石がはめ込まれているサークレット以外はほとんど黒ずくめの簡素な格好だった。それだけでも十分に注目されるだろうが、人々の目を集めたのはその背にある漆黒の翼―小さくたたんではいるが、広げれば上半身はすっぽり覆うことができるだろう、鳥のような羽が背中にあった。

視線を感じたのか、男は顔を上げて、俺たちへその黒い瞳を向けた。俺は慌てて目をそらし、キャロルははなっから見ていないというように振る舞い、フォールストは笑みを浮かべて会釈をする。男は関心がなさそうに俺たちの行動全てを無視してカウンターへいき、雰囲気に飲まれた店員へ宿を取ると、そのまま2階へ上がった。

1階にやっと平常の時間が戻った。

「黒翼族か」

キャロルが男が去った階段を見て呟く。

「黒翼族のミサス」

フォールストがお茶をすすりながら追加する。キャロルはフォールストを見た。

「知っているの?」
「ううん、話で聞いた事があるだけ。そうかなと思って」
「黒翼族って何だ?」

恥ずかしながら、これは俺。しかしキャロルはいつものようにからかわなかった。

「比翼族は分かる?」
「ああ」

比翼族は背中に真っ白な羽を生やした者だ。体格は小柄で、白人のような肌や髪の色をしている。前に俺はそれに見とれて危うく迷子になりかけた。ちなみにイーザーいわく、白だけではなく鷹のような褐色の羽の者もいるらしい。

「比翼族の親戚で、黒い羽を持つ種族。優れた独自の魔法を使う代わりに空を飛ぶ力を失っている」
「え? 羽があるのに飛べないのか?」
「うん。滅多に人前には姿を現さない種族で、あたしも見たのは初めてだ」
「へぇ。でもフォールストは何で名前まで知っているんだ?」
「彼は有名だから」

にこにことフォールストは口を開いた。

「黒翼族のミサス。その道では有名な傭兵魔道士よ」
「傭兵って?」
「おいおい」今度はキャロルは呆れたようだった。「そんな事も知らないの? 傭兵って言うのは金もらって戦う犬の事」

にやにやと笑うキャロルは傭兵自体をあざけっているようだった。

「傭兵って言うのは普通に食っていけない奴らがなる仕事だよ。でも魔道士は知識と教養がないと出来ないから存在自体が珍しい。自ら進んでちっぽけな金のために命を削ろうっていうのだから、どんな事情があるんだか」
「ミサスはその傭兵たちの中でも一騎当千の腕って言われている。本当に1人で小軍を滅ぼしたっていう話もあるよ。いつも一人でいて、戦いの度に雇われて、終わったらまたどこかへ行くって言う変則的な行動をしている。でも、もし戦いがあれば誰もがこぞってミサスの前に大金を積むでしょうね」

俺は内心フォールストの情報通に舌を巻いた。

「ずいぶん詳しいな」
「珍しい黒翼族の、珍しい行動をする、珍しい傭兵魔道士。しかも腕はいい。とってもミサスは有名だよ。知っているからといってそう大した事じゃないって」
「そんな事より、この町の宝って」

キャロルが強引に話を戻した。

「あ、そうそう。どこまで話したっけ」
「街の宝について」
「あ、そうだったね」

事情を知らないのでフォールストはおっとり構えている。俺は落ち着くためにこっそり深呼吸を繰り返した。

「どんな宝なの?」
「大きな宝石だって。真紅で、じっと見ていると周囲に陽炎のような物が浮かび上がるそうよ」
「まるで炎の精霊石みたいだな」

俺は慎重に付け加えた。ああ、とフォールストは手を振る。

「まるで、じゃなくてそのもの。滅多にないほど大きい炎の精霊石その物だって」
「!」

何でも、とフォールストは俺たちの考えている事など少しも気にせずに続ける。

「昔、ここ一帯で奇妙な病気が流行してね。身体が冷える病だって。その時、灰エルフの炎の巫女が来て病気を祓ったの。巫女はいずれまた病がこの地で再発するだろうと考えて、その治療のために炎の精霊石を創り出してここに保管してもらった、そういう話が伝わっているよ。ところで2人ともどうしたの? 変な顔だよ」
「いや、気のせいだ、何でもない」

そっくりそのまま、大当たりだった。俺は興奮を抑えきれずにキャロルに制された。

キャロルはわざとらしい咳払いをして、話を続けるように促した。

「で、それから?」
「うん、そういうわけでその精霊石は街で大切に保管していたんだけどね、問題が起きて」
「どんな?」
「街の重役の1人、グレイ・エルイルっている人がいるんだけど、その人がこの街の人ではないからか、石を大切に扱っていないのよ。若くて有能な人だけど、盗まれるといけないって一般公開を禁止したり、果ては首都の偉い人に納めようって言い出しているみたいだよ」
「げ」

ひょっとして、この上まだ首都に行かないといけないのだろうか。冗談にしてはひどすぎる。

「まだ、この街にあるのよね?」
「うん」

よかった、杞憂だった。

「でもいずれそうなるかもね。確かにそれは街の宝だけど、ここに置くよりは中央に送った方がずっと今後の街の発展のためだもの。街の偉い人たちも、大方グレイに説得されてその気になっているみたいだし。でもそんなのひどいって人々は反発しているよ。それで街は冷戦状態になっているの」

困った困った。フォールストはそう締めくくり、またお茶を飲んだ。コップが空になる。

俺たちにとっては笑い事ではない。楽ではないとは予想していたものの、それじゃ精霊石を入手するのは不可能じゃないか。これでひょっこり貸してくださいと出向いたら殴られそうだ。

「ごちそうさま。とてもおいしかった」

フォールストは席を立った。肩に荷物をかけてリュートを背負う。

「あれ、どこへ行くんだ?」
「さぁ。とりあえず別の所へ行かないと稼げないから、どこかへ行く」
「もう?」

さっきまで行き倒れていたのに、早過ぎないだろうか。

「うん。じゃあ、アキト、キャロル、縁があったらまたどこかで会おうね」

近くのコンビニへ行くような気楽さで、フォールストは手を振り、行った。

「……変な人」
「でもおかげで色々分かったんだ、感謝しようぜ」
「まぁね。どっから聞いたのやら」
「で、どうする?」

確かに情報は手に入った。でもますます窮地に追い込まれたような気がする。とても精霊石を借りられそうにはない。不安な俺とは裏腹に、キャロルは不敵に微笑んだ。

「任せて、あたしに考えがある。1日頂戴、確実に借りて見せるわ」
「うっそ、どうやって!」
「内緒」

キャロルは人差し指を振った。どうやるのか俺には想像もつかないけど、キャロルの事だ、任せても問題はないだろう。きっと考えもつかないような奇抜な手を使ってまんまと入手するのだろう。

俺は間違っていた。考える事を放棄した俺の正面で、キャロルは古典的手段を思い巡らせていたのだった。


翌朝、キャロルは消えた。俺は心配しなかった。どうせその方法へ向けて動き出したのだろう。一言も言わずに行ったのに不満がないわけではないが、何か考えがあるのだろうと俺は気にしなかった。

夕方ごろ、消えたのと同じくらい唐突にキャロルは現れた。

「アキト、行くよ」
「キャロル、いきなりいなくなって、やっと帰ってきたと思ったらまたそんな唐突に」
「早く」

訳の分からないまま、俺は荷物を持って外へ出た。夕刻とはいえ、まだまだ空は明るい。そこで改めて、今のキャロルは半獣ではなく人間である事に気がついた。

「あれ、キャロル」
「後で説明するからついてきて」

俺はキャロルの後ろをついていきながらこっそり観察した。前より背は高く、俺とほとんど変わらないくらいだった。以前は獣の物だった身体のあちこちは人間になっている。今のキャロルはどう見ても人間で、俺はそれが何となく不思議だった。半分動物というのに違和感を抱いていたはずなのに、いつの間にか慣れていたらしい。

すぐに昨日入っていった門へ出た。のんびり監視している門番へキャロルはいかにも重要事件が起きたように走る。

「大変だ、大変だ!」
「どうした、慌てて」
「石が、炎の精霊石が盗まれた!」
「何ぃ!?」

門番は仰天した。何を隠そう、俺もだ。

「誰が、そんな事を!」
「さぁ。犯人はここから逃げたらしい。今から追いかける。馬はある?」
「1頭しか……」
「それでいい、借りる。行こう」

俺はぎこちなくうなずいた。キャロルが何をしているのかさっぱり分からないが、なるべく調子を合わせようとする。門番とキャロルの会話はまだ続いているが、俺はろくすっぽ聞いていなかった。

「まだ犯人が中にいる可能性がある。こっちの門は閉じて、1人たりとも出すな。これは上層部からの命令だ」
「分かった」

キャロルが茶色の馬を引きずり出すと同時に、分厚い門は閉ざされた。

「アキト、あたしの後ろに乗って。馬はどれくらい乗れる?」
「乗った事がない」見るのもこれで2、3回目だ。それを聞いてキャロルはうめいた。
「念のために聞いたのに、これだから。何とかするから、早く乗って」

馬は想像以上に大きく、またがるだけでも一苦労だった。恐る恐る乗って、バイクの2人乗りみたいにキャロルの腰に手を回した。キャロルは気合の入ったかけ声と共に、馬を走らせた。

何がなんだか、さっぱり分からなかった。

走っている馬はものすごく揺れると言う事を俺ははじめて知った。1分乗るだけで気恥ずかしさも吹っ飛んでキャロルの腰に力いっぱい抱きつき、3分もすれば尻と股座が痛み出して、5分でもうどんな暴走車も怖くはなくなった。口を開けば確実に舌をかむだろうし、視界は乱視の人ならそれが悪化しかねないほど揺れる。ようやく馬がだく足になった時、俺は地面に支えなしで立てるかどうか自信がなかった。

「で、アキト、何か質問は?」
「俺を降ろしてくれ」即答だった。
「駄目。まるで馬に慣れてないのね」
「そのうちキャロルを車に乗せてやる、くそぅ」

そんな機会は絶対にないだろうけど。キャロルは面白がっているように笑い、どこからか赤い石を取り出した。まるで中に炎が閉じ込められているかのように揺らめいてきらめき、無機物なのに温かみを感じる。俺の手よりも大きい石はキャロルの両手に確かに存在していた。俺はもう少しで馬から転げ落ちる所だった。

「さて、アキト、これなんだ?」
「炎の、精霊石」
「当たり」

知識も常識もない俺にだって分かる。まるで炎そのものを鉱物にしたかのような、鮮やかな緋色。俺はキャロルを見た。

「これを、どうやって持ってきたんだ?」
「アキト、万物は流転するんだよ。大切に倉庫の奥にしまってあったこれが今あたしが持っていても何もおかしくない」
「話し合いでもらえた訳でもないだろうし、金で買えないだろうし、ひょっとして盗んだのか?」
「当たり前じゃない」

罪悪感のかけらもない、あっけらかんとした肯定だった。

「それ以外の手段といったらもう強盗しかないし。なかなかの手際でしょ?」
「どうするんだよ! 絶対にこれを取り返しに街の人たちが来るぞ!」
「そうだね。でも門は閉ざしたし、これを集落に届けるための時間は稼げるだけ稼いだ。後は全力で行くだけ」

犯罪者になった事に動揺している俺とは違い、キャロルは淡々と説明した。どこにそんな度胸があるのだろうか。

「アキト、行こう。時間がない」

それだけは俺も同意見だった。


急ぎの旅というのはこんなにも辛いんだと俺は実感した。昼はずっと馬に乗っていて、夜は交代で見張りをして少しだけ休む。食事も1日1回だった。日本に戻ったらぜひ体重計に乗りたい。雑誌の裏広告真っ青に痩せただろう。

俺も慣れない馬でまたずれを起こすし空腹だしでそれなりに大変だったが、キャロルはもっと大変だっただろう。馬を操るのはキャロルしか出来ないからまかせっきりで、さらに夜はいちいち後ろへ偵察しに行った。俺が後ろでうとうとしてしまうような時でも目を開け周囲を警戒していた。全く頭が下がる。

そして3日ぐらいが経った。

「アキト!」

半分朦朧としていた俺に、キャロルはきっぱり言って後ろを向いた。

「ここは任せた」

連日の疲れを見せずにキャロルは馬から飛び降り、走り去った。走っているのに足音が全くないのに俺は感心した。

そんな事を考えていた俺はまだ寝ぼけていたらしい。しばらくぼんやり突っ立っていた。キャロルが戻ってきた時、今までで一番深刻そうに考え込んでいたのもすぐには気がつかなかった。

「こっちへ」

手綱を俺から取り、あってなきの道を外れて少し進んだ。すり鉢のようなくぼみを見つけるとそこへ馬を連れて行き、俺に降りるように言った。

「一体、何を見つけたんだ?」俺は深く考えずに聞いた。
「追手」

眠気も晴れる、分かりやすい答えだった。

「俺たちへの追手か?」
「それ以外に武装した数十人の連中がここに来る理由はないね」

俺もそれ以外の心当たりはない。俺たちがくぼみに隠れている間に追手が俺にも見えた。ざっと20人くらいで、それぞれ皮で出来た鎧や棍棒などで武装しており、それらを率いているのは俺よりずっと年上の男だった。軍とか部隊とか呼ぶには少ないが、俺たちにとっては十分な人数である。全員が馬に乗っていて、貨物用馬車まである。ここに来て結構たつので、それがどんなに贅沢な事かは理解できた。

「あ、あれ」
「黙って」

遠すぎて個人の区別はつかないが、最終尾にいる男だけは区別がついた。黒い服に翼、子供のような小柄な身体。昨日会った傭兵魔道士のミサスだった。


「何であいつがいるんだよ」
「あたしが知るか。追手の募集の時に雇われたんでしょ。最悪だ、あれが向こうにいるなんて。それに先頭の男はグレイよ」
「グレイ?」
「精霊石の管理をしている偉い人。当人が出てきたか」
「何で俺たちがこっちに逃げた事がばれたんだ?」俺は不思議がった。

「いや、なんでも何も、あたしはこっちへ来た事を隠した覚えはないけど。道は1つだし、すぐに分かるでしょ。でも、意外と早かったわ」

キャロルは頭をかいた。

「どうする? 奴ら、俺たちに気づかずに行っちゃったけど」
「戦闘要員ばっかり集めて、偵察要員を無視したからああなる。どんな任務も密偵なしでは挑んではいけないね」

キャロルは違う事を気にしているようだった。

「もしこれが急ぎの用でなければ引き返したいところだけど」
「火急の用だ!」
「だよね。回り道は不可」

キャロルは足で(性格には足爪で)地面を引っかいた。

「夜闇に紛れてあれを突っ切ろう」
「いくら何でもそれは無茶じゃないか?」

追われている者が追っている者を追い越すなんて、普通はしない。

「でも、あいつらは前にいるあたしたちを追っているんだよ。後ろから来るなんて分かるものか。それに馬も長い間歩きづくめで疲れている。あの中でのいい馬と取り替えたい」
「でもまたすぐに追いつかれるんじゃないか?向こうは大勢だし、馬は1人乗りだ。俺たちは2人乗りだぞ」
「誰かさんが馬に乗れないせいでね」

ぐっ。痛い所を突かれた。馬に乗れないのは俺のせいじゃない。馬なんて高原でしか見られない日本が悪い。

「その点はあたしが何とかする」
「何をするんだ?」

キャロルを信用していない訳じゃないが、何も聞かずにやらせる事も出来ない。これ以上の予想外はごめんだ。それに対し、キャロルは面白がっているような、それでいて冷ややかな笑みを浮かべた。

「ごくごく普通の事よ」
「だから、何だよ」
「内緒。今ここで喋って後の楽しみを台無しにはしたくない。ここで一休みをしてからあれの後をつけて、夜になったら動く。それでいい?」
「ああ」

俺はしぶしぶうなずいた。気にはなったが聞き出せそうにはないし、何より休めるというキャロルの申し出はあまりにも魅力的だった。休んでいいと言われた瞬間、どっと疲れが出て俺は座り込んだ。

そのまま夕方まで俺はまんじりとせずに寝ていた。キャロルも俺と似たような状況だったらしく、俺を起こしたときには目がとろんとしていた。

「じゃ、行こうか。静かにね」

俺は何も言わずに立ち上がって、頭を振った。少しはすっきりしたと思う。

日本では見られない赤茶けた山は暗く、迫り来る闇に包まれていく。俺1人だったらこんな、いつ足を滑らすのか分からない中を歩く気にはさらさらなれないが、地下道の一族であるキャロルはこれでも十分に歩けるらしい。一番嫌がっていたのは馬だった。なだめすかし、力づくで引きずる。クレイタの追手たちのキャンプに着いた時には深夜となっていた。

駐屯地は思ったよりもずっと静かだった。贅沢にも崖の狭間の道全てを使って天幕で寝泊りしている。金があるっていいなぁ。ぽつりぽつりとあちらこちらに明かりがついている他は何もなく、起きている人間なんて1人もいないような気がした。確かにこれなら誰にも見られずに突っ切れそうな気がする。

「アキトは先に行っていて。この駐屯所が見えなくなる程度の所まで」
「キャロルは?」
「後から行く」

俺1人か。正直言って不安だ。明かりは星と月だけ、ここは敵地で誰にも見つからずに行かなくてはならない。でも、だからといってキャロルの「小細工」についていく気はさらさらない。迷惑になるに決まっている。それにキャロルが1人で平然としているのに俺だけが怖いからいやだ、というのはみっともなさすぎて言えない。

しぶしぶ俺は覚悟を決めた。

「キャロル、気をつけてな」

俺は勇んで第一歩を踏み出した。

「言う相手が違うんじゃない?」

キャロルは場違いなほど軽やかに言ってくれた。くそぅ。


俺は明かりを避けて、スニーカーで抜き足差し足で歩いていった。ここまで静かだと、どんなにそっと行こうとしても音は出てしまう―土を踏む音、岩と砂がこすれあう音。終いには自分の関節の音さえ気になった。どうか誰にも見つかりませんようにと、古今東西俺が知っているありとあらゆる神様仏様に祈りつつ、俺は牛歩していた。ついでにここはカーリキリトなのだからここの神様にも祈った方がいいかもしれないが、全然詳しくないのでそれは止めておいた。

きっと日頃の行いがよかったんだろう。誰にも見つかる事なくずいぶん進めた。もし俺が心臓が悪かったら死んでたであろう緊張の中、俺は物陰から前方をうかがう。

ランプを持った見張りが暇そうにあくびをして立っていた。すかさず俺は天幕の反対側へ行く。明かりのない方、ない方へ進むうちにいつの間にか崖すれすれの天幕まで行っていたらしい。とても登れそうにない崖が天幕の近くにあった。

俺は進み始めてから何かがおかしい事に気がついた。何だろうと心の中で首を傾げる。

げっ。

進行方向中央辺りで、1人、崖に寄りかかっている奴がいた。

げえぇっ! 見つかった! やっぱりここの神様でないと祈りは届かないのだろうか。内心混乱に陥って逃げようとしたが、かすかに残っていた理性がその足を止める。なんだか相手の様子がおかしくないか? こんな時間に外にいるのもおかしいし、微動だにしないのもおかしい。

ひょっとして、こいつは死んでいるんじゃあ。

よく見ようと首を伸ばすと、かろうじて安らかな寝息が聞こえた。とりあえず、一安心。それと同時に俺の心の中でよくない事がささやかれた。

ぐっすり寝ているようだし、ひょっとしたら通り抜けても気づかれないかもしれない。危ないけど可能性はあった。せっかくここまできたのだし、いまさら戻ってしのび足をする気にはなれない。俺はそう決心して、その横を通り抜けようとした。

相手の正面まで後3歩、の所まで来て俺はそいつが誰だか気がついた。前に見かけたミサスだった。特徴がありすぎて見間違えようがない。伸びた髪の毛が覆い隠して、どんな顔なのか全く分からない。首をがくりと落として、毛布を被って安らかに寝ている。

なんか、フォールストが言っていたすごい魔道士の想像が崩れるな。何でこんな所で寝ているんだろう。いぶかしく思いつつも俺は足を止めなかった。

いよいよ正面の所で、何かが足元に当たった。軽い、しかし夜の静寂を破り、俺の心を凍りつかせるには十分すぎる音がした。現実から遠のく意識の中で、ミサスが持っていて立てかけていた槍に足を引っ掛けたことが分かった。

ミサスは首を上げて、立ち上がった。ここまで近くだといかに彼が小さいかがわかる。そんな事を考えるほど、俺は恐慌状態に陥っていた。逃げようと心は思うけれども、足がすくんで動かない。石化した俺をミサスはちらりとつまらなそうに見て、地面に転がっている槍を持って、今度は引っかけられないように傾斜を高くして立てかけた。元の位置に座り込み、毛布を被る。そして聞こえてくる安らかな寝息。

寝た? 寝ちゃった?

何かと勘違いしたのか、それとも寝ぼけていたのか。俺はいつの間にかゆっくり歩き出していた。駐屯地を出た途端、俺は脱兎のごとく全力疾走する。長距離徒競走のように時間配分なんてこれっぽっちも考えていなかったので、駐屯地が見えなくなったら俺は息を切らせてへたり込んだ。

寿命が削れた…… なんとか息が戻って、物事をまっとうに考えられるようになったので、早速さっきの出来事を思い返した。

さっきのミサスはどうしたのだろう。俺を見て、何も追求せずに再度寝たけど、一体どういうつもりだったのだろう。

例えば仲間と間違えた。それはないな。だったら一言も言わないのは変だし、20人くらいの人数ならすぐみんなの顔を覚えられる。

寝ぼけてた。まさか。

俺にはうかがい知れない種族上の理由。ありえるようなありえないような。

いくら考えてもさっぱり分からなかった。そもそもあそこにミサスがいたと言う事がおかしい。何で外にいたんだ。

毛布があるから見張りではないだろうし、寝るんだったら天幕の中で寝たらいい。検討すらつかない。

俺がない頭を絞って唸っている間に時間はどんどん過ぎていった。俺自身は気にしていなかったが、

「(アキト)」

キャロルが俺の目前に顔を突き出したからには、相当長い間考え込んでいたのだろう。キャロルは心なしか以前のものより大きな馬を引いていた。上機嫌で口を開く。

「じゃ、行こうか」
「うまくいったのか?」
「愚問」

きっぱり言ってキャロルは馬にまたがった。俺も無駄になりそうな考察を打ち切って逃避行を再開する。


「げ。水の樽を壊したのか?」

寂しい風景の中で俺は呆然とした。夜が明けても馬で歩き続けたので駐屯所ははるか遠くだが、それでも振り返る。もちろん見えない。

「そっ。樽の下の方に傷をつけて、少しずつ漏れるようにしたの。朝になったらすっからかん」
「それでどうするんだよ。旅が続けられないじゃないか」
「それが目的だもの」
「ミサスたち、死んじゃわないか?」
「かもね。でも普通、その前に街に引き返すでしょう」
「あ、そうか」

考えてみれば当然だった。誰だって宝よりは命のほうが惜しいに決まっている。

「でも、キャロル、えぐい事するな」
「優しくするのはアキト1人だけで十分……」

キャロルは後ろを振りかえった。

「ちぇ。結構すばやいじゃないか。はっ!」

キャロルは馬を走らせた。俺はいきなりで目を白黒させつつも、何が起こったのかぐらいは分かる。

「追ってきたのか!?」
「うんっ、音が聞こえた。すぐ来る!」
「俺には何も聞こえなかったぞ!」
「注意力の問題よっ」

激しい振動で視界がぶれる。俺は必死にキャロルにしがみついていた。何せ振り落とされたらたぶん死ぬ。それほど速いし、高い。

ん?

「キャロル!」
「何」
「崖の上、何かいた!」
「あっ…… きゃっ」

突然馬が暴れ始めた。慌ててキャロルが手綱で操ろうとするも、ちっとも言う事を聞かない。

「アキト、降りろっ」
「え、どうやって」
「いいから。どうにかしてっ」
「ああ」

考えている暇はない。俺は飛び降りた、と言うかずり落ちた。続いてキャロルが落とされるように降りる。馬はそのまま走ってどこかへ行ってしまった。

崖の上から、俺の指摘した人影が飛び降りてきた。どう控えめに見積もっても5メートルはある崖を傷1つなく降りる。飛べない羽でも滑空には役に立つらしい。

俺たちの進行方向にミサスは立ちふさがっていた。


どうしてこんなに足がすくむのだろう。無表情でミサスはそこにいた。俺は背中に持っていたスタッフを構える。向こうも槍を持っているのにまるで構えようともしない。持っているだけのようだ。

「(突っ切る)」

キャロルが俺だけに聞こえるように呟いた。確かに、後ろから馬の蹄の音が俺にも聞こえる。しかも複数。後ろの19人を相手にするよりはまだ1人を相手にするほうがいい。

「大した術ね、黒翼族」

キャロルは俺の後ろからミサスに呼びかけた。そのくせ目は地面を追っている。恐らく投げるのに適度な大きさの石を探しているのだろう。

「今の魔法だったのか?」

答えたのは俺だった。あのね、とキャロルは肩をすくめた。と思う。もう後ろを振りかえっている余裕はない。

「この時期偶然馬が恐慌を起こしたとでも思っているの? 何かの術に決まっているじゃない。相手の心に恐怖を呼び起こすような魔法よ」
「なんだ」

さすがの俺も、キャロルが単に話をしたい訳ではなく、隙を探しているのだと言う事は分かっていた。何か気をそらせないと……

「ミサス、だっけ?」

今度は俺が口を開いた。都合のいい事にちょうど聞きたい事があったし。

「昨日の夜の事だけど、どういうつもりだったんだ?」

キャロルが息をつめた。そういやキャロルにまだ話していなかったな。

「別に」

つまらなそうに、それでも初めてミサスは口を開いた。小さいが、はっきりと声は聞こえる。

「アキト、それは」
「ミサース!」

突然後ろから男の声が割り込んできた。

「何をやっている! そいつらを倒して、フロイタの秘宝を取り戻せ!」

無関心そうに、それでもミサスの視線は俺たちから、俺たちの後ろへ移った。

瞬間、キャロルが石つぶてを拾い、強力で投げる。俺は前へ走り出した。

ミサスは1歩下がり、身体を傾けた。石はその顔表面すれすれをかする。一呼吸遅れて俺はスタッフで上段から殴りかかろうとする。ミサスの口が、かすかに動いた。

俺の背に冷たいものが走った。

ミサスの魔法が完成する。スタッフを振り下ろす前に魔法は発動して、きっと俺はミサスに触れる前に倒れる。予感というにはあまりのも鮮やかな確信があった。

駄目だ。終わった。こんな事ならもっと努力すればよかった。

俺は覚悟を決めた。その瞬間。

-後でキャロルに聞いた事によれば、確かにその時、ミサスのほうが圧倒的に有利だったらしい。ただそれは玄人目で、素人から見たらそれはぼんやり突っ立っているミサスを俺が殴ろうとしているようにも見えたらしい。グレイが何か一声叫んで、土色の石を投げた。それは俺たちから3メートルは離れた所へ落ちた。

大地が揺れた。地震ではない。そんな訳はない。いきなり重力が倍になったように身体が重くなり、足場がすさまじい振動を起こした。

俺は転んだ。スタッフは見当違いの所へ転がる。ミサスは初めて無関心そうな表情を崩す。魔法により虚空から出現した黒い刃は、俺の髪を引っかいて消えた。とっさにミサスは身体を槍で支える。黒い翼が曇天のように広がった。

「させるかっ」

何をしようとしていたのか、俺にはさっぱり分かっていなかった。ただ、とっさにミサスの足にしがみついた。持っている槍は俺が近すぎて使えないらしく、目をかすかに開いてミサスは俺を蹴り飛ばそうとする。大して痛くはなかった。

そして。

足元が崩れ落ちた。足場だった赤い地面が崩壊する。俺は悲鳴をあげたが、大地が壊れる音にかき消される。

落ちる! その時、俺は誰かの幻を見た。下から身動き1つせずに浮かび上がる人影。その手は俺たち全てを受け止めようとしているかのように大きくかかげられている。

きっとそれは幻覚だったのだろう。それを最後に、俺の意識は途切れた。


どこかで炎が燃えている。静かに、一定の時を刻むように揺らめいている。燃える物なんて何もない空中に1つ、2つ、3つ。鮮やかな緋色の炎が浮かび、闇に光を投げかける。

「動くな」

闇の中で女の声がした。闇、そうじゃない。俺が目をつぶっているからそう感じるだけで、本当は明るい所にいるのかもしれない。

「動くと殺す。魔法に頼ろうとしても無駄よ。一言二事言う前にあんたを殺す」
「一言で十分だ」

誰かが答えた。誰だろうと思い、すぐ分かる。ミサスだ。

「大した自信ね。でも当てられはしないでしょう。あたしたちとは違って暗視を持たないあんたに何が出来る?」

キャロル、どうして脅しているんだ? 俺はうっすら目を開けた。やっぱり真っ暗だ。何も見えない。あの炎はただの幻だったのだろうか。

「キャロル?」
「アキト! よかった、起きたの? ちょっと動かないで」

嬉しそうなキャロルの声に、俺はやっと目が覚めた。途端に混乱して頭を抱えたくなる。

「ここはどこだ、一体何が起きたんだ?」
「後で言う。とりあえずじっとしていて。アキトのすぐそばにミサスがいる」
「うえぇ?」

そういやさっきの声もはっきり聞こえていたけど、俺は近くにいるからだったのか。よく助かったなと驚嘆するけど、どうも完全に助かっている訳ではなさそうだ。俺は手探りでスタッフを探そうとした。

「動くな! まだ何も終わっていない!」

びしっとキャロルに怒られた。ひぇぇ。

さっきの声から立ち位置を推測するに、すぐ近くにミサスがいて、それから少し離れた所にキャロルがいるらしい。そして俺が目を覚ます少し前から2人は対立しているようだ。息をするのも苦しいほどの緊張が闇に広がっている。

その時俺は、何かちらちらする物を目にとめた。

単に気のせいかと思ったけれども違う。向こうから複数の人間がたいまつを持って来ているようだ。暖かい炎の揺らめきがちらちら動く。

(やめて)

静かに、優しい声がした。そして俺はさっきの推理が大外れだった事を知り、同時に自分の目を疑った。俺はさっきの衝撃で目を傷めたのだろうか。

(戦いはやめて)

女の人だった。質素なローブを着て、長い髪を結い上げている。その周囲にはいくつもの火がひとりでに浮いていた。これは暖かな橙だからいいものの、青白かったら人魂だ。さらに女の人は人間ではなかった。幽霊のようにうっすら向こう側が透けて見えて、おまけに髪からのぞく耳は先端がとがっていた。

人魂もどきのおかげで俺たちの方も明かりが差して、何が起きているのか見えるようになった。

キャロルとミサスは思った通りの所にいた。キャロルはそれほど怪我もなく、俺の近くのミサスをにらみつけている。ミサスは俺から1歩しか離れていない所に座り込んでいて、槍は折れてあちこち怪我をしているみたいだった。特に左足が黒ずんだ赤に染まり力なく放り出されているのが痛々しい。敵でなかったら、いや敵でも平気か、と声をかけたくなるような燦々たる姿だった。俺は少し罪悪感を覚えたが、当人は何でもないかのような表情で、それでも多少は青ざめてキャロルを無造作に眺めている。

「何者?」

ミサスから目を離さずに、キャロルは女に向けて言った。

(火の性を持つ森の妖精、灰エルフの1人。フロイタの精霊石の保護者)

意外な答えが返ってきた。

(キャロル、どうか怖がらないで。あなたたちを助けてここへ運んだのは私だから)
「はっ?」
(地上で大地の精霊の力が爆発したとき、私はそれに干渉して勢いを削ごうとした。あなたたちが大した怪我もなく地下空洞にいるのはそのため)
「この洞窟、あそこの地下か?

あなたがこれを作ったのか!?」俺は驚いて叫んだ。声が何十にも響く。

(いいえ。偶然、貴方たちの近くにあっただけ。力が奇妙な方向に行ってしまい、私も思ってもみなかった所へ引きずり込んでしまった。ごめんなさい、黒翼族の方。怪我をさせるつもりはなかったの)

キャロルはミサスから視線を動かさなかった。きっと心の中ではもっとミサスが怪我をしていればいいと思っていたのに違いない。ひょっとすれば亡き者になっていないのを残念がっているのかもしれない。

「保護者、とはどういう意味」
(この精霊石が悪用されるのを防ぐため、正しい時に正しく使われるために、この石を創った時、私は自分のかけらを石に宿して守らせた)
「それはつまり、この精霊石を創った人物と言う事!?」

さすがのキャロルも驚きを隠せず、自分の背負い荷物に触れた。もちろん俺も仰天した。

「あの、だったら上のフロイタの連中を説得してくれよ。行きがかり上盗んだ事になっていて、それは間違っていないんだけど今追われているんだ。街の秘宝を取り戻すためなら地の果てまでも来る覚悟みたいだ。貴方なら説得して帰せないか?」
(ええ、望むのならそうします。でもその前に)

灰エルフの女は、自分が来た方向を指差した。

(ここを行けば、ここから出られる。アキトとキャロルには時間がないのでしょう。ずっと直進すれば1日、2日時間が短縮できる。それから)

女は、まるですがるように俺たちを見た。

(お願い、どうか戦わないで。私が精霊石を残したのはいつか発生する病気を治めるためで、戦を起こすためではないの。戦は血を呼び、憎しみと怒りを招き、互いに不幸を呼ぶ。どうか戦わないで……)

最後の一言が尾を引くように流れて、女は消えた。人魂もどきは残って明かり代わりになっている。

戦わないで……

キャロルは鼻を鳴らした。ミサスは変わらずに無表情だった。俺はよろめきながらも立ち上がる。ミサスの何も写していない瞳がちらりと俺のほうへ動き、キャロルが何か言いかけた。

悪い、キャロル。先に言わせてもらう。

「キャロル、そう緊張するなよ。ミサスと一緒にここを出ようぜ」
「何、くだらない事言っているのよアキト」

キャロルは呆れて驚いた。まるで馬鹿じゃないのと言わんばかりだ。俺は熱意を込めて続けた。

「今のを聞いただろ。あの石の精みたいな者は戦いを嫌がっているし、ミサスはあいつらに雇われただけで本人が取り戻したいわけじゃないんだから、フロイタの人たちの意思が変われば敵対しなくてもすむさ。それに、怪我人をやっつけようなんて卑怯じゃないか」
「ア・キ・ト」

キャロルは指を振った。

「1人の平和主義者がいた所であたしななんとも思わないし、今は確実にあたしらとミサスは敵対しているし、あたしは元来卑怯者なの」
「おい、それでも」
「アキトの好きに、するといい」

キャロルは肩をすくめた。

「そこのミサス君も、一言で魔法を発動させる事が出来るほどの腕前らしいけど、そうしたら残ったどちらかが即あんたを殺すからね。そうと決まればうかつに物も言えまい」

皮肉っぽくミサスを脅した。でも、どうやら決まったらしい。

今まで自分の行方のやり取りをしていたというのに、表情1つ変えずに、よろっとミサスは立ち上がった。折れた槍を杖代わりにして、羽を動かして自力で立つ。完全に左足を引きずっている所は痛々しかったが、その割にはけろりとしている。