逃げるように学問通りへ急いだ。
夜の街道をまっすぐ西へ。月がなかったのでその辺の棒切れに明かりの魔法を灯した。またごろつきや山賊が出るかもしれなかったけどためらわなかった。
行かなきゃ、学問通りへ。逃げなきゃ、ラスティアとザリと、あたしを取りまく全ての敵から。
朝になって光が降りそそぎ、泥と丸太でできた荒くれの集まり天幕市を通り抜けた。
「アザーオロムでまぶしい光があった」「フォロー千年王国とエアーム竜帝国で、英雄を祝う祭典が催される」
いつもなら雑多なもうけ話の話ばかりのはずなのに、なぜか通りで街角で交わされる話題は違った。あたしは全部無視した。華やかできらびやかなことはあたしには関係がない。
あるとすればひとつだけ。
「学問通り見たよ。ひどかった。長居すれば毒にやられる。毒だまりだ。もうあそこはおしまいだな」あたしは信じない。それに、だからなに。
学問通りが灰の降る学問の街でも竜が住む恐ろしい街でも、例え無人の死んだ街でもあたしには問題じゃない。
あたしにとって帰る場所はそこだけだ。シュウがいるところもきっとそうだ。
歩き続けた。着の身着のままで飲まず食わず、それでもほとんど休まなかった。夜になってもとまらず朝日が空の端にうっすら見えた頃、ようやく学問通りについた。
遠くから見た学問通りはいつもと変わっていなかった。まるで静かに眠っているよう。アム火山からの灰が降って雪景色みたい。
静かすぎる。
静かなのはだれもいないからだ。家と家との間の空気はどよんでにごっている。腐った、やけに甘ったるい臭いに気分が悪い。視界が悪くて慣れているはずの通りが知らない道に見える。にぎやかだった露天は放って荒れるがままにされて、果物が腐りしなびて転がり、天幕の布がどこかに飛ばされ骨だけになって崩れていた。
空気に咳きこみながらも、それでもあたしはとまらなかった。やっとついた。ようやくたどりついた。あたしの住む街、あたしの街。
シュウは。
懐かしい通り、変わり果てた街であたしは自分が住んでいた家に立つ。瓦礫の山だった。崩れてなにもない。
あたしは信じない。空気のせいで意識がかすむ。まっすぐだった歩みはよろめきになっていた。疲れたのかもしれない。
「どこかに、シュウがいるのよ」いないはずがない。見つからないのは探し足りないからだ。
「シュウ、どこ」いつだってシュウはいる。石憑きに襲われた時も竜が暴れた時もシュウはきてくれた。あたしのために、あたしを助けるために。
「どこにいるの」だから今だって。きっとすぐそこに。あたしにいてほしいと願う唯一の人。
「会いたいよ、君に」足が重い、灰が重い。よく見えない。きっとすぐ歩けなくなる。
「シュウ」せめてその前に。
もう何回目かの角を曲がっても、だからあたしは驚かなかった。
「ほら、やっぱり」シュウ。細身の剣を差して、黒髪に灰が目立つ。背を向けて壁を見上げている。
「そこにいたんだ、シュウ」あたしに気づいた。振り返る。
振り返る前にシュウの姿は消えた。まるで雪みたいに、まやかしのように。
「あ」悪い風、毒を含む空気。長居をすると神経をやられて幻を見る。そういえば聞いたっけ。
見上げた壁は、まるであの時と変わらないようにそのままだった。真中には赤く、けばけばしい装飾で助けての文字。あたしが書いた、あたしとシュウはここで会った。
「あっはは、なんだぁ」しゃがむ。なんだかすごくおかしい。乾いた笑いがとまらない。涙なんてもう出ない。
「あっは、そっか、あたし、ここに戻ったんだぁ」答える人なんてだれもいない。