あたしは跳ね起きた。真っ暗な部屋、学問通りの寝床とは比べられない清潔な寝台の中にいる。
そっか、ザリと2人で宿に泊まったんだっけ。思い出して手を下ろす。
毛布に包まりながらザリを見た。今の、聞かれていなかったよね。たった今まで寝ていたから、声の大きさがどれくらいだったか分からない。
ザリはあたしに背中を向けていた。枕元にはめがねと肩かけかばんが置いてある。かばんの上に羽根飾りのついた帽子がちょこんと置かれていて少しおかしかった。
ザリは寝言を言っているのかと思ったけど、すぐ気づいた。
うなされている。額に汗をかき、意味のないことを口の中でつぶやいて腕で自分をかばうようにもがいた。
「ザリ?」尋常ではない。あたしはそっと寄ってゆすった。
「ザリ」「っ!」
声にならない悲鳴と共にザリは目を開けた。しばらく動かない。あまりにもなにも見えないので、あたしは枕元の角灯に火を灯した。弱々しい光にようやくザリの焦点が合う。
「アキト」「だれよ。あたしはギリスだよ」
「ギリス、ええ、そうだったわね、ギリスよね」
病人みたいに寝台からはい出た。水差しから水を注ぎ飲み干す。そして倒れるように毛布の上に崩れ落ちた。
「どうしたのさ、ザリ」「なんでもない、なんでもないわ。悪い夢よ」
夢なのは分かるけど、この反応はどう考えても変よ。まるで夢魔に襲われたみたい。
「どんな夢だったの?」興味が出てきた。いつも年上ぶっているザリをここまで怯えさせるなんてどんな夢なんだろう。
「悪い夢よ、ただの」もう半分寝かけているみたいだった。語尾が不明瞭になってきた。
「はじめはフォロゼスの城内だった。わたしはフィルを背負いながらディスポーザーから逃げ回った。広い廊下にはだれもいなかった」ザリは目を閉じた。
「次は雪原にいた。奪ったディアトリマに乗って2人で逃げた。当てはなくて、周りはみんな敵ばかりだった。雪が今にも降りそうだった」「え」
「闇の中にいた。人がけして知らない、入ってはいけない場所。わたしはリタをかばい落ちた。助けにきてくれたけど手は届かなかった。暗い、暗くて寒い。逃げなきゃ、影食らいがくる!」
叫んで顔を覆った。
「燃え上がるバイザリムを走った。助けなきゃ、アキトはどこ。魔荒野まで出た。幻が襲いかかってくる。みんなどこにいるの」「ザリ」
「レイドでは暴動が起きた。わたしは青年を殺した。そんなことしたくなかったのに、だれにも傷ついて欲しくないのに」
弱々しくすすり泣く。あたしは恐怖を感じた。
「神殿でひとり膝を抱えてうずくまった。どうすればいいのか分からなかった。洞窟を迷い歩いた、いつ崩れるのか分からなかった」この人はだれ。何者なの。
「いつだってわたしは弱く、なにもできなかった。なにかしたくて走って走って、そして逃げた。良かったの? わたしのしたことは正しかったの? 分からないわ、わたしにはなにも分からないの」なんて、なんてとんでもない体験をしているの。空想にしては生々しすぎる。全部身をもって自分で知ったことなの。
そんなのただの薬草師にできることではないわよ。なんなのこの人。あたし、とんでもない見落としをしていたの!?
「行かなきゃ。泣いているわ。助けたいのよ」あたしは動けなかった。
この人、だれ。
見えない恐れに足元をまとわれながら、あたしは赤毛の薬草師を見つめていた。