三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

帰るべきところへ 4

数日間は順調に旅は進んだ。

薬草調査をしているのは本当みたい。背負い袋にも肩かけかばんにも薬草に薬、細かい端書の紙切れがあふれかえっていた。時間が空くとすぐにより詳しく書き加えている。

でもザリの手があくことは滅多になかった。あたしの面倒を見ていたから。

あたしはこの人の護衛になったのか、それとも患者になったのか分からなくなってきた。ザリはあたしの体調を見てご飯を食べさせた。今まで着ていたローブの穴をつくろい、綺麗に洗った。

「なんでそんなことまでするの」

ザリのお古の袖をまくりながら、用心深くたずねる。魔法のように早く手を動かしながらザリは鼻歌まじりだった。

「穴が開いているもの。開いていない方がギリスにとっていいでしょう」
「あたしが聞いているのは、どうしてここまでするのかってこと」
「ここまでって、そう大したことはしていないわよ」
「してるのっ!」

分からないはずないのに、どうしてすっとぼけるの。

「普通雇い主は護衛をぞんざいに扱うんじゃないの。威張り散らして、お金を渡したらもう知らん顔。なんでそんなにするの」
「わたしは商人ではないわよ」

大したことのないように流された。

「護衛を雇う専門ではないわ。一時的に必要だからお願いしているの。だからわたしの好きなようにするわ。つくろうのも怪我を見るのも、みんなわたしがしたいからしているのよ。それでだれかが困るのではないのだから」

あたしが今困っている。

よっぽど言おうかとしたけれど、「できた、ちょっと着てみて」嬉しそうに服を当てるザリを前にかろうじて飲みこんだ。変な人。


翌日、人気のない街道をあたしとザリは歩いていた。

「……」

黒海がとまった。手綱を引いていたザリは「どうしたの?」人間に聞くようにたずねる。

「黒海?」

引っぱっても動かない。いつもはザリの言うことをよく聞く馬なのに。

「あたしが乗っているのがまずいんじゃない」
「そんなことはないわ。いつもはとってもいい子なのに」

のんびり首をかしげ、真顔になった。「まさか」

「ギリス、離れないでね」

前方への道、両側の貧しいしげみが揺れた。人が出てくる。山刀や剣で武装した、年も格好もばらばらの男たちだ。5人。

「ご用はなに」

武器もないのにザリは落ち着いている。男の中でも一番体格のいいのが刃物を向けた。

「お嬢さん、ちょっと一緒に付き合ってもらえねぇか? あんたに会いたがっている人がいるんだ」
「賞金のことならもう無効よ」

下がり逃げる隙をうかがっている。ザリは丁寧に言葉を重ねた。

「わたしを捕まえたとしても、昼食代にもならないわ」
「お嬢さんの言っていることが正しいと、どうやって俺たちが分かるんだ?」

優位を信じて疑わない笑いに、ザリは次どう出ようか考えた。逃げるか、なおも続けるか。

あたしは馬から飛び降り、魔法の言葉を唱えた。これなら何回も成功させたことがある。

「ギリス」
「明かりっ!」

真昼の太陽の欠片が突如男の目の前に出現した。「ぐあっ!」まともに見てしまった男が目を押さえて前のめりに倒れかかる。人を傷つけやしないけど、直視したならしばらく失明間違いなしの魔法だ。

「くっ」

ザリは馬に飛び乗り、片手で手綱を引きもう片手であたしの肩をつかみ持ち上げた。

「乗って!」

なんて腕力よと思う間もない。黒海がとんでもない速さで走り出したからだ。ごろつきのわきを駆け抜け、あっという間に引き離していく。人2人と山みたいな荷物を乗せているのに、まるで弓から放たれた矢のようだった。

なにか言ったら舌をかみそう。いや振り落とされたら命がない。あたしは死に物狂いで黒海の首につかまり、漆黒の毛皮とすぐ下で脈動する筋肉をしっかりにぎって、どうにかよじ登った。

「もう少し行くわよっ」

ザリのことを甘く見ていたみたい。手綱さばきも素晴らしく、黒海と一体になって走らせ続ける。真剣だけど少しも大変なことをしているようには見えない。この人すごい乗り手だ。

「どこでそんな乗馬術身につけたの!?」
「わたしはファナーゼ草原国出身よ。ファナーゼ人ならだれでもこれくらいするわ」

納得した。ファナーゼ国出身者はひとり残らず馬術が巧みと評判だ。

ザリの言う少しは、あたしが半日はかけて歩く距離だった。安心したように息をつく。

「もう、いいかな」

今のに追いつけるのなんて、鳥か馬に乗ったファナーゼ人くらいだよ。

「今の人、なに?」
「言いにくいのだけどね、少し前わたしを邪魔に思った人がわたしに莫大な懸賞金をかけたのよ」

気にしているのか後ろの様子を見る。

「もう解決して、今更捕まえてもどうしようもないのに。まだ無効になっていることが知られていないみたい」
「だから護衛が必要だったんだ」

やっと分かった。

「なにしたの」

悪人には見えないけど、見た目なんて当てにならない。あたしは用心した。雇われて食事が出るのはありがたい、でも極悪人のそばにいるのは嫌だ。

「悪いことはなにもしていないわ。ある人を追っていたの。尊敬していた昔の知りあいだったけど、また会った時にはわたしの考えていたような人ではなくなっていた」

後悔しているようにうつむいた。

「ふぅん」

大丈夫みたい、悲しんでいるザリには悪いけどあたしはこっそり安心した。護衛を一時的に欲しがっていた理由も分かったし、よかったよかった。