三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

帰るべきところへ 15

灰が降る。

無人の死んだこの街に、ただ灰だけが降り積もる。

空気はにごり、音はなくて、あたしとザリと黒海を埋めるように降りそそぐ。

はっとザリは息をついた。首元を閉じる。そりゃ寒いでしょう。上着ないんだもの。

「行ってもいいんだよ」

あたしは言った。

「ザリの気持ちは分かった。もう付き合うことはない」
「ギリスは街を出ないの?」
「出ない」
「ならわたしだって出ない。わたしも待っているの。くるのを待っているのよ」

まだかな。小さなつぶやきをあたしは無視した。

灰が降る。空から軽い軽い、溶けない雪が舞い踊る。だれもいない街で動いているのはこれだけ。

灰が降る。ただこれだけ変わらずに。

灰が降る。あの時みたいに、いやいつもと同じように。ちっとも変わらずに。

ただ灰だけが。

「あ」

ザリが立ち上がった。角灯の明かりが揺れる。

「遅かったのね」

嬉しそうに、安心したように言う。

「大変だった」

表情なく答えた男は黒翼族だった。あたしよりも小さく、口元を布で覆っている。

その後ろ。

灰と朝もやにかすむ、後ろの人。

間違いない。あたしが見間違えるはずがない。でも信じられない。これが現実だなんて信じられない。

「約束通り、連れてきた」

素っ気ない言葉。果された約束。

その人は驚きすぎて、いつも大人びているのに年相応の顔つきに戻っていた。きっとあたしもそうなんだろうな。本当にあたしたちは似ているよね。

その人は、シュウは「ギリス」確かめるように、恐れるように呼んだ。

あたしは走って、シュウをつかみ、嘘ではないことを確かめて、そしてやっと泣けた。