灰が降る。
無人の死んだこの街に、ただ灰だけが降り積もる。
空気はにごり、音はなくて、あたしとザリと黒海を埋めるように降りそそぐ。
はっとザリは息をついた。首元を閉じる。そりゃ寒いでしょう。上着ないんだもの。
「行ってもいいんだよ」あたしは言った。
「ザリの気持ちは分かった。もう付き合うことはない」「ギリスは街を出ないの?」
「出ない」
「ならわたしだって出ない。わたしも待っているの。くるのを待っているのよ」
まだかな。小さなつぶやきをあたしは無視した。
灰が降る。空から軽い軽い、溶けない雪が舞い踊る。だれもいない街で動いているのはこれだけ。
灰が降る。ただこれだけ変わらずに。
灰が降る。あの時みたいに、いやいつもと同じように。ちっとも変わらずに。
ただ灰だけが。
「あ」ザリが立ち上がった。角灯の明かりが揺れる。
「遅かったのね」嬉しそうに、安心したように言う。
「大変だった」表情なく答えた男は黒翼族だった。あたしよりも小さく、口元を布で覆っている。
その後ろ。
灰と朝もやにかすむ、後ろの人。
間違いない。あたしが見間違えるはずがない。でも信じられない。これが現実だなんて信じられない。
「約束通り、連れてきた」素っ気ない言葉。果された約束。
その人は驚きすぎて、いつも大人びているのに年相応の顔つきに戻っていた。きっとあたしもそうなんだろうな。本当にあたしたちは似ているよね。
その人は、シュウは「ギリス」確かめるように、恐れるように呼んだ。
あたしは走って、シュウをつかみ、嘘ではないことを確かめて、そしてやっと泣けた。