三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

帰るべきところへ 11

「こちらですわ」

燃えさかるたいまつをかかげ、地下へと続く石階段へとリタはいざなう。

下へ下へと無限のように螺旋を描いて2人は降りる。

「ミサスさまがきてくださって嬉しいですわ」

ドレスをつまむように作務衣をつまみ、優美に降りながらリタは言う。

「まだ表の世界に不慣れなわたくしにとって、あれは気味が悪くなじめません。引き取ってくださるのをお待ちしていました」

ついつけ加える。

「ミサスさまがきてくださるなんて、実のところ信じていませんでした」
「きたくはなかった」

不満そうな言葉についリタは笑う。リタが所有しているザリの記憶にもなかなかいないミサスだ。

「ここです。前々から使っていない部屋でしたけど、なにぶん急だったもので」

のぞきこみ「あら」つい言った。

いない。ここにあったものがない。

もう読まない本を置いておく書斎だった。右も左も書物しかない部屋の中央に厚い毛布がしいてある。

「おかしいですわ」
「入るな」

影踊りの娘を止め、ミサスは代わって前に出る。部屋には入らない。たいまつが照らすわずかな範囲に動くものはない。

「こい。ギリスに会わせてやる」

必要な言葉のみ。ミサスはそれきり興味を失ったように階段へと戻る。リタもまた、部屋と小柄な背中を見比べながらしばらくためらっていたが、やがてついて行った。


外は夜だがよく晴れていた。星がきらめき寒さをより強調させるような白い光を地で放つ。

ミサスは特に急ぐ風もなく、近くの東屋に入り柱に寄りかかる。どこかくつろいでいる風さえあるミサスに、リタは落ち着いて向かう。

「ミサスさま」

頭も上げない。リタは特になにも思わなかった。ミサスにはいつものことだ。

「わたくし、人間の形にはまだ慣れていませんの」

ミサスに習い、言いたいことだけを直球で伝えた。

「だから失礼しますわ」

ミサスの腕を取り、自分の額へ押しこんだ。細い手は額を突き破り、泥へ潜りこむように入る。

(どういうことですの?)

リタは本来影踊りの一族、精神のみで生きる生き物だ。人間の姿をしてはいるが、こみいった話はやはりこっちの方がいい。特にミサスのような、事情が分かっている人間が相手なら。

「単純な話だ」

ミサスもまた都合がよかった。こちらのほうが誤解なく思考が伝わる。

「俺たちが生き残りラスティアが死んだ。カーリキリトは今までと同じように動く。俺たちはラスティアが破壊したものを直さないといけない。

あれは第一歩だ。大したものではない」

(ミサスさまが判断したのですか)
「決めたのは俺ではない」
(ああ。そうでしょうね)

納得したようだった。

(もしラスティアが勝っていたら?)
「新しい世界が始まる。傷はそのままだ。まず破壊が行われ、新しく組み立てられただろう。新しいことを始めるのと古いものを直すのは全く別の行為だ」
(ミサスさまとザリさまで直すのですか)
「全員でだ。少なからぬ人数で行う。リタも主要な人員として数に入っているぞ」
(あら)

精神が乱れ、少し言葉が途切れた。

(わたくしが)
「そうだ」
(視界に入れられていたことさえ気づいていませんでしたわ。わたくしになにができるのです)
「思っている以上のことができるのだろう。最後の影踊り。みな初めはそう言うんだ」

少しうんざりしたようにミサスは手を引き抜いた。小さくつぶやきよろめくリタを見ずに、ミサスは後ろを、星々の静かな明かりを跳ね返す刃の輝きを見た。むき出しの殺意は、特にミサスの心を動かさなかった。

「きたか」

分かりきったことを確認するように、ミサスは人影に言った。