燃えさかるたいまつをかかげ、地下へと続く石階段へとリタはいざなう。
下へ下へと無限のように螺旋を描いて2人は降りる。
「ミサスさまがきてくださって嬉しいですわ」ドレスをつまむように作務衣をつまみ、優美に降りながらリタは言う。
「まだ表の世界に不慣れなわたくしにとって、あれは気味が悪くなじめません。引き取ってくださるのをお待ちしていました」ついつけ加える。
「ミサスさまがきてくださるなんて、実のところ信じていませんでした」「きたくはなかった」
不満そうな言葉についリタは笑う。リタが所有しているザリの記憶にもなかなかいないミサスだ。
「ここです。前々から使っていない部屋でしたけど、なにぶん急だったもので」のぞきこみ「あら」つい言った。
いない。ここにあったものがない。
もう読まない本を置いておく書斎だった。右も左も書物しかない部屋の中央に厚い毛布がしいてある。
「おかしいですわ」「入るな」
影踊りの娘を止め、ミサスは代わって前に出る。部屋には入らない。たいまつが照らすわずかな範囲に動くものはない。
「こい。ギリスに会わせてやる」必要な言葉のみ。ミサスはそれきり興味を失ったように階段へと戻る。リタもまた、部屋と小柄な背中を見比べながらしばらくためらっていたが、やがてついて行った。
外は夜だがよく晴れていた。星がきらめき寒さをより強調させるような白い光を地で放つ。
ミサスは特に急ぐ風もなく、近くの東屋に入り柱に寄りかかる。どこかくつろいでいる風さえあるミサスに、リタは落ち着いて向かう。
「ミサスさま」頭も上げない。リタは特になにも思わなかった。ミサスにはいつものことだ。
「わたくし、人間の形にはまだ慣れていませんの」ミサスに習い、言いたいことだけを直球で伝えた。
「だから失礼しますわ」ミサスの腕を取り、自分の額へ押しこんだ。細い手は額を突き破り、泥へ潜りこむように入る。
(どういうことですの?)リタは本来影踊りの一族、精神のみで生きる生き物だ。人間の姿をしてはいるが、こみいった話はやはりこっちの方がいい。特にミサスのような、事情が分かっている人間が相手なら。
「単純な話だ」ミサスもまた都合がよかった。こちらのほうが誤解なく思考が伝わる。
「俺たちが生き残りラスティアが死んだ。カーリキリトは今までと同じように動く。俺たちはラスティアが破壊したものを直さないといけない。あれは第一歩だ。大したものではない」
(ミサスさまが判断したのですか)「決めたのは俺ではない」
(ああ。そうでしょうね)
納得したようだった。
(もしラスティアが勝っていたら?)「新しい世界が始まる。傷はそのままだ。まず破壊が行われ、新しく組み立てられただろう。新しいことを始めるのと古いものを直すのは全く別の行為だ」
(ミサスさまとザリさまで直すのですか)
「全員でだ。少なからぬ人数で行う。リタも主要な人員として数に入っているぞ」
(あら)
精神が乱れ、少し言葉が途切れた。
(わたくしが)「そうだ」
(視界に入れられていたことさえ気づいていませんでしたわ。わたくしになにができるのです)
「思っている以上のことができるのだろう。最後の影踊り。みな初めはそう言うんだ」
少しうんざりしたようにミサスは手を引き抜いた。小さくつぶやきよろめくリタを見ずに、ミサスは後ろを、星々の静かな明かりを跳ね返す刃の輝きを見た。むき出しの殺意は、特にミサスの心を動かさなかった。
「きたか」分かりきったことを確認するように、ミサスは人影に言った。