三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

2. あなたを待っている

エアーム帝都の城に正面から堂々と入るのはすごく変な気がする。竜から降りた竜騎士たちに伴われながら俺はおびえていた。前は行った時は誘拐されて即牢屋行き、出る時は天下に響く大嘘をついて帰ったんだものな。

大理石の廊下は俺の靴で踏みつけるにはもったいないほどのじゅうたんで覆われていて、所々に水晶の飾りが明るく照らしている。ラディーン国王に先行されながら俺は自分の姿を見た。

ずっと使い続けたスタッフは幾多の戦いも災害も超えた証としてすっかり古び、小さな傷で一杯だった。服はつぎはぎだらけ、何回も血と土と埃がこびりついては洗ったものだしはいているスニーカーは日本だったら半年前に捨てた汚さだ。どう考えても廊下の中心を歩いていい外見ではない。

「後を見なさい、みんなそうよ」

気にしている俺に、こっそりキャロルがささやいた。振り返ると正しかった。これで街中歩いたら難民だ。

連れて行かれるまま歩くと空が高くなった。天井にはいくつもの水晶製のシャンデリアがたれさがり、魔法の光らしい明かりが広間中を隅々まで照らしている。床は顔が映りそうなくらい磨かれ、壁には繊細な装飾のタペストリで一杯だった。信じられないほど広く高い部屋にはずらりと人々が並び、俺たちを待っている。

「うっ」

やっと気づいたが、並んでいる人々の中に見覚えがあった。サーラ皇女とルーサー皇子だ。その周りにいる人も兄妹かな。顔立ちはあまり似ていないけど、同列に立っているのだからきっとそうだ。

「これくらい予想したでしょう」

キャロルが俺を守るように横に並んだ。

「剣も取り上げられなかったし、いざとなったら逃げるぞ」

イーザーも反対側にきてくれた。守られて歩く。

なんだ、なにが起きるんだ。奥まできてラディーン国王とクロはとまり俺たちへと向く。

「宿命の者、アキト・オオタニ!」

高らかと宣言した。シャンデリアが揺れる。

「お前は異界の者でありながら俺たちと世界を救った」

あらかじめ予定されていたかのように、部屋にいる人々が膝をつく。クロもまたしとやかに服のすそをつかんで目を伏せる。

「竜神の導きの元仲間たちとともに東の果てアザーオロム山へと歩み、反逆者ラスティアを倒しカーリキリトを守った」

ラディーン国王が俺へひざまずく。奥にいるサーラ皇女もルーサー皇子も、エアーム皇家もならった。

「勇者をたたえよ、英雄を迎えよ! 彼は戻った、帰還を祝福せよ!」

聞こえなくなるほどの大音量の歓声、桃色の花びらがこれでもかとまかれ、控えていた音楽隊がラッパを吹き無数の弦楽器を弾く。あふれんばかりの感謝と祝福に包まれ、俺はとまどい呆然とした。俺は大したことはしていない、勇者だなんて呼ばれなくてもいい。

「受けとっておきなさい、堂々と」

グラディアーナがそっと背を支えた。

「アキトはこれだけ褒め称えられることをしたのですよ、いいから胸を張りなさい」

いたずらっぽいささやきに、ようやく俺は事の重大さを自覚し、ひたすら青くなったり赤くなったりした。


正式な歓迎は改めて後日ということになった。あれだけ堂々として立派だったのに、ラディーン国王に言わせればまるで準備不足だという。

「エアーム皇帝陛下がおいでなさらないだろう。それだけで全然だ。なにせ時間がなかったんだよ。楽しみにして置け」

という訳でその後日がくるまで俺たちはエアーム帝都に客人として滞在することになった。与えられた部屋は広かった。前監禁された時も広々としていたけど、あの時と比べ3倍はある。すごすぎて部屋を探検する気にもなれない。上には上があるんだな。

俺は落ち着かず、広い寝台の中で何回目かの寝返りをうった。寝つけない。真夜中だし疲れ果てているはずなのに、目はすっかり醒めていた。

「あ、そういえば」

ついひとりごとが出る。

「なにかに似ていると思ったら、そうだ文化祭の時だ。響さんの代わりで出た舞台挨拶。あれよあれよと出た時と同じだ」

規模ははるかに大きいけど。

諦めて起き上がる。分かっている。寝つけないのは落ち着かないせいではない。さっきのグラディアーナのせいだ。

グラディアーナの嬉しそうな顔を思い返す。

「アキト、分かりましたよ! おや」

喜び勇んで部屋に飛びこんだグラディアーナは床で伸びていた俺を危うく踏みつけそうになった。「おかしなところで寝るのですね」

「なんか気が抜けて、急に立ちたくなくなったんだ。なんだよグラディアーナ、分かったって」
「あなたの持つ竜像についてです」
「竜像? これ?」

首から下げていた金属の飾りを見せる。

以前クラシュムの地下遺跡で、クララレシュウムとの対話の後いつの間にか持っていたものだ。材質の分からない金属でできた、生き物とはとても思えない直線ばかりの造形の像。とりあえず持ってはいるものの、特になにかが起こる訳でもいいことがある訳でもない。最近ではあることさえ忘れそうになる。大きくて重いしアクセサリーをつける趣味は本来俺にはないんだし、しまっちゃおうかとさえ考えていた。

なんともなしにつかんだ竜像を、グラディアーナは俺の首から取った。今まで持っていた本が足元に落ちるのも気にせず、目を細めて竜像をよく見る。わずかな傷も見逃さないように、まじまじと。

「間違いありませんね」
「なにがだ。落としたその本、雷神殿の司令室にあった本じゃないか。キャロルがここまで持ってきたのか? 竜像のことが書いてあったのか?」
「この竜像はただの象徴でも礼拝のための偶像でもありません」

聞いていない。満足そうに微笑んでいる。

「グラディアーナ、おい」
「これは道具です、極めて高度で世界にひとつきりの、雷竜しか持ちえない最高の道具」

なんなんだ。

「これを使いますとね、異世界に移動できるのですよ」

とっておきのおもちゃをもらった子どものようだった。

「異世界」
「ええ、おそらく移動距離無制限。何人が上限かは分かりませんが、多くの人をある世界から別の世界に移動させるんです」
「魔法の道具だったのか」
「いえ、使う力は魔道ではありません。もっと原始的で、かつ精霊力よりは洗礼された能力です。細かいところは説明を省略しますが、特力で使えますよ。私の持つ手段でいけそうです」

まずですねと、うきうき床に座って本をめくる。俺はさめた気分で見ていた。

「この竜像にこめられているのは頑丈に包まれた、極めて強い力です。その包みを所有者が開けます。同時に私が行くべき場所、道を指し示します。それだけで動けます。あいまいな説明ですが、そもそも言葉にならない能力なのでこれで理解してください。

所有者というのはアキト、あなたです。雷竜直々にもらったあなたが正当な持ち主です。つまりですね、私とアキト2人揃えばどんな異界にだって行くことができるのですよ!

アキト?」

ようやく俺の様子に気がついた。うつむいている俺をのぞきこむ。

「嬉しくないのですか? アキト、これさえあればアキトの故郷にだって帰れるのですよ、ニホンの家に。ちっとも喜んでいませんね」
「グラディアーナ、駄目だ」

首を振った。

「俺は帰れない、もう帰れない」
「理解できません、なぜです」
「前に響さんが言っていた。俺はこの世界に馴染んだって。もう日本語を読むのもおぼつかないし社会の仕組みも忘れた。人を切った、暴力を迷わず振るうようになった。俺はもう日本に帰れない。変わった俺に日本への居所はない」

グラディアーナの手から竜像を取り戻す。

「俺もそうだ、俺ももう帰れない。戻って平穏と高校生するには俺は変わりすぎた。帰っても俺のいるところはない。カーリキリトで生きていく」
「おやおや」

意味深い笑いを浮かべた。

「行きたいならグラディアーナひとりで行けよ」
「私は所有者ではありませんよ。持ち主しか動かせないのです、動いている竜像に道を指して望み通りのところに行くことしかできません」

アキトは忘れっぽいですねとからかわれた。

「悪い、持ち主のこと忘れていた」
「それ以外にも忘れていませんか」
「ん?」

なんだろう。なにかあったっけ。驚きの連続で他に忘れていてもおかしくない。

「なにをだ?」
「さて。自分で思い出して欲しいですね。竜像ですが返事は保留としておきますよ。無理に勧めませんが、気が向いたらどうぞ。そこにいますから」

暗い闇の中、自分が入ってきた扉を向いてあっさりグラディアーナは出ていった。

「グラディアーナ」

寒いので上着を羽織った。ベッドの縁に腰かける。

動かないと思い出す。懐かしい故郷、日坂高校前駅から見える海、汚くごちゃごちゃした教室、アスファルトに覆われた下り坂。文化祭実行委員会、クラスメイト、俺とおなじ顔の姉さん。

駄目だ、響さんを思い出す。帰れない、俺はもういられない。響さんは帰れなかったのに俺だけ帰る訳にはいかない。

俺は日本には帰らない。勢いよく立ち上がる。じっとしているから決心がにぶるんだ。その辺を歩いて忘れよう。

扉を開けるとグラディアーナがいた。

「あ、早かったですね」床に敷物を敷いて、手元に酒瓶らしい陶器の徳利とお猪口を握っている。
「グラディアーナ! ずっといる気だったのかよっ」

この調子だと長期戦覚悟だったのか? なにがグラディアーナをそこまでさせるんだ。

「あ」

グラディアーナが声をあげ、背後から夜の凍える風が吹きこんだ。

部屋にある巨大な窓が大きく開き、カーテンが柔らかくふくれ上がる。ミサスは特に感慨もなく着地した。髪も羽根も夜に溶けこみ、青い額飾りだけが違う色を放つ。

「ミサス!」
「入り口を間違えていませんか」

グラディアーナの正しい突っこみを無視し、小柄な有翼人種は俺へと向いた。

「挨拶をしにきた」

飾り気が皆無の、言葉を節約しきったミサスらしい言いようだった。

「挨拶って、なんの」
「別れの」
「別れ」
「ラディーンから報酬も受け取った。ここにいる理由はない」
「おっと、待ってくださいよミサス。唐突すぎませんか。大騒ぎはこれからなのですよ」
「黒翼族が目立ってどうする」

ばっさり切り捨てる。

「行く当てはあるのか?」
「ない。戻るだけだ。アキトに会う前の俺に」
「なんでだよ」

ミサスの気持ちが分からない。こんなに早くさよならなのか? もう会えないのか、二度と、ずっと。

いやだ、そんなのはいやだ。俺にとっても、なによりミサスにとっても。

「今までのミサスだったらだれにも言わずに行ったのに、なんで声かけるんだよ」

言われて初めて気づいたように、背中の羽根が広がった。

「アキトは宿命の中心だから。加えて、俺はお前が案外気に入ったからだ」

頬の辺りがゆるんだ。いつもないに等しい表情が優しく励ますものに変わる。

「楽しかったなアキト。辛く苦しい時だったが、それでも満足のいく結果と旅だった。ここでおしまいだ。俺は自分の道を行く」
「他のみんなには」
「まだアキトとグラディアーナしか知らない。知らせるつもりもない。アキトから言え」
「そっか」

うなずいた。

「気をつけて、ミサス。すごく助けてもらった。ありがとう」

素直な俺に、ミサスは背を向けてあっけなく行く。グラディアーナがなにか言いたげな表情を見せた。

「どうした、グラディアーナ」
「人の判断にけちをつけるのは無粋ですけどねアキト、あなたにしては冷たいですね。行かせていいのですか、とめないのですか」
「とめても聞いてくれない」
「そうでしょうけど、アキトならそれでも言うと思ったのに」
「しっ」

ミサスの背中が見えなくなったのを確かめてから、俺は走り出す。なるべく足音を立てないように、でも急いで。

「アキト?」

いぶかりながらもついてくるグラディアーナに答えず記録をたどり目的地まで行く。

そこの部屋は俺のより一回り小さいものの、十分に大きかった。扉に鍵はかかっていない。案の定だ。部屋の主がかけるとは思わなかった。

「ザリ!」

部屋は散らかっていた。本や巻物、薬の入った革袋に薬草の束、その中で着替えもせずに、ザリはひとり窓際で肘をつき外を眺めていた。

「アキト。どうしたの、風邪ひくわよ」
「なにやっているのですか、こんな夜中に」
「グラディアーナまで、いえ、特になにがあるという訳じゃないけれど」

弱々しく微笑む。

「なんだか気が抜けちゃって。眠れないしなにかをする気になれないのよ。でも、どうしたの」
「ミサスが行っちゃった」

まどろっこしいさぐりあいはやめて直接伝えた。

「え?」
「ラディーン国王から報酬も受け取ったし宿命も終わったからって、たった今俺に挨拶して行っちゃった」
「ひとりで?」
「ひとりで」
「なんですって!」

生気が戻った。慌てて部屋中の荷物を手当たり次第につめる。

「どこに行ったの?」
「当てはないって」
「急いでいないのね。よかったわ。きっと裏からこそこそ行くつもりなのよ! もう、ミサスってば手がかかる!」
「ザリ?」

グラディアーナがあっけに取られている。

「なにしているのです?」
「ミサスについて行くのよっ」
「なんでです?」
「約束したからよ! ひとりぼっちにはさせないって、あなたが大切だって分かるまでそばにいるって。ミサスがわたしを置いていくから、わたしはこんなにあわただしく行かないといけないの!」
「いや、だからどうしてですか。あれはミサスですよ。最強の傭兵魔道士ですよ。ひとりだからってなんですか、そんなのどってことないですよ」
「分かっているわよ、そんなこと」

背負い袋の口をしっかり締めて、ザリは認めた。

「でも心配なの、心配で心配でたまらないの。そばにいるわ、ミサスが分かるまでずっとよ」
「ザリ」
「教えてくれてありがとうアキト、元気でね!」

俺の頭をひとつ叩き、ザリは笑って飛び出した。赤い帽子を押さえて重そうな荷物を抱え、あっという間に。

「アキト、あなたなにをしたのです?」

まだグラディアーナは理解できないようだった。

「ザリがついて行く理由もよく分かりませんが、どうして告げ口をしたのですか?」
「きっとこうした方が、ミサスにとっていいから」

なぜだか気分がいい。仕事を完璧に終えた充実感に満ちていた。

「俺にみんなが必要なように、ミサスにとってザリはいなくちゃいけない人だから」
「ミサスはそう思わないでしょう」
「だろうな。でも必要なんだ。どんなに強くてもひとりじゃいけないんだよ」
「私の目から見れば、アキトは究極の嫌がらせをした気がしたのですが」
「そうかもしれない。でもいいじゃないか」

ミサスもザリも、それから二度と戻ってこなかった。


夜が明ける。

群青色の空、地と天の狭間に朱鷺色がにじんだかと思いきや、あっという間にまぶしくて直視できない紅色が燃え上がる。肌を突き刺す寒さを日がそっとなでる。

窓に寄りかかり、徐々に白くなる街をぼんやり眺めながら、俺は朝の訪れを黙って感じていた。

「アキト」

グラディアーナは朝まで付き合っていた。物好きだな。

「なんだ」
「さっきあなたは言いましたね。俺は変わった、もう戻れないって」

その話か。

「うん、言った」
「黙っていたらいつまでも気づきそうにありませんから言いますけどね、そういうのは変わったとはいわないのです。成長したというのですよ」

最後の一杯をかかげて飲み干す。こぼれた酒をぬぐわずに桟へ腰かけ両足を外へ投げる。

「あなたは成長しました。年をとって今まで知らないものやったことがないことを体験して潜り抜けました。泣いて笑い宿命をやりとげた。恥じることではありません、卑下するのはやめましょう」

戻れないといいましたね。調子よく続ける。

「戻るのではありません、どんな人でも元のようには戻れません。アキトは日本に帰るのですよ。新しいはじまりへ、もう一回立つのです。できないなんて言わせません」
「グラディアーナ」
「それにもうひとつ忘れていますよ」

俺を試すように笑う。忘れていること?

「サクラギですよ」
「あ」

本当だ、すっかり忘れていた。

「サクラギはどうするのですか。帰ってこいと言っていたじゃないですか。そのままほったらかしですか。帰ってなにが起きたのか説明のひとつでもした方がいいと思いますけどね」

言われてみたらその通りだ。桜木ひとりだけが蚊帳の外、大変な目にあったというのになにも知らされていないんだっけ。なにも言わずにずっとこのままというのは人としてどうかと思う。

目を閉じる。遠慮がちな態度の桜木を思い出す。見た目より積極的で内側にうごめくような熱意を隠し、もてあましていた女の子。一緒に文化祭の道具を作って、逃げて助けて助けられて肩を並べて戦った。俺を探してなにが起きたのか知りたくて、ぼろぼろになりながら走った。

もし桜木がここにいたら、どう反応するのだろう。

なんて言われるのだろう。無事なのを見て喜ぶのかな。それとも怒るのか。話すことがありすぎる。

会わなきゃ。会いたい。

「グラディアーナの言う通りだ」

ようやく認めた。

「待っている人がいる。帰らなきゃ」
「そうこなくては」

我が意を得たりと大きくうなずいた。


決めたからには早く行動を。

ラディーン国王やエアーム皇室に伝えない方がいいと一致した。話したら絶対に引きとめられる。今日だけはいろ、フォロー王国にも寄れと引きとめられる。振りきって日本に行く自信はなかった。だからどうしても、これだけはという人にだけ伝えることにした。

「あ、そう」

キャロルはあっさりしていた。なんだかミサスが乗り移ったみたいだ。

「驚かないのか?」
「あたしだってサクラギは見たもの。そうなると思ったわよ」
「俺は思わなかったぞ」

竜像をまじまじ見つめながらイーザーはつぶやく。

「キャロル。皇室の人たちとラディーン国王にはよく言っておいてくれ」
「いいわよ。ああそうアキト、あたしラディーン国王に雇われるから」

ちょっと待て、今なんて言った。

「雇われる?」
「アットのお兄さんに?」
「ええ、あたし密偵として働かないかって言われていたのよ。高収を約束させたし悪くない条件だったわ」

キャロルは平然としていた。

「でもラディーン国王って、アットと全然性格違うぞ。俺殴られたし」
「殴られるようなことしたからでしょう。感情に流されるアティウスよりはましよ」

まだ驚いている俺を小突く。

「アキト、あたしは忠誠ではなく金と条件で雇われるのよ。心底嫌になったらそこで帰ってもいいのよ」
「うん、そうみたいだな」
「すごいことだと思わない? 今までのあたしからすれば。あたし、もうだれかに支えられなくても自力で立てるのよ」

そういえば。キャロルを見る。あくまでも明るく、演技しているようにも無理をしているようにも見えない。自然と俺も嬉しくなって顔がにやける。

「そっか。がんばれよ」
「当たり前でしょ」

俺たちは拳を打ち合わせた。

「アキトまで行くんだな」

竜像を押しつけるように返し、イーザーはふてくされたようにそっぽを向く。

「イーザー」
「アルに続いて、アキトまで行っちまう」
「……イーザーもくるか?」
「げほっ」

咳きこんだ。

「馬鹿、行くかよ! 俺がニホンでなにしろって言うんだ」
「だって」
「困らせただけだよ。気にすんな。全くお前って奴は」

首を振って苦く笑う。かと思いきや急に横を向いた。手で覆ったが目が赤く、潤んでいたのに気づいてしまった。

「イーザー」

俺まで目頭が熱くなる。

イーザーはカーリキリトで出会った初めての人間で、初めての友だちで、最後まで一番の友だちだった。ずっと一緒にいて、助けられて助けた。

「世話になった、イーザー」

まばたきでごまかす。でも無理だろうな。

「またくるから。その時会おう。ありがとう」
「こっちの台詞だ。アキト、また会うぞ。サクラギによろしく言ってくれ」

あっさりと、それきりにした。これ以上話して泣きたくない。一言一言に万ほどの感情をこめて、俺とイーザーは再会を誓う。

「さて、アキト」

グラディアーナは竜像をつつき片目を閉じる。

「行きますか。準備はいいですか?」
「ああ。どうすればいいんだ?」
「感覚的なもので説明するのは難しいのですけどね。夢歩きの時のようについてきてください。私が竜像の力を利用して歩きます。アキトをつかんで歩きますからおとなしくしてくださいよ」

説明になっていないような。でもグラディアーナは繰り返す気はないらしい。俺の肩をつかみもう片手に竜像をつかむ。俺も手放さない。

「行きましょう」
「アキト、ニホンの方はよろしく」
「元気でな。忘れるなよ!」

外野で叫ぶ声がする。覚悟を決めた。力を抜き前を見る。竜像がぼんやりとした光を放ち、俺の内側からもぼんやりと輝きだす。視界がぼやけて景色が重なる。気持ちが遠くなりゆっくりとしためまいがして。

そして俺は、世界を超えた。