三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

灰の降る街で 6

召喚術士になろうと決めた。

あたしは確かに魔道士を目指しているけど、具体的になにを専門にするか今まで決めていなかった。絶対にお父様がこないことが分かった、そろそろ現実を見つめてもいいころだ。なんとなく考えてはいたけどはっきり決めた。召喚術を学ぼう。

学問通りには召喚術士も異世界の研究者もいない。召喚術士を目指すなら街を出て教師を探さないといけなかった。でもどこに行けばいいのだろう。エアーム帝都にでも行けば見つかるだろうか。

街を出るにはまだ時間があった。前納した魔道基礎はまだ学び終えていないし、図書館にある異界の本は手つかずだ。教師も見つかっていないのだし、学問通りに残る理由はいっぱいあった。

あたしが今後について決めている間に、シュウもまた変わりつつあった。

帰り道、途中市場で買い物していこうとにぎやかな大通りを走っていると、シュウが街角で灰掃除の男と話しているのを見かけた。熱心に話しているらしく、あたしに気づいていない。

意外だった。シュウは根深い人間不信に陥っていて、近寄られるだけでもびくびくしているのに。もちろんその日のうちにあたしはいつ返上する気にあったのか聞いてみた。

「見ていたのか。灰掃除の仕事について聞いていたんだ」
「なんで」
「働くためだよ」

驚いた。あたしはよほど露骨な顔をしていたのだろう。シュウは傷ついた表情になった。

「いつまでもこのままではいられない。生活をするには収入がないと困るだろう」
「人間嫌いはどうしたの」
「多少は馴染んだ。礼儀正しくしていればそう衝突することはない」

短い言葉にどれだけの自制がこめられているのか、どれほど大変なことなのか。あたしの想像を上回っていて分からない。なにがきっかけか、重大な心変りがいつの間にか起きたみたいだ。

シュウの行動は早かった。翌日の夕方にはもう灰掃除人のまとめ役と話をつけて、専用の灰色の服、頭覆いやマフラーを借りていた。

灰掃除人は年中灰が降る学問通りだけの仕事で、やることはそのまま放置するとあちこちにつもって家々を押しつぶす灰を片付けること。身体が灰まみれになるし、きつい肉体労働だけど収入はいい。傾向として武器を下げている人が多いので、カタナを手放さないシュウには都合がよかった。

仕事を始めてあっという間にシュウは灰まみれになった。黒かった髪が1日で白くなった。頭覆いをよく観察したけれどもしっかりした作りで灰が入ってくる隙間がどこにもない。なんで髪が白になるのか不思議だった。

シュウの収入で家計はぐっと楽になった。今まで後どれくらい持つのかびくびくしながら切り崩していったのに、もう雲泥の差だ。それともう一点、あたしが故レックスのリングをせしめていたのも多いなる利点だった。

教科書通りに魔道を操り言葉を使うと、なんでもない壁が白く光った。

「すごい!」

油のように燃料もいらず、臭いもないのに明るい。まじまじ見つめても明かりは揺らぐことなく太陽のように輝いている。

「すごい、すごい!」
「蛍光灯かと思った」

ひび割れた壁からシュウの声が聞こえた。

「ケイコウトウ?」
「あっちで主に使われていた明かりのこと。こんな風に白くて電気で動く。でもギリスは前も魔法を使ったんだろ。どうしてここまで感動するんだ?」
「だって」

あたしは石憑きの時も使ったけどその時はすごく興奮していて感動する暇なんてなかった。その前は全部先生が使っているのを見るだけであたしじゃなにもしていない。真実自分が魔法を使えたことに感動していた。

もっと魔法を使ってみたくて上機嫌で教科書をめくるあたしにシュウが尋ねる。

「魔法使いのリングは高いのか」
「高いよ。それに学校だと基礎を終わらせた人しかリングをくれないの。後でもらえるものだし持たないでおいたけど、でも本当にすごい」
「学校がくれるのか」
「うん、でもちゃんと学費に入っているけどね」

こんな黒こげたリングでも魔法はすごく役に立った。もう夜油をけちってランプをともさなくてもいいし、習ったことを実践できるから勉強ははかどった。

あたしの生活はかなり向上していた。家計は今までで一番安定していたし目標もできた。それにあたしは絶対こない人を待つのをやめていた。思ったよりも悲しくはない。

夕方学校から走って帰ると「ギリス」呼び止められた。立ち止まると灰掃除人の格好をしたシュウがいた。

「今帰りか?」
「うん、シュウも?」

あたしは分かりきっている返事を待たずに、シュウが下げている袋に注目していた。

「なにを持っているの?」
「パンケーキ。チーフの奥さんがくれた。2つある」
「やった!」貧乏魔道士にはすごい贅沢だ。最後に食べたのがいつか思い出せない。あたしとシュウは並んで帰った。
「すっごい楽しみ、チーフの奥さんいい人だよね! あたしチーフって会ったことある?」
「ないんじゃないか。獣人だよ、えっと、犬の獣人」
「牙の一族だ」
「そう言うのか。獣人の種族名は分かりにくいな」
「そう? 結構まんまだけどな」

どうでもいい会話はふと途切れた。

「ギリスが召喚士を目指すのは、俺のせいか」

独り言のようだった。

「……そうかも」

あたしたちは間違いなく幸福だった。