三つ首白鳥亭

−カーリキリト−

ブレイブ・ハート

街の雑踏にもまれて俺は目を回した。

「アキト、はぐれるなよ」イーザーが注意する。
「分かっている。久々で人に酔っただけだ」
「本当に分かっているのか? 前科があるから信用できないぞ」

俺は前にイーザーに注意されながらも早々にはぐれて迷子になったことがある。もっともな言い分に俺はつまった。

あれから森を出てネクタリンという街まできた。情報屋の宿をとり、久しぶりにベッドでぐっすり寝て次の日。今後に向けて物資の補給や身づくろいをしようという話になった。つまり俺とイーザーは買い物に街の中央まででてきたのだった。長く森で過ごしていたので保存食は底をついたし、服はあちこちほつれていて常備薬はとっくになかった。ここで買いたさないと道中迷子になったら即飢え死んでしまう。

「まずは平パン、干し飯、ナッツに干し果物もいいな。もちろん俺はバッタじゃないんだから干し肉も買いたい」

暗唱するイーザーはいつもの白いシャツと黒い外衣ではなく日本で買った俺のきがえを着ていた。イーザーの持っている服といえばシャツと下着、一そろい持っている俺と比べると最低限しかなく、しかもきがいは森の生活で泥とほこりと血で汚れていた。人里について洗濯して干している間、俺のきがえを貸してやれとキャロルに頼まれ、もちろん俺は受けた。

残念なことに俺の服はイーザーにはにあっていなかった。体格の違いがはっきり分かる。イーザーとは身長も違うがそれ以上に筋肉のつき方が違った。俺の服はいかにも窮屈そうで、いつやぶけないか俺は内心はらはらしている。

「後布だ。糸もキャロルがほしがっていたな。まずはそっちからいくか。軽いし」
「店の場所知っているのか?」

店と露店と普通の民家もみんなまとめてごった返している大通りに俺はげんなりした。日本だったらこういうときは慌てずコンビニに行くのだけど、ここでは店は専門性が強く、たのまれたものを全部買うのに何件もの店を回るはめになりそうだった。

「知らないけどそのうち見つかるだろ。のんびり探そう」

ちょっと待ってろといきなりイーザーが露店の群立する中へ飛びこんだ。おいていかれて俺はしばらくその辺をただよっていたが、すぐにイーザーが肉の串焼きを2つ持って戻ってきた。

「そこで売っていた。食おう」
「食べよう」

俺はうきうき焼き串を受けとった。牛でも豚でも鳥でもない肉は熱く、たれがたっぷりかかっていて手にこぼれた。かじるとじっくり肉汁が口の中に満ちる。

「うまい。これなんの肉だ?」
「羊だよ」
「北海道のジンギスカンの。こんな味なんだ」
「ほっかいどう?」
「地名。北にある亜寒帯地方」
「へぇ、アットのおかげで懐が温かいから気軽に買い物ができるな。でもだからって変なもの食うなよ」

俺は犬か。「俺はできないよ。金持っていないし」

「持ってない?」
「うん」

べとべとする口をぬぐって俺はうなずいた。日本の金はもちろんあるけどここで流通している金は一銭もない。財布をにぎっているのはイーザーだが奴はなにも言わないし、俺も気にしていない。

意外にもイーザーは驚いたようだ。

「本当か?」
「本当だよ。どこで金を手に入れろって言うんだ。生活費を出しているわけじゃないし、別にいいだろ」
「悪かった。後で小銭渡すよ。そういえばすっかり忘れてた」
「そういうつもりで言ったんじゃない。いらないよ」
「なにかあったとき困るだろ。あっても不便はしないぞ、小銭くらいは持っていろ」
「そうか」

たれで汚れた手を布でぬぐって、イーザーはそれなりの店構えのところに入っていった。色とりどりの鮮やかな布の中からおばさんがでてくる。

「いらっしゃいませ」
「布切れと糸がほしい。麻を頼む」
「麻でいいんですか? いい綿の染布がはいりましたよ。いかがです?」
「いらないよ」
「すこしお高いですが絹もありますよ。手触り肌触りが違います」
「それもいい。麻がほしいんだ」
「そうですか。これなんていかがです?」

時代劇の反物屋のように巻いたりたたんである布を俺がぼんやり眺めているうちに、イーザーは店員さんと交渉してさっさと目的の布と糸を買った。

「次いくぞ」

あらかじめ目星をつけていた食料品店に行って長持ちする食べ物を買う。5人分だからさぞ重たいかと思いきや、意外と軽かった。全部乾物の上に、ミサスは重くてかさばるからと保存食を拒否して自分でなにかのナッツを調達し、ウィロウは食事は不要です、水のみでわれわれは生きますとあらかじめ言われているので、実質3人分しか買っていない。

「エントってあんなに大きいのに水しか飲まないんだな。蛍みたいだ」
「そういう種族なんだよ。俺だって不思議だ」

荷物をかかえて情報屋に帰り、あらかじめとってある部屋で荷物を置いた。いま俺たちが借りている部屋はイーザーと俺、キャロルとウィロウの組み合わせで2人部屋を2つ。ミサスは財布に余裕でもあるのだろうか、一人部屋をとって引っこんだままでてこない。寝ているのだろうというのが共通の見解だった。

「俺、隣に行ってくる」

イーザーは黒の外衣をぬいだ。隣にはキャロルとウィロウがいる。

「俺も行く」どうせ暇だし。
「ああ」

イーザーは剣を持って立ち、その足で隣室に行く。隣に危険があるわけないのだが、それでも剣を手放さない。イーザーの変なこだわりだった。

「俺だ。入るぞ」

呼びかけるとすぐに鍵が開きキャロルが出てきた。その手に抜き身の剣がにぎられていて、俺はあわてて逃げようとした。

「お帰り」
「ほい、頼まれていたものだ。それからとぎ石をかしてくれ」
「すこし待って。今あたしが使っている」

中に招きいれてくれたので俺は逃げるのをやめて入った。床には無造作にとぎ石らしい灰色の石と布がおいてある。奥ではウィロウが針と糸で荷物を入れているずた袋の繕い物をしていた。

「キャロル、いま剣の手入れの最中だったのか?」
「ええ。ナイフとかは先にしたわ。こまめにお手入れしないとね、命を預けるものだから」

それはいいけど剣を持ちながら扉を開けないでほしいぞ。心臓に悪い。

キャロルは床にあぐらを組んで、剣を布で丁寧にふき始める。俺はぼんやり見ていた。キャロルたちが使っているのは分類するなら西洋剣というものらしい。まっすぐな両刃のものをイーザーは片手で、キャロルは両手で使う。知って驚いたのだけど、この剣は髪でも紙でも切れる日本刀と違い切れ味はすごく悪い。それじゃ使えないと思っていたら、鉄の塊を力任せに叩き切るようにして使うみたいだ。片刃で切れ味抜群の日本刀の方がまだしもなじみぶかい俺としては野蛮な剣だなと思う。どうせどっちも使い方はただ1つなのだけど。

「さっき下で地図を書き写してきた」
「ありがと。そうだ、思いだした。アットに手紙出さないと」
「なんでだ?」

今までイーザーが友人知人に手紙を出すなんてことはなかったのだが。どうしてやる気になったのだろう。

「おいおい、今あたしたちはアティウス殿下に雇われているのよ。報告の1つも出さないでどうするの」
「あ、そういうことか」
「キャロル、墨と羊皮紙持っていないか?」
「荷物にある。すこし待って」
「あ、紙なら俺が持っているぞ。そっちを使え」

日本では紙なんて1枚1円以下だが、こっちは貴重品だった。しかも品質は悪く、藁半紙みたいだったり木板だったり、果ては羊皮紙というなんと羊の皮を紙代わりに使っていたりする。動物の皮にものを書くなんて気持ち悪くてしょうがないのだが、イーザーたちはなにも気にしていない。俺のさしだしたレポート用紙を見て、イーザーは目をみはった。

「おい、これ一財産はあるぞ。いいのか」
「一財産って、俺の方ではどこにでもあるものだよ。普通に使ってくれ」

キャロルが俺の手元を見て「もったいない、売ればかなりの金になるのに」とつぶやく。そうか?

「この紙は現存の技術にはないものですね。どうやって作るのですか?」
「え」

ウィロウの問いかけに俺は冷や汗を流した。紙の作り方ぐらい知っている。でも木からできていることを樹の人間であるウィロウが知ったらどうなるか。

「さあ、なんでできていると思う?」

へたくそな俺のごまかしに、ありがたいことにウィロウはすぐに引っかかった。腕を組んで考えこむ。もうとっくに縫いものは忘れられていた。

「そうですね。南方の国々では芭蕉から繊維を取りだし紙にする研究があると聞きます。西方ではさまざまな生き物の皮より研究しています。しかしこれだけ美しくなめらかなものは。降参です。やはりまだ経験が足りませんね」

負けを認めるにしても変な言いかただ。当てられないことにほっとしたし、軽い気持ちで俺はたずねた。

「経験が足りないって、ウィロウいくつだよ」
「90年間生きています」

俺はレポート用紙を落とし、キャロルの手が止まった。

「90!? うそだろ、そりゃ落ちついて見えるけど、十代じゃないとは思っていたけど、90って俺のじいちゃんより年上じゃないか!」

ウィロウは目を白黒させる。イーザーが落ち着けと諭すように口をはさんだ。

「ウィロウはエントだ。人間とは年のとり方が違うんだよ。ナーガについで寿命が長く、人の命と樹の命両方を持っている。長生きなんだ。人間として考えたらまだ若いはずだぜ」
「どうして落ちついているんだイーザー!」
「種族の違いの驚きは経験しつくした。年齢ぐらいじゃもう動じないよ」

同じ年のくせにイーザーは偉そうだった。キャロルも気に障ったらしく、にっといたずらっ子のように笑う。

「動じないと言ったわね。なら聞くけど、あたしの年はいくつだと思う? 当ててみてよ」
「俺と同年代だろ」
「あたしは17。じゃ、ミサスは?」
「ミサス?」

なんでここにミサスが出てくるのだろうと思い、そういえばミサスは年齢不詳だなと考え直す。話さない動かないのミサスはいざという時頼りになるが、いまだに細かいところは分からない。

「そういえばよく分からないな。キャロルは知っているのか。外見がああだしまだ若いだろ」
「黒翼族は小柄でやせごだからね。でもさ、あたしすこし調べたんだけどミサスは先のナーシェッド沙漠国と聖レイファ国の戦いの時大変な武勲をあげたそうよ」

その話はフォールストから聞いたことがある気がする。

「そのときはるばる遠くここまで聞こえるほどすごいことをしたのなら、当時からそれなりの年齢だったということでしょう」
「それなりってどれくらいだ?」
「大まけにまけて25か30くらい?」

俺からしたらその時点ですでにおじさんだ。

「そうか?」
「そうよ。だってアキト、アキトは今すぐ戦闘で大活躍する自信はあるの?」

あるわけなかった。

「アキトはもちろん論外だし、イーザーも年のわりにできるけどそれでもだれもが振り返るほど有名にはなれないでしょ」
「まだ、だ」

イーザーは憮然と訂正した。

「はいはい。とにかく実力者であるためにはある程度の年齢は必要よね」
「そうだな」
「で、そのナーシェッドとレイファの戦いは会戦が14年前、終結したのが8年前」

俺はその情報をもとに簡単な足し算をした。

「ミサスって、少なくみつもっても33から38!?」
「じゃない?」

軽いキャロルとは対照的に、イーザーは口を「げ」の形に開けたまま動かなくなった。

「ミサスってそんな年だったのか?俺たちと一回り、いやそれどころか倍、下手すれば親子ほど違うぞ!」
「そうでもなければああまで強くなれないでしょう。それにねじまがった性格も10年20年で身につくものじゃないし。単にあたしたちが若すぎるのよ」
「俺、なんだか急にミサスが人生の大先輩に見えてきた」
「年長だからって尊敬することはないわよ。で、イーザー、驚いた?」

口を開けたままうなずくイーザーにキャロルは満足そうに微笑む。それがしたかったのかキャロル。キャロルだって20年生きていないけど結構ねじまがっていると思うぞ。


翌朝俺は日本でめざめた。やっと着慣れた夏服をきて学校にむかう。なんだかみんなの表情が明るいと思ったら、そういえば今日が終業式で明日から嬉しい夏休みであることを思い出した。

「これから一ヶ月と半分休みか」

俺は学校嫌いではないが、それでも休みだと嬉しいし、一ヵ月半も続くとすれば暑さも吹っ飛ぶ。久々に俺は心弾ませて暇なHRを聞き流していた。休みはなにをしよう。

「これで一学期は終わりだ。皆有意義に休みを過ごすように。それから大谷、文化祭実行委員の集まりが11時からあるそうだ」

かなりよい内容の通知表を受けとって悦に入っていた俺は思わず机につっぷしそうになった。それを忘れていた。

(委員としての自覚がないぞ秋人)
(いきなり話しかけるな、声。俺はカーリキリトに忙しくて実行委員までは構えないんだよ)
(そう言うわりにはぱっとしないな)
(悪かったな)

俺は腹を立てながら生物室へ急いだ。

想像通り話しあいの進行速度は遅かった。俺はひたすら書記としてノートにむかい、心は声と話して時間をつぶした。

(そういえば声は何歳だ?)
(話したとしてもどうもない)
(俺よりは絶対に年上で、ひょっとするとミサスより上かもな。でもウィロウには負けるだろ)
(そんなことを聞いてどうする)
(どうもしない)
(なら聞くな)
(暇なんだよ、話し合いよりはおしゃべりの方がましだ)
(私は無言でも全く問題はない。ほら、予算予定提出書の議題は終わったぞ。そっちに意識を向けろ)
(え?)
「次に演劇について決めます。配役から」

黒板の前で荷沢さんは手早く台本に出てきた登場人物の名前を書きだした。俺も書記ノートのページをめくり、左頭から黒板をうつす。

「荷沢先輩、大道具とかの役職はどうしますか?」
「委員の人数が少ないので、配役と兼業して決めます。立候補する人いますか?」

周りへの遠慮だろう、かなり長い間があった後ぽつぽつ手があがっていくつかの脇役がうまった。その慎み深さは荷沢さんにはやる気のなさとうつったらしく、不愉快そうに顔がこわばってきている。

「ね、大谷くん」
「はい」なるべく荷沢さんを見ないようにしていた俺は、呼びかけられて顔をあげた。不自然な笑いが浮かんでいる。
「主役やってみない?」

げ。いきなりなにを言うんだこの人は。

「いやいいです、俺はいいです」
「そんなに遠慮しなくてもいいのに」
「いや本当にいいです」

別のことでくたくたなのに、さらに高校1年生で演劇の主役なんてやりたくない。

「そう。なら響どう?」

手元のノートに今までのことを書いていた響さんは不意をつかれたように顔をあげた。俺がここで書いているのだから後で書記ノートを見ればいいのに。

「俺か?」
「うん、やってみない?」
「それは別に……」
「そっか! 決定だね」

いかにも嬉しそうに主人公のカッコの中に2年響と書いた。

(やってみたらどうだ? 舞台の上で大勢の注目をあびるのは悪いことではないぞ)
(冗談はやめてくれ。俺は目立ちたくない)

今までとは逆に荷沢さんが指名しはじめると、会議は驚くほどなめらかになった。空欄が見る見るうちにうまる。そして次回の日程を決めると(あさってだった)解散となった。会議が終わるこるにはもう3時になっていて、今更ながらに腹の虫が主張しはじめる。もっとも、これより強力な飢えはあっちでとっくに経験済みだったので俺にはまだ余裕があった。

どこかで昼を食べていこうか。でも学校周辺にはろくな店がない。あるのは海と山と最近できたマンションだけだ。コンビニすらないなんてここは未開地なのだろうかと思いつつ駐輪所へ行って愛用の自転車を引っぱりだす。

「大谷くん、お疲れさまです」

うしろからのか細い声に俺は「ん、ああ」と反射的に答えて、それから我にかえる。

「桜木さんこそ、こんな遅くまでお疲れさま。長かったよな」
「私はなにもしていないから」

桜木さんは俺が駐輪所から出るのを待ってくれたので、自然に俺たちは一緒に帰ることになった。

「大谷くんは役あれでよかったの?」
「うん、俺はこっちの方がいい」

結局俺の劇での役職は背景代わりのその他大勢を3人分だった。しょぼい役ではあるが、言葉も演技もいらないので俺は満足している。ちなみに桜木さんはかなり大きな役を自ら立候補していた。見かけと違い積極的なことである。

「そう? 後それから」
「お〜い!」

またもや聞き覚えのある声が後頭部をはたいた。思ったとおり、荷沢さんとなぜか響さんも小走りでかけよってくる。

「今帰り? あたしたちも一緒に帰っていい?」
「いや、そりゃもちろん」

安心したような残念なような。色々思うところはあるがおれたち4人は仲良く並んで集団下校した。

「この夏休み、すごく忙しくなると思うけどがんばろうね!」
「……はい」

さらば夏休み。俺は心で泣いた。響さんもどことなく困ったように「俺もずっと出ていられないけど」という。

「といっても、響は塾に通っていないし、やることといったら剣術ぐらいでしょ?」
「そうだけど」

お?

「響先輩、剣道部でしたっけ?」

俺の記憶が正しければ帰宅部だったような。俺が思ったことをそのまま聞くと響さんはうなずいた。

「俺は部活には入っていないけど学外で道場へ通っている。身内が剣術をやっているのでその関係で俺も小さいころから」
「そうだったんですか」

ひょっとすると学校終わってからすることがない完全帰宅部の暇人はこの中では俺1人だろうか。すこし考えさせられてしまう。


次の日の朝は情報屋で目覚めた。こっちでも夏が近いらしく暑いが、日本に比べて湿度が高くないので日陰では涼しい。それにしてもこうも頻繁に行き来していると俺にとってどっちが現実でどっちが非現実だか分からなくなってくる。よくないことだ。

着替えて朝食をとるとすぐに出発する。昨日情報屋にお金を出して写させてもらった地図を俺たちは検討して、どの道を通るのが効率がいいか決める。といっても俺はこっちの地図の見方も字も地理もなにもかも分からないので見ているだけ、ミサスは席にいるだけでなにも言わないので実質3人だけの話しあいだった。方針が決まったらすぐに俺たちは宿を出た。

「おとといまでの山道に比べたら今後はずっと楽ね。街道だもの」
「そうか」

俺は落ちつかない気分でうなずいた。イーザーがこっそり俺にささやく。

「どうした?」
「いや、なんだか俺たち目立っていないか?」

さっきから通りすぎる商人や普通の街の職人さん、周囲の人間からちらちら見られているのは気のせいか。そう伝えるとイーザーは重々しくうなずいた。

「明らかに目立っている。やむをえない、俺たちの構成からすれば」
「構成?」

俺はイーザーの言っていることがよく分からず、適当に推測してみた。

「人間じゃないのばっかりだからか?」

キャロルはねずみ人間の地下道の一族、ミサスは羽が生えている黒翼族、ウィロウは半分樹のエント。ついでに俺は日本人だから純粋なここの人間はイーザー1人。とんでもない連れだ、気の毒なイーザー。

しかし、いや違うとイーザーは否定した。

「種族が混ざっているなんてどうとでもない。むしろこの寄せ集めの人数で全員人間であるほうがおかしい」

人間外が混ざっているほうが不自然じゃないなんて、何てことだ。

「じゃあなんで注目されるんだ?」
「人間じゃない種族にもいろいろあってな。地下道の一族はたしかに珍しくないがエントは珍しい。黒翼族なんて存在を知っている人自身多くないくらい希少だ」
「つまり、ウィロウとミサスが目立っているんだな」
「そう、おまけに2人が一緒に行動しているからよけい目立つ。相乗効果って奴だ」

ちなみに当人たちはというと、ミサスは無視してウィロウはぼんやりしている、完全に我関せずで気にしていないようだった。それは鈍感だからかそれとも慣れか、それは俺には分からない。


街を出て人工的に踏み固まれたのであろう道を行く。いくら踏み固められたとはいえ日本のアスファルトとは雲泥の差、比喩表現でなく靴が泥まみれになるし、ところどころにある轍や穴にけつまずくこともあった。ちなみにけつまずいたのは俺1人だけ。面白くない。

「おい、あれを見ろよ」

昼すぎ、イーザーが道からはずれたところにある灰色の塊をさした。

「砦だ。古いぞ」

そう言われたとたん、塊はずんぐりむっくりした石造りの建物に見えた。キャロルが額に手をあてる。

「大きいわね。うち捨てられた砦か」
「見ていかないか?」
「なんで?」

キャロルはいやそうな顔をした。「行楽旅行じゃないのよ」

「砦を見学できるなんてめったにない機会じゃないか。珍しいぞ。それにあそこに泊まることもできそうだしな」
「私も賛成です。新しい知識を得る機会を逃したくありません」
「ウィロウまで。ったく」

キャロルはすぐ後ろの俺を見た。

「ならどうぞ。どうせ進行方向だしね」

キャロルが妥協して寄り道をすることになった。街道のほうがまだましな平野をえっちら歩く。砦はすこしずつ大きくなっていった。

おかしなことに気がついたのは、砦まであと少しの時だった。

「あの砦、大きくないか?」
「だからキャロルが言ったじゃないか。大きいって」
「いや、俺はあの時は大きな城とかの意味で言ったんだと思って」

この大きいというのは規模が大きいとか体積が大きいというのとは違う。門、扉、階段、1つ1つの構成そのものが明らかに人間より巨大なものが使う大きさだった。

「なんだよあれは。巨人の城か?」
「知らない」
「行って調べればわかります、アキト。しかし巨人族が住んでいるのはもっと東です。フォロー千年王国に巨人の住居跡があるのは不自然ですね」

砦の大きさのため遠近法が狂って、着いたのは俺の予想よりはるかにおそかった。


いざ着いてしまうと、砦は見上げてみると首が痛くなるほど大きかった。前行ったフォロゼスの王城か、ひょっとしたらそれ以上かもしれない。階段は手を伸ばしてよじ登らなくてはいけないほど高く、壁は戦車が突撃しても壊れそうにないほどぶ厚い。誰のための砦かは知らないが、人間のための建物ではないことは確かだ。

「きわめて古いものですね」
「その割にフォローのお城に似ているな。大昔のならもっと形が違うかと思った」

俺の言葉にウィロウは奇妙な表情をした。なにか言いたいような、驚いたような感心したような顔。

「いつ捨てられたのかしら」

俺が問うより先にキャロルが口をはさんだ。

「細かく調べないと詳細は分かりませんが、少なくとも数百年、もしかしたら千年以上は放置されたと思います」
「すごい。そんなに昔のものなんだな」

俺は関心を通りこしてなんだか呆れてしまった。千年以上だなんて東大寺並みだ、そんなものがその辺に転がっているなんて。

本物の岩のように重い扉を俺とイーザー2人がかりでこじ開けて隙間を作りそこから入る。これは不法侵入なのではないかと不安だったが「どうみても無人でしょう。仮に住人がいても絶対に人間じゃないわよ、なら人間の法律には触れないわ」といとも軽く言われてしまった。キャロルらしからぬその軽薄さに、俺はひょっとしてここには不法侵入罪というのはないのだろうかと心配した。

中はぶ厚いほこりがつもっていて、空気は冷たく驚くほど静かだった。家具が全くなく、やけに広く寒々としている。

「この砦って、なんのための建物なんだろうな」
「戦のために決まっているでしょう。それ以外に砦の使い方があったら教えてほしいわ」
「戦? 戦争があったのか?」
「もちろん。千年王国とよばれるだけあって歴史をひもとけば相当数の戦いと流血があるわよ。今は平和だけどね。なんだかんだで」

不意に俺の頭に映像がひらめいた。鉄色の鎧兜、山のようにある刀剣。その間を歩く大柄な男たち。中には人間でないものもいるだろう、戦いのざわめき、大声、金属がぶつかりあう音、冷たい鋼の音。人々があふれかえっている。今は無人のこの場所に。

「なんかすごいな」

そして今が平和でよかった。安心して見学できる。

「すごい? そう」

キャロルは首をかしげた。「過去の建物よ。ただの」

「アキト、上行ってみよう。きっと見晴らしいいぞ」

俺は反対する理由もなく、イーザーについていった。


空っぽの武器庫や見張り台、神殿(砦の中にもあった)、弓を撃つための窓などを見学しているうちに日が落ちてきた。百人以上がいっせいに食事できそうな食堂を一時拝借して、携帯食で夕食にする。

昼もそうだったが夜になるとさらに冷えてきた。適当な小部屋を選んで、キャロルがどこからか見つけてきた炭と火鉢で暖を取る。よく残っていたなと俺が寒心したらキャロルに鼻で笑われた。

「当時の炭が残っているわけないでしょ。あたしらみたいな不法侵入者がおいていったのよ」
「そうか。どうしてこんなに寒いんだ? お城はもっと温かかったぞ」
「今使われているかいないかの差よ。昔は異界技術はうさんくさがれて使われていなかったし、戦いの建物に快適さは必要ないし」
「今夜は見張りはどうする?」

イーザーが外衣のほこりを払いながら言う。

「いらないでしょ? ここしばらく人が入った形跡もないし」
「そんな細かいところまで見ているのか」
「細かくないわよ、基本よ、基本」

キャロルはちっちっと指をふり、自分の貫頭衣を毛布代わりにしてくるまった。

「あたしは寝させてもらうよ。おやすみ」

俺とイーザーはなんとなく顔を見合わせた。

「アキト、火の番よろしく。しばらくしたら炭壷に炭を入れてくれ。ふたをしたら炭の火は消えるから」

イーザーも外衣を体の下にしいて横になった。しまった、先をこされた。

もちろんミサスは当然のようにとっくに寝ている。俺はよく火がおこっている炭を横目で見て、ウィロウと呼んだ。

「もう少し寝やすい温度になるまで俺は火を見ているけど、1人じゃ寝ちゃうかもしれないし寂しいからなにか話そう」
「はい、いいですよ。しかし寒いですか?」

炭がはじける火粉の向こうでウィロウが首をかしげる。

「寒いだろ。石の家だし部屋は無駄に広いし底冷えする。ウィロウは寒くないのか?」

ウィロウはつくりが簡単な服しか着ていない。しかもその材質は麻に見える。俺の感覚からすれば夏にしか着れないものだ。

「私たちエントは人間と比べて感覚が鋭くないのです。暑さ寒さもあまり気になりません」
「あ、そうなんだ。うらやましい」
「人は人、エントはエント。比較することには意義がありますがうらやましがることに意味はありません」
「分かってるって」

互いにすこし黙った。炭のはぜる音が広い部屋に響いて消える。

「アキト、聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「昨日見せてもらった紙ですが」

まだ考えていたのか。1日経過したのにと俺はウィロウの粘り強さに驚いた。

「おそらく麻か芭蕉を加工したのだと思います。正解でしょうか」
「いや、おしいけどそうじゃなくて」

原材料はウィロウの友人だよとは言いにくいが、これ以上はごまかせそうにないし、ごまかすのも失礼だ。

「実は材料は木なんだ。木を細かく砕いてパルプにして、そこから作る」
「木からとは思いませんでした」

びくびくしていた俺とは対照的に、ウィロウは平然とうなずいた。

「怒らないのか?」
「なぜ私が怒る必要があるのですか?」
「だって、ウィロウはエントで、で紙は木でできているのに」
「そんなことはありません。アキトも動物の肉を食したり、獣の皮の着物を着ているでしょう」
「うん」
「それとおなじです」

俺はなんとなく恥ずかしくなって頭をかいた。ウィロウの例えは正しくない気がするが、考えてみれば今まで木造の家に泊まったり、机や椅子を使ったり色々しているのだから平気で当然だった。俺のスタッフだって木から作っているものだし。

「それに木は礎ですから」

聞き返すより先にウィロウが続けた。

「木は切り倒され殺され道具となり食料となります。それでいいのです。私たちは命の礎となり、他の命の踏み台として忘れさられます。それで満足なのです」

ウィロウには悪いが、俺はウィロウの言いたいことの十分の一も分からなかった。俺の表情からそれを読みとったのかウィロウの方から話を変えてくれた。

「アキト、私から聞きたいことがあります。聞いてもいいですか?」
「ん、いいよ。なんだ?」
「アキトは他の世界の住民ですよね。この世界をどう思いますか?」

また難解な質問だった。

「どう思うって。科学はないも同然だけど魔法はあるし、色々な種族もいるし、いいんじゃないかな?」
「ここは」

ウィロウはのっそり立ちあがって窓へ進んだ。建物の規模のわりに小さすぎる窓から白い月明かりがふりそそぎウィロウを照らす。月光の下、無表情なウィロウの姿は久しく失念していたい種族への尊敬と驚異の念を思い返させた。

「ここは止まっています」
「え?」
「長生きするエントだから私は知っています。ここは変わらないのです」
「言っている意味が分からない」
「この、砦」

ウィロウは目をふせて手をひろげた。砦全てを指さすように。

「この砦は古の大戦のときに建築されたのだと思います。おおよそ三千年前」
「げ、三千年?」
「今日一日砦を観察して推測しました。しかしアキト、仮に私がこれを二百年前の建築物といったら信じましたか?」
「信じたと思う」
「なぜですか?」
「えっと、それは」

なんだか話の先が見えない。俺は苦労して言葉を探した。

「だってここはそういうものがたくさんあるし、フォロゼスのお城もこの砦と色々似ているしでさ」
「アキトの住んでいたところでは三千年昔の建物と今の建物の区別はつかないのですか?」
「まさか」

三千年前の日本人がどういう家を作ったかは歴史でならった。今のビルとは全く違う、首をかけてもいいくらい間違いない。第一千年前の建物ですらほとんど実在していないし、それどころか20年前の家だって見分けられて当然だ。

あれ?

ウィロウは俺の思いを察したのかうなずいた。

「建物にかぎりません。文化、風習、人。時々いる異界のものと話をしたことがあります、時とともに変化していって、数百年もすれば大幅に変わるそうですね。

ここにはそれがありません。この窓からの風景は千年前も変わらないでしょう。ここは動かないのです」

月が外を照らす。街道と野原、俺たち。さえざえと冷ややかに照らす。俺が生まれる前もウィロウが生まれる前も、原始の時代からそうであったように。

「ウィロウ、一体なにが言いたいんだ?」
「私にも、自分が具体的になにを主張したいのか把握していません。ただ不安なのです。変わりゆくところに住んでいたアキトを前にすると恐ろしくなるのです」

え、俺のせい?

「俺、別に怖くないぞ?」
「もちろん承知しています。アキトに非はなく、また害もありません。あなたは悪くありません。しかし私はアキトを見るたびにかすかですが不安になります。

アキト、私はなにを恐れているのでしょうか。私はなにが言いたいのでしょうか。なぜ神々はこの場所をとどめているのでしょうか。立ちどまった場所で我々はなにを見るのでしょうか」

俺はなにも言わなかった。言えるわけがない。答えがないまま俺とウィロウはじっと立ちつくしていた。