ぎゃあ、大変! ピンチよピンチ、絶体絶命大ピンチ。
どうしよう、どうしたらいい、どうしたらあたしは助かるの!
ことのおこりはウィズ先生が亡くなったことだった。
ウィザードギルト・ケリュケイオンの中でももっとも高齢な先生で、以前から体調を崩していたことは知っていたから驚きはしなかったわ。
「ウィズ先生がいなくなるとさみしくなるわね、メアリー」そうね。あたしは目をつぶり悼んだ。教わったことはないけどそのかぎりなく優しい性格はしっていた。いい人を亡くしたわ、こうして善人はこの世をさり、現世に悪人ばかりがのこるのね。
「メアリーもひとごとじゃないでしょ」あら、どうして?
「だって先生、奨学金の担当よ。メアリーの学費、管理は全部ウィズ先生がしていたのよ」忘れてた!
ケリュケイオンの学費はいっても信じないくらいに高い。ケリュケイオンにはらうお金はもちろん、教科書代も馬鹿にならないし使う道具も魔法以外にはてんで役に立たないくせに信じられない価格なのよねぇ。
もちろんあたしみたいなど貧乏な人にははらえない。そういう人はどうするか、奨学金を使うしかないのよ。
「ウィズ先生優しかったからメアリーみたいな成績いまいちな人でもお金をくれたけど、今後もそうとはかぎらないわよね」痛いところをつかれたわ。
しょうがないのよ、ここは天才秀才集まるケリュケイオン! その上あたしは頭脳のよさをみこまれてここにきたのではないわ、引退した老魔術士をだまくらかして推薦状で入学したのよ。必然的に成績は劣悪、くすん、人間って悲しいわね。
「しかもね、うわさだけど奨学金次担当するのはトリステザ先生だって。ほら、青のトリステザ」ぎゃあ、嘘でしょ、嘘といって!
トリステザ先生はまだ若い先生でいつも青い服しかきない。だからはじめての人は一目見てうなずくの。「ああ、だから青って二つ名がついているんだ」
ちがうのよ! トリステザ先生は見た目こそ普通だけど性格は残虐非道! ウィズ先生とは逆に右の頬をなぐられたら紅炎の紋唱で骨まで焼きつくしてしまう、暴力的で容赦のない人なのよ。
おまけに生徒が苦しむのを見るのが大好き、山のような課題をだして生徒に無茶な勉強をしいて毎年だれかを病院おくりにしているわ。うわさではそのまま帰ってこない生徒もいるって。
その徹底した人格は生徒の間でなりひびき、前にでるとみんな顔が青ざめるわ。あまりの例外のなさについた二つ名が「青」よ。ケリュケイオン1恐れられている先生だわ。
「トリステザ先生が奨学金の管理をしたら大変よね。絶対に規定が厳しくなるわよ。奨学生は成績上位10位に食いこんでいないといけないなんていいだしたらメアリー大丈夫?」大丈夫じゃないわよっ、ウィズ先生の時だって毎回ぎりぎりだったのに! トリステザ先生になってみなさい、来年あたしここにいないわ。
深い絶望とともにあたしはトリステザ先生の研究室まで行った。うわさの真相を確かめなきゃ。
「奨学金? そうよ、わたしがひきつぐわ」悪夢が現実のものになったわ! トリステザ先生はあたしをぎろりを見た。
「メアリー・ベリーメリーね」あら、あたしの名前を知っていたわ。別に不思議でもないわね、あたしもトリステザ先生も紋唱術を専門にしているのよ。あたしは見習いで先生は導師だけど。
「さっそく会おうと思ったのよ。あなた奨学生の中で一番成績悪いのよ」しかも今すぐ本題に! 来年どころか明日にはもういないのかもしれないわ。
「奨学金うちきりたいところではあるけど、急にするのも残忍な話だしね。3日ぐらいしたら試験するから満点とって。さもないとうちきるわよ」十分残忍極まりないわよ! 3日ってろくに勉強もできないじゃないっ、しかも満点ですって、補習さえもないの!?
うわさ以上の暴君ぶりにあたしは青くなるを通りこして白くなった。でも負けないわ、あきらめずにつめよる。
あまりにも急な話すぎるし無茶よ。貧しいけど勉強にはげもうという生徒への投資は大切よ。第一生徒の負担はとんでもなく大きいけど先生の負担だってすごいんじゃないかしら。あたしのしっている限りケリュケイオンの導師で暇をもてあましている人は見たことないし、ほとんどの先生はものすごく忙しいはずよ。自分の時間を大切にするために余計なことはしないほうがいいわ。
「奨学金は貧しいけど優秀な人にあげるものでしょう。なんで貧しい普通の人にあげないといけないのよ。勉強したいんだったらもっと身のたけにあった教育機関があるはずよ」うっ、それをいわれると弱いわ。
あたしが超高難易度のケリュケイオンに入ったのは学問を身につけたかったからじゃないのよ、魔術士になれば食うにこまらないしお金がもうかるって聞いたからなのよ。それまで長い修行と高いお金が必要になるなんて知らなかったわ。くすん、貧乏ってつらいわね、お金がないのは首がないのと一緒よ。
「でも忙しいのはたしかだ」あ、考えこんだわ。
「ただでさえ授業が多い、論文だってしめきりまじかでいいかげん書きださないといけない。その上で自分の研究もすすめたいし、正直新しい仕事を進めている暇はないのよ」そうでしょそうでしょ! 奨学生をいじめるのはやめたほうがいいわ、ただでさえ地に落ちている評判がめりこむわよ。
「でもウィズ先生がいない穴を埋めないといけない。困ったわね」あたしだって困るわ! ほかのどんな先生でもいいけどトリステザ先生だけはだめよ!
「よし、メアリー・ベリーメリー、こうしよう」え、なによ。
「街のブレイサー、つまり厄介ごと解決人ににちょっと名のしれた人物がいてね。講師助手として声かけようかと思っていたのよ。名前はクロウ・クロロ。わたしの代わりにクロウを連れてきて。そうすれば試験は免除する」まあ、なんて素敵な提案! 人を連れてくるだけで試験を受けなくていいのね。もちろん即座に引きうけたわ。
「後で泣きつかないでね。試験受けたほうがましと思いなおしてももうおそいよ」なによ、どういうこと?
「私がクロウについてしっているのは名前だけ。顔も年もしらないわ。もちろん住所も連絡先もてんでわからないわよ」え。
「魔法学校出身じゃなくて個人に師事したくちだから、ケリュケイオンに聞いてもクロウについてなーんにもわからないしね」ええっ。
「ブレイザーギルトは厄介事よろず解決人たちの集まりで、個人の住所なんて把握してはいない。わかっているのは街のどこかにいることだけ」えええ!
「すっごく大変だろうけど、試験免除のためによろしく」悪魔だわ、人のふりをしたディモスよ!
ここをどこだと思っているの、魔法学校がある街々の中でも最大級の規模をほこる自由都市マーカスシティよ! 世界最大の商業都市で名前しかわからない人物を探せっていうの!?
「でも、引きうけたじゃない」うっ。
「大変じゃなかったらそもそも自分でやるわよ。面倒そうだから人にたのんだんじゃない」ううっ。
「別にいやならやらなくてもいいのよ。部屋にもどって勉強したらどう。試験は3日後だからね、がんばれ」うううっ! わかったわよ、探す、探すわよ! クロウだろうとその辺の野良猫だろうと探して青のトリステザの前までつれてくるわよ!
「そう言ってくれると思ったわよ。期待して待っているからね。つれてこれなかったら試験よ、忘れないように」「わかっているわよ!」
けとばすように研究室をでていった。なんてひどいの、あの顔の下には魔獣フンババがひそんでいるのよ、まちがいないわ。
あ、ひょっとしてクロウをつれてきたらその人に奨学金の仕事が全部いくかもしれない。そうしたらしめたものよ、どんな人だろうとトリステザ先生より残虐なはずはないわ。試験免除どころか今までのゆるい規則のままになるかも! それにもしクロウが出世して導師になったら、連れてきたあたしはひいきされるわ。今までみたいに泣いて勉強しなくてもきっと優しく教えてくれるはずよ。ひょっとしたら試験の内容を教えてくれるかも! 今までのがけっぷち学生生活ともおさらばよ、優雅な魔術士人生をおくれるわ。
あたしはうきうきと、明るい将来を見つめながら学校の外へ飛びだした。