ざわめく街の中、幾つもある広場のうち1つで、一人の楽師がリュートを弾き始めた。
藍色の長髪は流れる風にさらさら揺れる。空、瑠璃、群青、この世のさまざまな蒼色で染め上げた色鮮やかな布を身にまとい、墨色の瞳を伏せて、七宝で飾られたリュートに長い指で次々に触れる。そのたびに豊かな音色が零れ落ちた。桜色の唇は夢見るように微笑み、全身でリズムを取るかのようにかすかに体を揺らしている。
蒼の楽師。そう呼ばれるのがふさわしい若い楽師は一心にリュートを奏でていたが、ふと顔を上げた。
髪がかすかになびく。花の香りを含んだ風が、街のどこかから吹いてきた。楽師は目を閉じ、その風にまぎれたかすかなメロディをとらえようと耳を澄ませた。
不意に強風になった。ごうと低い音と共に砂煙が起こり、露天の商品は崩れ人々は荷を取られまいと押さえる。
「きゃ…」蒼の楽師はとっさにリュートを押さえた。衣がばたばたはためき髪が乱れる。
一瞬の気まぐれはあっという間に消え去った。あたふたその後始末をする人々の中、楽師はリュートを手に自分でも知らぬ間に立ち尽くしていた。
「今のは…」瞳を大きく開いて、楽師は風が去った大空を見上げた。楽師の衣の色をした空は、果てしなく透き通っている。